独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 大和田野 芳郎】太陽光エネルギー変換グループ 杉原 秀樹 研究グループ長、佐山 和弘 主任研究員、柳田 真利 研究員らは、太陽光に対する光電変換効率が11.0%のタンデム型色素増感太陽電池を開発した。新しい色素増感太陽電池として従来の変換効率を超える値である。
産総研では、飛躍的な性能向上のため、2種の色素増感太陽電池を重ね合わせ、上部の電池で可視光領域の光を吸収し、下部の電池で近赤外光から赤外光を吸収する、タンデム型色素増感太陽電池の開発を行った。タンデム型では上部の電池は可視光を吸収しつつ、近赤外光をロスなく透過させる必要がある。今回、タンデム型電池開発のため透明性が高く起電力の大きな酸化チタン電極の作製に成功し、タンデム型色素増感電池の上部の電池に用いることで、タンデム型電池の高効率化に成功した。
タンデム型色素増感太陽電池は、通常の単セル型太陽電池より広範囲な波長の太陽光を有効に利用できることから、赤外光を吸収する新規増感色素の開発によって、単セル型を大幅にしのぐ光電変換効率の向上が期待される。
本技術の詳細は、平成20年3月29~31日に甲府市で開催される電気化学会第75回大会で発表される。
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図1 |
地球温暖化やエネルギー資源の枯渇などの課題解決のためには、再生可能エネルギーの有効利用が必須である。太陽電池はこれらの問題を解決するものとして注目されているが、普及のためのコスト削減が求められている。色素増感太陽電池は安価な素材を利用し、製造プロセスが容易なため、シリコン太陽電池に比べて大幅なコストダウンが期待されている次世代の太陽電池である。また色素増感太陽電池は、電極基板材料や色素を変えることによって形状や色彩に多様性をもたせることが容易である。例えば、基板をガラスからプラスチックフィルムに変えることでフレキシブルに、さらに、室内などの光の弱い場所でも発電することからインテリア用、インドア用太陽電池としても利用が期待されている。色素増感太陽電池は様々な用途への可能性を秘めた太陽電池として注目されているが、光電変換効率が結晶シリコン太陽電池に比べ低いため、画期的な光電変換効率の向上が望まれていた。
1991年にスイス、ローザンヌ工科大学のグレッツェルらにより報告された色素増感太陽電池は、初期の主要な特許が近く期限切れになるため、多くの企業が実用化しやすい環境になっている。単一の色素を用いた通常の増感太陽電池の光電変換効率は当初の7%台から少しずつ向上してきたが、この数年間は変換効率の改善がなく、飛躍的な効率向上手法の開発が求められていた。その突破口となる技術の一つが、タンデム型電池(図1)である。従来型の単セル型電池と比較するとその理論限界効率は1.4倍程度と発展性が高く、これまで世界中で研究が行われてきた。しかし、構造が少し複雑であり、素材の光散乱や光吸収を十分に制御できなかったため、現在までの最高性能としては10.5%に留まっていた。
産総研では約十年前から色素増感太陽電池に関する研究を続け、新しい色素の開発などで成果を挙げてきている。また、単一の色素を用いた通常の色素増感太陽電池でも世界最高水準の光電変換効率を実現している。平成18年度からは独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の太陽光発電システム未来技術研究開発の委託研究「高効率・集積型色素増感太陽電池モジュールの研究開発」の一環として、高効率化に向けた新たなアプローチとして長波長、短波長それぞれに特化した太陽電池を組み合わせることで高い光電変換効率を実現することを目指した。
2種類の色素増感太陽電池を図1のように組み合わせて構成したタンデム型太陽電池は、短い波長の光を利用して高い起電力(電圧)を発生する電池を上部に、長波長の光を利用して電圧は小さいが大きな電流を発生する電池を下部に配置することにより、太陽光に含まれるエネルギーを効果的に電気に変換できるメリットがある。
上部の電池にレッドダイ(N719)、下部の電池にブラックダイ(N749)と呼ばれる増感色素を用いてタンデム構造の色素増感太陽電池を構成し、上部で短波長側の可視光エネルギーを、下部で長波長側の赤色光、近赤外光を電気エネルギーに変換させた。
今回は特に、以下の技術を検討した。
(1)上部の電池でできるだけ高い電圧が出て、かつ極めて透明な酸化チタン膜電極を開発
タンデム型電池開発の重要な要素技術として上部の電池では、可視光を吸収しつつ、近赤外光をロスなく透過させ下部電池に到達させる必要がある。従って上部の電池に用いる酸化チタン電極の透明性が欠かせない。産総研では新しい製造法で極めて透明な酸化チタン電極の作製に成功し、タンデム型電池の上部の電池に用いた。この酸化チタンは従来品と比較して高い電圧が発生できる。また、光吸収の非常に少ない透明対極を開発した。(図2のa)
(2)下部の電池で多重積層構造の酸化チタン膜を利用
下部の電池では、多重積層構造の半導体膜を利用することで、光閉じこめ効果を最大限に発揮し、電流を向上させた。さらに電圧を向上させる漏れ電流抑制手法も開発した。
入射した太陽光がガラス基板で反射、吸収されたり、あるいは、太陽電池の発電部で吸収されない場合、出力は小さくなる。そのため、様々な手法で入射光が発電部に集中するような工夫が重要となる。光子を内部に閉じこめて外部に逃がさない状態にすることを「光閉じこめ」といい、色素増感太陽電池では、図2のbのように、粒子径の異なる様々な酸化チタンを多重積層構造にすることで、光を効率よく閉じこめることができる。また、反射防止膜を用いたり屈折率調整を行ったりすることでさらに光閉じこめ効果が向上できる。
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図2 |
最高の効率を達成するには、電池を構成する材料全てに最も優れた技術を取り入れる必要がある。今回上部の電池用に極めて透明な酸化チタン電極を開発し、下部の電池では光閉じこめ効果を効果的に実現することで、従来報告されていたタンデム型色素増感太陽電池としてこれまでの光電変換効率の最高値を上回る11.0%を実現した(図3)。
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図3 |
今回確立したタンデム型電池の光散乱と光吸収を制御する基礎技術をベースに、今後、高い効率を維持したまま、形状や製造プロセスの簡略化とさらなる低コスト化を図り、実用化を目指していく。
また、現在は単セル型電池用に最適化された色素を用いているが、タンデム型電池に最適な色素を開発することで効率は大幅に改善できると期待している。具体的には、長波長側の光を効率よく利用する新規増感色素の開発を進めることにより、下部の電池特性をさらに向上させることでトータルの光電変換効率の画期的な向上を実現する。
また、極めて透明な酸化チタン電極と透明対極を用いた色素増感太陽電池は、見た目が美しく、ステンドグラスやインテリアなどにも応用が期待できる。