独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】機能性酸化物研究グループ【研究グループ長 阪東 寛】外岡 和彦 主任研究員、菊地 直人 研究員は、日射熱の主因である近赤外線を選択的に反射するフレキシブルなシートを開発した。このシート(写真1)を既設の窓ガラスに貼れば、可視光の透過を確保しつつ日射熱の流入を大幅に低減させることができる。
冷房が必要な夏の昼間には、建物内に流入する熱量の71%が窓から入り込むとされる(省エネ基準1992年)ので、採光を犠牲にせずに日射熱だけを反射するガラスをビルなどの窓ガラスに利用すれば冷房負荷を軽減でき、大きな省エネ効果が期待できる(図1)。
産総研では日射中の近赤外線を選択的に反射するガラスについての研究を発展させ、ポリカーボネートなどのプラスチックに日射熱反射膜をコーティングする技術を開発した。無機材料からなる日射熱反射膜をポリカーボネート上にスパッタリング法により形成し、フレキシブルなシート状の試料とした。この日射熱反射膜は屈折率の異なる材料の積層構造膜であり、各層の厚さをナノメートル・オーダーで制御することにより可視光透過と日射熱反射を両立させた。代表的な特性として、0.5mm厚のポリカーボネートシートを基材とした場合に透過光の明るさ78%(透過前後の照度比)を確保しつつ、全日射エネルギーの透過を47%に抑制できることを確認した。
本成果は、2008年10月20日~21日に産総研つくばセンターで開催される「産総研オープンラボ」で公開する予定である。(「酸化物材料による光電子機能薄膜技術」として研究室公開予定)
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写真1 ポリカーボネートを基材とする日射熱反射シート
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図1 窓ガラスへ応用した場合のイメージ
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近年、省エネへの関心の高まりとともに、冷房負荷の主原因である日射熱を避けながら採光を確保する技術へのニーズが増している。すなわち、ビル、家屋、車両などの窓において、採光を確保しつつ、日射熱を主に担う近赤外線の流入を遮断する有効な機能が求められている。省エネ基準(1992年基準)によれば、日本で冷房が必要な夏の昼間には、建物内に流入する熱量の71%が窓から入り込むとされる。光と熱の源である日射は紫外線から近赤外線までの波長範囲に分布し、輻射(ふくしゃ)される日射エネルギーは、紫外線が約6%、可視光が約46%、近赤外線が約48%を占める(図2)。このように日射エネルギーの約半分は人間にとっての明るさに寄与せずに熱作用を生ずる近赤外線によるものであり、日射中の近赤外線をすべて反射できれば窓ガラスを通して流入する日射エネルギーをおよそ半分にできることになる。したがって、日射熱を選択的に反射するガラスあるいはシートをビルなどの窓ガラスに利用すれば冷房負荷を軽減し、大きな省エネ効果が期待できる。
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図2 日射エネルギー波長分布の概形
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産総研では、経済産業省からの運営費交付金や委託研究費により、酸化物透明半導体材料などを用いて太陽光エネルギーを紫外線、可視光、赤外線の性質に応じて有効利用するための研究を実施している。ビルや家屋の省エネには窓ガラスの高機能化が効果的であり、これまでは日射熱反射ガラスの技術開発を行ってきた。(2007年6月25日プレス発表)しかし、既設の窓ガラスの省エネ性能を高めることも重要と考えられることから、窓ガラスに貼ることが可能な日射熱反射シートの開発を試みた。
今回の成果は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託により実施した「エネルギー使用合理化技術戦略的開発/選択的熱線反射による断熱・採光ガラスの研究開発 (平成18~19年度)」を発展させたものである。
既に開発した「日射熱反射ガラス」の技術を、プラスチック基材用に高度化することにより「日射熱反射シート」(写真1)を作製した。プロセス温度の低減および緩衝層を導入することにより、エンジニアリングプラスチック材料として一般的に使用されているポリカーボネートを利用し、その基材上に波長選択的な日射熱反射膜をスパッタリング法によって形成することに成功した。日射熱反射膜は酸化ケイ素、酸化チタンおよび銀を主原料とする約0.3µm厚の多層膜である。透過光の明るさを確保するために人間の眼の感度と調和させるよう透過特性を設計した。代表的な試料の直射日光に対するエネルギー透過率および透過前後の光の照度比で定義した「透過光の明るさ」の測定結果を表1に示す。ガラス試料1については後述の熱負荷計算により省エネ効果までを評価した。ガラス試料2とプラスチック試料には同じ成膜プロセスにて日射熱反射膜を形成し両者の光学特性を比較した。エンジニアリングプラスチックとして代表的なポリカーボネート板を基材とするプラスチック試料において日射エネルギー透過率を47%に抑制しつつ透過光の明るさとして78%を確保できた。プラスチックは一般的に基材の可視光透過率がガラスより数%劣るが、ガラス試料と同様の分光反射特性を得た(図3)。人体に有害な紫外線に対しては反射および吸収により防ぎ、近赤外線に対しては反射により透過を抑制する。プラスチック試料の可視域に対する平均透過率は78%(波長400nm~650nmでの平均)であった。試料の透過率が波長600nm(赤色光)程度より長い側で低下するために赤色光が少し弱められ、その結果、透過光は青が強調された色調となる(写真1)。短波長側においては波長400nm(青色光)あたりから反射が増すので、紫外線に対して劣化しやすいプラスチックの直射日光に対する保護膜としても機能する。さらに、プラスチックとガラスの組み合わせによる高機能化を見込み、厚さ0.1mmの日射熱反射フィルム試料を中間膜とした合わせガラスを検討した。試作した合わせガラスの分光透過反射特性によれば、直射日光に対するエネルギー反射率は約40%、透過前後の照度比は約70%と概算された。
表1 直射日光に対する透過特性のまとめ
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図3 日射熱反射シート試料の分光反射特性
プラスチック試料(基材はポリカーボネート)とガラス試料2には同時に日射熱反射膜を形成し、光学特性を比較した。
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省エネ効果については、試料ガラスをビルの窓ガラスとして使用した場合を想定した熱負荷計算により評価した。東京相当の気候条件にあるモデルオフィス(床面積1600 m2、窓面積574 m2)に対して、室温を22℃から28℃の範囲に保つよう業務時間中に空調を運転した場合の熱負荷を、空調衛生工学会より発表されたビルの省エネルギー検討プログラムのHASP(Heating, Air-conditioning and Sanitary engineering Program)を利用して計算した。ガラス試料1に対して冷房負荷-33%、暖房負荷+15%、通年では21%の熱負荷軽減効果の概算値を得ており、プラスチック試料も同様に通年で約20%の熱負荷軽減効果を有すると推測される。日射熱反射により冷房負荷が大幅に軽減されるが、暖房が必要な時期にも日射熱の流入を抑制するために暖房負荷は増す。このように、省エネ効果が冷房負荷軽減量と暖房負荷増加量の差し引きで決まるため、日射熱反射技術は冷房負荷が主要な熱負荷となる環境で大きな効果を生ずる。これら冷房負荷軽減と暖房負荷増加のバランスを図り、通年での省エネ効果をさらに高めるには複層化が有効であることが知られている。
今後、日射熱反射膜をポリエチレンテレフタレートやポリビニルブチラールなど各種プラスチックへコーティングする技術を開発し、窓ガラスに貼ることができる日射熱反射シートとしての完成度を高める。さらに、ガラスと比較して軽量かつ柔軟、加えて、接着や各種形状への加工が容易なプラスチックの利点を生かした合わせガラスなどへの応用を検討したい。