海底から噴出するメタンがただちにメタンハイドレート化し、その後海水中を上昇して、最後は浅層で分解する様子を、世界で初めてビデオ撮影することに成功した。
新潟県上越市沖の海底から600mの高さにまでメタンガス気泡の柱(=メタンプルーム)を噴き出しているメタン噴出孔を無人探査機で調査した。そこでは、メタンは噴出後、直ちにメタンハイドレートに変わっていることが初めて明らかになった。深海底から湧き出したメタンは、通常は海水に溶解し、やがて酸化されて炭酸となるため、メタンとして表層に達することはないとこれまでは考えられている。しかしながら、上越沖では、気泡全体がメタンハイドレート化し、あるいはメタンハイドレートの皮膜で覆われるため、海水に溶けることなく浅海層にまで運ばれることが分かった。このことが、本海域の浅海層のメタン濃度異常の原因と考えられる。今回の発見により、海底下のメタンハイドレートシステムが直接に大気海洋系に影響し得ることが明らかとなった。
背景:
メタンハイドレートとは、メタンガスと水からなる氷状固体物質で、海底下数100mの堆積物中や永久凍土中に広く分布していることがわかっている。メタンハイドレートはその中に大量のメタンを蓄えており、石油や天然ガスなどの在来型エネルギー資源に代わる新しいエネルギー資源として注目されている。一方、メタンハイドレートは温度や圧力の変化で容易に分解して大量のメタンを放出するため、地球環境の変動要因としての可能性が指摘される。
調査・研究の目的と概要:
日本海東縁、新潟県上越市沖に位置する“海鷹海脚”(水深900~1,050mの海底の高まり)上や上越海丘(水深1,000~1,150mの海底の高まり)上には、ポックマークと呼ばれる直径数100m、深さ数10mの巨大な窪地が発達し、付近の海底から大量のメタンガスが噴出していることが、エコーサウンダー(計量魚探装置)やSEABAT(海底測深装置)を用いたこれまでの音響探査で確認されている。噴出メタンガスは気泡の柱として観察され、これをメタンプルームと呼ぶ。
湧出したメタンがその後どのような経過をたどるのかという海水中でのメタンの挙動を知るため、2006年9月、独立行政法人海洋研究開発機構の調査船「なつしま」搭載の無人探査機「ハイパードルフィン」を使って潜航調査を行った。その結果、(1) 海底の複数の小さな孔から大量のメタンガスが噴出していること、(2) 噴出したメタンの気泡が噴出口から数10cm上昇するうちに白いメタンハイドレート皮膜に覆われ、あるいは球状のメタンハイドレートに変わってゆく様子を確認した。(3) 噴出孔周辺には大規模なバクテリアマット等の化学合成生物群集が見られ、ベニズワイガニやカイメン類を優占種とした生物群集が存在することも明らかになった。
研究の意義:
環境インパクト:海底から湧出したメタンガスの気泡は海水に溶けて消滅し、あるいは微生物の代謝で消費されるため海洋表層に達することはまれで、大気のメタン濃度の上昇=温室効果に寄与することは殆どないと考えられていた。しかし、今回の発見により、日本海のように冷たい(0.5℃未満)海水中では、メタンの気泡はメタンハイドレートに覆われるため海水に溶け出すことなく浅海にまで達し、一部は大気のメタン濃度の上昇に関与する可能性が指摘できる。
資源インパクト:上越沖では、音波や電気抵抗を用いた物理探査によって、海底下数kmに由来する熱分解起源のメタンからなるメタンハイドレートが、海底下百数十mの堆積物中に密集して生成していると推定されている。今回の発見により、海底下に発達する熱分解起源メタンハイドレート密集帯とメタンプルームの間に密接な関係があることが分かり、メタンプルーム探査がメタンハイドレート資源探査に有効であることが分かった。
これまでの調査:
2004年7月-8月 |
海鷹丸UT04航海(東京海洋大学) |
東京大学、産業技術総合研究所、独立総合研究所、東京家政学院大学 |
2004年12月 |
妙高丸 東京大学 千葉大学 |
2005年6月 |
「なつしま」NT05-09航海(海洋研究開発機構) |
東京大学、東京家政学院大学、海洋研究開発機構 千葉大学 |
2005年7月-8月 |
海鷹丸UT05航海(東京海洋大学) |
東京大学、産業技術総合研究所、独立総合研究所、東京家政学院大学 |
2005年8月 |
「かいよう」KY05-08航海(海洋研究開発機構) |
海洋研究開発機構、東京大学、産業技術総合研究所、独立総合研究所、神戸大学、名古屋大学 |
2006年7月-8月 |
海鷹丸UT06航海(東京海洋大学) |
東京大学、産業技術総合研究所、独立総合研究所、東京家政学院大学、海洋研究開発機構 |
2006年9月 |
「なつしま」NT06-19航海(海洋研究開発機構) |
東京大学、海洋研究開発機構、独立総合研究所、東京家政学院大学 |
今後の課題と計画:
気温や海水温の上昇によるメタンハイドレートの分解が地球環境変動に関与している可能性が指摘されている。しかし、上越沖での研究成果からは、過去数万年の寒冷化(最終氷期)とそれに伴う海水面の低下がメタンハイドレートの分解を引き起こし、逆に大気中のメタンガス濃度を上昇させた可能性を指摘することが出来ることを示唆する。日本海における冷たい海水中でのメタンハイドレートの分解とメタン放出は、大気環境に直接影響を及ぼすものである。過去のメタンプルーム現象を把握・復元することにより、メタンハイドレートの地球環境へのインパクトを評価できる。一方で、メタンハイドレートシステムの発達は海底下のメタンハイドレート集積を加速するため、過去の大規模分解の前には膨大なメタンハイドレート鉱床が発達していた可能性が指摘される。また、これに関連して、大量に分布する底生生物がどのようにメタンを利用しているかの検討も必要である。メタンプルームが海底下メタンハイドレート鉱床の発達と密接に関係することから、今後はメタンハイドレート資源評価も視野に置く必要がある。これらが、今夏以降の調査の重点課題であり、将来的に地球深部探査船「ちきゅう」などを用いた掘削調査により、日本海のメタンハイドレートシステムの解明を目指したい。
次の学会・シンポジウムで口頭発表を予定。
○ ブルーアース’07 |
3月 9日 (金) パシフィコ横浜 |
○ 日本堆積学会2007年例会・総会 |
3月28日(水) つくばカピオ |
○ 日本地球惑星科学連合2007年大会 |
5月19日(土) 幕張メッセ |