発表・掲載日:2008/08/28

陽電子を用いた実用的な3次元極微欠陥分布イメージング法の開発

- 先端材料開発のための新しい計測ツールとして期待 -

ポイント

  • 高強度陽電子ビームを用いて、世界最速の極微欠陥分布イメージングに成功。
  • 任意の深さの原子~ナノメートルサイズの極微欠陥イメージングが可能に。
  • 極微欠陥制御による先端材料開発の大幅な加速に期待。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門【研究部門長 秋宗 淑雄】極微欠陥評価グループ 鈴木 良一 研究グループ長、大島 永康 研究員らは、電子の反粒子である陽電子の集束ビームを用いて、原子~ナノメートルサイズの極微欠陥・空隙分布を実用的な時間で3次元イメージングする手法を開発した。

 本技術は、電子線形加速器を用いて発生した高強度の短パルス化陽電子ビームを独自の技術を用いて効率的に30 μm(マイクロメートル)以下に集束し、ビームの照準を3次元的に制御して試料に照射した時の陽電子・ポジトロニウム寿命や散乱粒子等を測定できる。この技術を用いて、イオンビーム照射により形成した任意の深さ(表面 ~1μm程度)の原子レベルの欠陥分布を非破壊的にイメージングすることに成功した。測定時間は世界最速の1画素あたり2秒程度であり、実用的な時間でイメージングできる。

 今回開発した技術は、他の計測技術では測定が困難であった非晶質材料や高分子でも原子サイズの極微欠陥・空隙のイメージングを可能にする。さらに、先端材料やデバイスの性能を左右する極微欠陥の制御により、先端材料の開発が大幅に加速されると期待できる。

極微欠陥分布の3 次元像 と 陽電子ビームイメージングシステムの写真

(左)極微欠陥分布の3 次元像 と (右)陽電子ビームイメージングシステム



開発の背景

 材料には機械的強度、電気的特性、ガス透過性等の様々な特性があるが、これらの特性は材料を構成する元素だけでなく原子サイズの極微欠陥や空隙にも大きく左右される。特に半導体、セラミック、高分子、金属などの先端材料分野では表面処理や薄膜形成により新機能材料・デバイスを形成する場合が多く、これら材料の開発には、表面近傍の局所領域の極微欠陥・空隙を計測・評価することが重要になってきている。しかし、原子サイズ~ナノメートルの極微欠陥・空隙(特に非晶質構造中の空隙)は、高分解能電子顕微鏡を用いてもその空隙サイズや分布測定は難しいことから新たな計測ツールの開発が望まれていた。

 物質中の陽電子・ポジトロニウムの寿命は、原子サイズレベルの極微欠陥の有無や空隙サイズ等で変化するので、その寿命を測定することにより欠陥や空隙を評価することができる。このため、陽電子ビームを用いた陽電子・ポジトロニウム寿命測定装置が開発されたが、使用される陽電子ビームは径が大きい(5~10 mm程度)ため、微小な試料の測定や、局所的な測定は難しかった。

 これまでも測定に適した集束陽電子ビームという、径が小さい(1mm以下)陽電子ビームを用いた極微欠陥分布のイメージング法の開発が行われてきたが、陽電子ビーム源に放射性同位元素を用いていたために陽電子ビームの強度が弱く、測定時間が非常に長い(日~週単位を要する)という問題があり、実用的な時間で極微欠陥分布のイメージングが要求される先端材料の開発には利用できなかった。この問題を解決するため、電子線形加速器等を用いた高強度陽電子ビームの集束技術が開発されてきたが、ビーム制御が技術的に難しく、欠陥分布のイメージングができなかった。

研究の経緯

 産総研では、前身の工業技術院時代から、電子線形加速器による高強度陽電子ビームの発生方法および陽電子寿命を高精度で計測するシステムの開発を行い、1991年には、高強度低速陽電子ビームを用いた陽電子・ポジトロニウム寿命測定装置を世界に先駆けて開発した。また、この装置を先端材料の開発等に利用し、例えば、次世代半導体材料に使用される低誘電率絶縁膜の電気的特性と微小空隙との関係等を明らかにしてきた(2001年5月28日プレス発表)。

 極微欠陥・空隙を制御した先端材料は微小であることが多く、径が10mm程度のサイズの試料を作製することが困難な場合がある。そこで、陽電子ビームの高効率集束技術と高速イメージング技術の開発を行い、微小領域の陽電子・ポジトロニウムの寿命測定および任意の深さの極微欠陥・空隙分布の高速イメージング技術の開発を目指してきた。

 なお、電子線形加速器による高強度陽電子ビームの発生と高効率集束技術の開発は、内閣府 原子力委員会の評価に基づいた、平成16年度~20年度 文部科学省原子力試験研究費課題「小型電子加速器による短パルス陽電子マイクロビームの発生とその利用技術に関する研究」により実施した。また、ビームの2次集束技術と走査システムの開発は、独立行政法人 科学技術振興機構の平成17年度~20年度 先端計測分析技術・機器開発事業「透過型陽電子顕微鏡」(チームリーダー:千葉大学 藤浪 眞紀 准教授)の援助により実施し、筑波大学、千葉大学、産総研 計測標準研究部門と共同で開発研究を進めた。

研究の内容

 電子線形加速器によって発生した高強度陽電子ビームの初期ビーム径は約10 mmであるが、これを独自に開発した磁場輸送ビームの高効率集束技術を用いて径1 mm程度に集束する。集束後、ビームの指向性が悪くなるので、陽電子減速材を通して指向性を改善する。指向性の良くなった1 mm径のビームを、集束レンズで試料上に30 μm以下の径に集束して入射する(図1・図2)。なお、陽電子ビームの試料への入射深さの調整は、加速部での加速エネルギーを調節することにより行う。

