(独)国立環境研究所平田竜一NIESポスドクフェロー(現所属:(独)農業環境技術研究所)および(独)産業技術総合研究所三枝信子主任研究員(現所属:(独)国立環境研究所)らは、国内研究機関・大学と共同で日本、ロシア、モンゴル、マレーシア、タイなど東アジアの森林において数年間にわたり行った二酸化炭素吸収量(放出量を含む。以下同じ。)の観測結果を総合的に解析した。国を越える広い緯度帯の多種多様な森林の二酸化炭素吸収量を長期連続観測し、総合的な解析を行った例は世界的にほとんどない。
今回の解析では、二酸化炭素吸収量が森林の種類によって異なる季節変化をすることや、年々の気象変動に大きく影響されていることがわかった。陸地の約1/3の面積を占める森林の二酸化炭素吸収量と気候の関係を観測によって明らかにすることは、将来の二酸化炭素濃度や気候変動の予測のために不可欠である。今後は国内外の研究機関と協力してアジアにおける観測ネットワークを充実させ、組織的に観測データを収集し、森林の二酸化炭素吸収についての科学的事実をさらに明らかにしていく計画である。
本研究は、環境省地球環境研究総合推進費等の研究費により実施された。この成果は、エルゼビア社の農業および森林気象学誌“Agricultural and Forest Meteorology”電子版に2月20日掲載された。
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第1図 森林における二酸化炭素交換量観測例(出典:国立環境研究所地球環境研究センター「見て、読んで、理解する地球温暖化資料集」) |
京都議定書第1約束期間が終了する2012年以降を対象とした地球温暖化対策の国際的枠組交渉が開始されようとしているが、将来の気候変動を抑制するために必要な大気中の温室効果ガス濃度レベルを設定するには、なお多くの科学的知見を整備する必要がある。特に地球上の陸地の約1/3の面積を占め、光合成によって二酸化炭素を吸収すると同時に、植物の呼吸や土壌中の有機物分解によって二酸化炭素を放出しもする「森林」が果たす役割を正確に理解することが求められている。アジアには、亜寒帯から熱帯に至る広い緯度帯にわたり、巨大な炭素蓄積をもつ北東ユーラシアのカラマツ林、他に類を見ない種多様性をもつ熱帯雨林など、世界的にも重要な森林が存在する。こうした森林の多様性が保たれているアジアにおいて、二酸化炭素吸収量の長期観測ネットワークを早急に拡充することにより、多種多様な森林が気候変動に対してどのように応答し、二酸化炭素吸収量が変化していくのか、その実態を明らかにすることが重要である。
世界の森林における二酸化炭素吸収量観測※1ネットワークの構築は、1996年以降に欧米で相次いで始まり、アジアにおける地域ネットワーク(アジアフラックスネットワーク※2)も1999年に開始された。しかしアジアでは、この分野における国を越えた共同観測やデータ共有が容易でなかったため、アジアの森林による観測データを総合的に収集し、二酸化炭素吸収量を詳細に算出することはきわめて困難であった。
国立環境研究所、産業技術総合研究所、森林総合研究所、岡山大学、筑波大学、北海道大学、京都大学は、アジアの森林が大気中の二酸化炭素をどれだけ吸収しているかを観測によって明らかにするため、環境省地球環境研究総合推進費・戦略的研究開発領域「21世紀の炭素管理に向けたアジア陸域生態系の統合的炭素収支研究 (平成14~18年度)」(研究プロジェクトリーダー:筑波大学・及川武久)の一環として、アジアの主要な森林における二酸化炭素吸収量の長期連続観測を連携して実施してきた。そのなかで国立環境研究所、産業技術総合研究所は、国内における二酸化炭素吸収量観測において先導的役割を果たすとともに、アジアフラックスネットワークの構築・発展のため中心的な活動をしてきた。
(1)対象とする森林の種類と観測内容
アジアの主要な森林による大気中の二酸化炭素吸収量を観測(第1図)し、気候帯や森林タイプ、季節的な変化や年々変化を比較するため、ロシア、モンゴル、中国、日本、タイ、マレーシア、インドネシアの森林(合計13地点)において、二酸化炭素吸収量の長期観測を行い、そのデータを交換して総合的に解析した。観測を行ったのは、寒帯から亜寒帯の北東アジアにおける主要な森林であるカラマツ林(ロシア、モンゴル、中国、日本)、温帯の典型的な森林である落葉広葉樹林、混交林、および常緑針葉樹林(日本)、東南アジアの乾季と雨季を有する熱帯季節林(タイ)とほぼ一年中降水量の多い熱帯多雨林(マレーシア、インドネシア)である(第2図、第3図)。これら東アジアを代表する森林での観測結果を総合的に解析した結果、森林二酸化炭素吸収量の季節変化、経年変化、および空間分布が明らかになった。
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第2図 本研究対象の森林観測地点分布と土地分類 |
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第3図 観測地点周囲の森林と測定装置。左:苫小牧(落葉針葉樹林・優占種:カラマツ)、右:サケラート(タイ・熱帯季節林・優占種:フタバガキ) |
(2)主な観測結果
ア)中~高緯度の落葉性の森林における春先の気温上昇とその後の二酸化炭素吸収量