陽電子ビームイメージングシステムの全体図
図1 陽電子ビームイメージングシステムの全体図

陽電子ビームイメージングシステムの写真

図2 陽電子ビームイメージングシステム

 陽電子・ポジトロニウム寿命の測定と同時に、試料表面から散乱される電子や陽電子の粒子の強度を測定できるため、ビームを試料上に走査することにより、陽電子寿命画像、測定時の計数率画像、散乱粒子強度画像を同時に取得することができる(図3)。また、陽電子のビームエネルギーを変えて、陽電子の打ち込み深さを調節することにより、任意の深さでの陽電子寿命の画像が得られる。陽電子寿命画像は極微欠陥の分布を反映し、測定時の計数率画像は材料の種類に依存し、散乱粒子画像は、試料表面の組成や凹凸の分布を反映した画像となる。

極微欠陥イメージング法の概念図

図3 極微欠陥イメージング法の概念図

 イオンビームの照射により極微欠陥を導入した石英ガラスの陽電子ビームイメージング測定例を紹介する。ガラス試料に水素イオンビームとアルゴンイオンビームを照射して、極微欠陥分布を与えた。イオンビームを照射する際に、金属のメッシュでマスクをしたために、ビーム照射領域と非照射領域(欠陥が形成されない領域)が存在する(図4)。また、水素イオンとアルゴンイオンの注入深さは、それぞれ約200 nm、約600 nmに設定した。

イオン照射による石英ガラス試料中の極微欠陥の形成の図

図4 イオン照射による石英ガラス試料中の極微欠陥の形成

 測定した深さ約200 nm、350 nm、500 nmにおける陽電子・ポジトロニウム寿命測定のイメージング結果を示す(図5)。陽電子・ポジトロニウム寿命画像中で、明るい緑色の箇所は、陽電子・ポジトロニウムの寿命が長く欠陥が無いことを、また暗いところは寿命が短く欠陥が存在することを示す。陽電子の打ち込み深さが、アルゴンイオンの注入深さ(200 nm)よりも深い場合、水素イオンの照射痕のみをイメージングすることができた。一方、陽電子の打ち込み深さを浅くすると、アルゴンと水素イオンの両方の照射欠陥をイメージングすることができた。なお、計測時間は1画素あたり約2秒で、40 × 40画素での計測時間は約1時間と、実用的なレベルでイメージングを行うことが可能である。

イオン照射したガラス試料の陽電子・ポジトロニウム寿命イメージングの結果の図

図5 イオン照射したガラス試料の陽電子・ポジトロニウム寿命イメージングの結果

今後の予定

 今回開発した技術を用いれば、他の計測技術では測定が困難な、非晶質材料や高分子材料などでも原子サイズの極微欠陥・空隙のイメージングが可能となることから、各種の先端材料の製造企業やプロセス開発企業などの協力も得ながら材料開発に応用する予定である。



用語の説明

◆陽電子
陽電子は、電子の反粒子で、質量は電子と同じであるが、電荷は逆符号。陽電子は電子に出会うと、ガンマ線と呼ばれる光となって消滅する。物質中では、0.1~10ナノ秒という非常に短い間しか存在することができないが、この時の陽電子寿命は、材料や原子空孔の大きさで変わることが知られている。陽電子は、陽電子放射断層撮影(PET:Positron Emission Tomography)として、医療診断にも利用されている。[参照元へ戻る]
◆電子線形加速器
電子リニアックあるいは電子ライナックとも呼ばれている、電子銃から出た電子ビームの軌道を曲げずに直線的に加速する装置(加速器)。高エネルギー物理学実験用、殺菌用等、用途や大きさも様々なものがある。[参照元へ戻る]
◆ポジトロニウム
ポジトロニウムは、陽電子と電子がペアを組み、互いに束縛された状態。パラポジトロニウムとオルトポジトロニウムという2種類が存在し、真空中では、オルトポジトロニウムは140ナノ秒の寿命で消滅する。物質中では、オルトポジトロニウムは空隙の壁と相互作用をして140ナノ秒より短い寿命で消滅する。空隙のサイズが小さくなれば相互作用の頻度も高くなることから、オルトポジトロニウムの寿命を測定することにより、サブナノメートルからナノメートルの空隙サイズを見積もることができる。[参照元へ戻る]
◆陽電子・ポジトロニウム寿命測定
陽電子およびポジトロニウムの物質中での寿命を測定することにより、材料中の極微欠陥や空隙の有無やサイズを評価することができる。低速陽電子ビームを用いて、陽電子の短寿命成分とオルトポジトロニウムの長寿命成分の両方を同時に測定できる方法は、旧工業技術院(現産総研)が1991年当時世界に先駆けて開発した。[参照元へ戻る]
◆集束陽電子ビーム
集束陽電子ビームを用いて陽電子の打ち込み位置を制御し、陽電子の寿命測定を行う装置は、2001 年にミュンヘン国防大学により開発された。陽電子源に放射性同位元素を用いているために、ビーム強度が弱く計測に時間がかかる問題があった。また、ボン大学や独立行政法人 日本原子力研究開発機構(JAEA)でも、放射性同位元素を用いた小型の陽電子ビーム集束装置を用いた材料評価研究が行われている。[参照元へ戻る]
◆イオンビーム
原子から電子をいくつか剥ぎ取ったものは、イオンと呼ばれる。イオンビームとは、イオンの指向性をそろえて飛ばしたビームのことである。材料中に入射すると、材料中の原子と衝突して、その原子をもとにあった場所から弾きだすために、原子レベルの極微欠陥を生成することができる。[参照元へ戻る]


お問い合わせ

お問い合わせフォーム