森林における二酸化炭素吸収量は森林タイプの違いにより大きく異なる季節変化をすることがわかった(第4図)。さらに、年々の気象の変動にともない、二酸化炭素吸収量は大きく変動していることが明らかになった。たとえば、中~高緯度の落葉性の森林では、冬から春にかけての気温が展葉開始時期を決め、その時期が早いか遅いかによって5~6月の光合成生産量が大きく変動することが明らかになった。ユーラシア大陸北東部に広大な面積を有するカラマツ林帯でこのようなことが起こるとすれば、北半球の中~高緯度の大気中二酸化炭素濃度の季節変化や年変化に大きな影響を与えることが予想される。
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第4図 森林二酸化炭素吸収量(光合成による吸収量から呼吸と土壌有機物の分解による放出量を差し引いた森林の正味の吸収量)の季節変化の例。
落葉広葉樹林(日本・上図)では、冬季は光合成が行われなくなり、呼吸等により大きな放出(負の値)が観測される(岐阜県高山・優占種:ダケカンバ、ミズナラ)。
常緑針葉樹林(日本・中図)では年間を通じて光合成が行われるため、放出が観測される期間が短い(山梨県富士吉田・優占種:アカマツ)。
熱帯林(マレーシア・下図)では季節変化の振幅が亜寒帯(図は省略)、温帯の森林と比べて小さい(パソ・優占種:フタバガキ)。 |
(註)これら3種の森林の中では、常緑針葉樹林の年間二酸化炭素吸収量が最も多いが、吸収量は森林の履歴(樹齢や攪乱履歴(水不足・森林火災など))により大きく値が変動することから、ここで示した吸収量の大きさは必ずしもその森林生態系種類の代表的な値を表しているとはいえない。 |
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イ)乾季の長期化・降水量減少と森林における光合成量との関係
東南アジアの熱帯季節林における乾季の長期化、降水量減少にともない、光合成生産量が大きく低下することが観測された。土壌水分の減少(乾燥)も同時に観測されており、特に乾季における降水量減少が落葉を促進させたためと考えられた。東南アジアにおける少雨傾向はエルニーニョ現象にともなって観測されることが多い。過去に1986-1988年や1997-1998年などに発生したエルニーニョ現象にあわせて二酸化炭素濃度上昇が速まったことが観測されており、高温・乾燥による森林火災の多発などいくつかの原因が想定されているが、土壌乾燥が森林の光合成量を減少させ、二酸化炭素増加に寄与する可能性もあることが実際のデータから強く示唆された。
ウ)異なる気候帯における森林による1年間の二酸化炭素収支の違い
森林による1年間の二酸化炭素の収支を異なる気候帯で比較した。光合成により吸収される二酸化炭素の総量(光合成総生産量)を求めると、年平均気温が高いほど直線的に増加する(第5図(a))。他方、植物の呼吸や土壌中の有機物分解によって放出される二酸化炭素の総量(生態系呼吸量)は年平均気温が高いほど指数関数的に増加した(第5図(b))。このように両者は年平均気温により強く制御され、他の環境要因から受ける影響が小さいことがわかった。これは、本研究対象の東アジアでは総じて降水量が多く、乾燥などのストレスの影響が比較的小さいためと考えられる。このことは欧米の森林と大きく異なる特徴である。このような広範な気候帯における森林の二酸化炭素吸収量の特性は、本研究で初めて示されたものである。
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第5図 年間吸収量の年平均気温依存性。
(a)光合成による吸収量(総生産量)。年平均気温とともに直線的に増大。
(b)呼吸と土壌有機物の分解による放出量。指数関数的に増大。 |
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将来、温暖化が進行して気温が上昇した場合、二酸化炭素吸収量がどのように変化するか予測するためには、今回示された年平均気温との関係だけでなく、降水量などその他の気象要因、あるいは樹種の遷移などの森林生態系の変化や永久凍土の融解などその他の環境要因の変動と二酸化炭素吸収量との関係をあわせて考慮する必要がある。今後は、より長期の森林観測データを取得し、得られた知見をもとに陸域生態系モデルの高度化を図ることにより、高い精度の将来予測を可能としなければならない。
アジアにおける広域的な炭素収支の正確な把握や、将来の気候変動に対する森林の二酸化炭素吸収量の変化を予測するためには、リモートセンシング技術と精密な陸域生態系モデルの利用が不可欠である。本研究で得られた森林における二酸化炭素吸収量に関するデータは、これらの検証のためにきわめて貴重である。
今後も、国内外の研究機関と協力し、アジアのさまざまな森林において二酸化炭素吸収量の観測を継続して、データの品質向上に努めると同時に、データを組織的に収集し公開する予定である。こうした観測ネットワークの構築とデータ公開を推進することにより、アジア諸国の研究者および政策担当者への観測データと知見の普及、および連携強化に対して貢献することが期待される。
なお、本研究成果は、オランダの出版社エルゼビア社の“
Agricultural and Forest Meteorology”電子版に2月20日掲載された(1)(2)。