発表・掲載日:2006/10/06

新材料開発用の熱/電気特性2次元可視化装置を開発

-熱電変換材料のミクロ分析や新材料開発に威力を発揮-

ポイント

  • サーマルプローブ(熱探索針)を用いた熱起電力熱伝導率の2次元分布可視化技術を開発
  • 位置分解能10µm、10000点/8時間の計測時間で、実用レベルの迅速評価を実現
  • 熱電変換材料のミクロ分析や材料探索研究に威力を発揮

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【部門長大和田野 芳郎】熱電変換グループ【グループ長 小原 春彦】山本 淳 主任研究員らは、熱電変換材料などの半導体や合金材料の開発および品質評価に利用可能な、熱/電気特性評価装置を開発した。

 今回開発した装置は、サーマルプローブと呼ばれる熱探索針を用いた熱特性マッピング装置で、材料の熱特性を2次元的に可視化できるもので、10000点を8時間で測定する高速性をもちながら、10µm測定分解能をもつ高分解能の測定装置である(図1参照)。

 熱電変換技術は、自動車の廃熱のようにほとんど使えない熱エネルギーを回収できる有望な技術とされているが、安価で優れた熱電変換材料の探索が不可欠である。本装置は、この熱電変換材料の探索に極めて有効なツールとなる。測定原理は、加熱したプローブで試験材料の表面を走査し、表面に接触した時のプローブ先端の微妙な電位変化や温度変化を測定して、試験材料表面の局所的なゼーベック係数を推定する方法である(図2参照)。また、プローブの先端から試料内に流入する熱量も推定できるため、試験材料の熱伝導率分布の推定も可能である。

 なお、今回開発したサーマルプローブ型2次元熱/電気特性可視化装置の詳細については第42回熱測定討論会(2006.10.7~10.9、京都大学)にて発表予定である。

開発したサーマルプローブ型熱/電気特性2次元可視化装置の写真
図1 開発したサーマルプローブ型熱/電気特性2次元可視化装置


開発の社会的背景

 熱電変換技術は、自動車の廃熱のようにほとんど利用できない質の悪い熱エネルギーを電気エネルギーに変換できる技術として有望視されている。しかし、優れた熱電変換材料を見つけるためには、ミクロなサイズの熱的および電気的な特性の測定が必要である。

 薄膜の熱伝導率や熱拡散率の測定方法に関しては、これまでにも3ω法TWA法サーモリフレクタンス法など多くの報告があるが、熱電変換材料の探索にとって最も重要なゼーベック係数の分布の評価に関しては、報告事例や応用例が少なく、材料のミクロ分析技術・スクリーニング技術としての適用可能性を広く検討することができなかった。しかし最近になって高性能熱電変換材料開発のためにはゼーベック係数の2次元分布評価技術が重要なキーテクノロジーであることが明らかになり、実用的な仕様をもつ測定装置の開発が待ち望まれていた。

研究の経緯

 産総研では1999年より、排熱からの電力回収を目指した高効率セグメント型熱電変換素子の開発に取り組んでおり、その際に素子内部の熱伝導率やゼーベック係数のマイクロメートルオーダーの分布測定の重要さに気付き、サーマルプローブ型の熱/電気特性2次元可視化装置を開発に着手した。測定装置は第1世代のプロトタイプ(1999年)にはじまり、第2世代(2003年)で改良が加えられ、熱電変換材料内部のゼーベック係数分布や熱伝導率分布の2次元可視化が大変有用であることを明らかにしてきた。さらには、セラミクス等他の工業材料のミクロ熱特性評価や、木材などのバイオ由来材料への適用可能性、薄膜の熱特性評価方法としての適用可能性に関しても調査・検討をおこなってきた。

 これらの一連の研究開発において、実用化に際して一番望まれることは、定量性を損なわずに測定時間を短縮することであった。このため今回開発した第3世代では、プローブの駆動機構やデータの収集・解析アルゴリズムに改良を加え、より高速の実用性の高い2次元可視化装置を開発するに至った。

 なお、本開発の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 国際共同研究助成事業「スピントロニクスによる酸化物熱電変換材料中の電子エントロピー制御と高効率平板熱電変換素子開発に関する国際共同研究」の助成を受けて実施したものである。

研究の内容

 今回開発したサーマルプローブ型熱/電気特性2次元可視化装置の原理図を図2に示す。加熱したプローブで試験材料の表面に対して一定加重での接触を繰り返しながら走査するため、一つ一つのプローブ動作ならびにデータ収集・解析ルーチンを高速化することが必要である。これまでの熱測定では、プローブの接触後に温度安定化のための待ち時間を数~数十秒が必要であったが、プローブ接触直後からの電位やプローブ温度の過渡的な変化を解析して、高速にゼーベック係数と熱伝導率を推定するアルゴリズムの採用や、プローブとステージの駆動系の高速化を行い、最終的に1点あたりに必要とされる計測時間は3秒以下となり、高速化に成功した。

 また測定場所の調整が簡単に行えるよう、CCDカメラによる画像上で任意の場所の計測をすることができる。従来装置と比較して格段に作業性が良くなり、材料の物性値のミクロ分布観察やコンビナトリアル材料開発におけるスクリーニング評価等に実用に十分に応えうる評価装置となった。

サーマルプローブ型熱特性マッピング装置の外観と原理図
図2 サーマルプローブ型熱特性マッピング装置の外観と原理図

 本装置を使って、熱電変換材料のベーゼック係数の分布を測定した結果の一例を図3に示す。一方、図4は材料の熱伝導率を可視化した測定結果の一例である。

(Bi,Sb)2Te3溶融凝固多結晶のゼーベック係数マッピング画像
図3 (Bi,Sb)2Te3溶融凝固多結晶のゼーベック係数マッピング画像
(a)直径20mmの試料全体のゼーベック係数分布 (b)左図の黒枠に示す5mmx5mm部分の拡大図

孟宗竹の断面の熱伝導率の可視化画像
図4 孟宗竹の断面の熱伝導率の可視化画像

プリント基板上の銅配線部分の熱拡散性の可視化画像
図5 プリント基板上の銅配線部分の熱拡散性の可視化画像

 また、図5は電子部品を実装したプリント基板の配線部分の熱拡散性のマッピング画像である。同図に示すように、銅のプリント配線が下にある部分では熱拡散性が高いことが明瞭に可視化されており、熱特性が大きく異なる材料が複合化されたサンプルに関しても、熱拡散性の定性評価に利用が可能であり、いろいろな分野に応用が可能である。

今後の予定

 今回開発した装置は、熱電変換材料をはじめとする半導体や金属材料のミクロ評価のための実用的な装置として基本機能はほぼ完成している。多種多様な試験材料の実測定を通して、実機を産業界に提供していきたいと考えている。



用語の説明

◆熱起電力
電気を流す棒状の物質の両端に温度差を与えると、両端には電位差(電圧)が発生する。これを熱起電力という。[参照元へ戻る]
◆熱伝導率
物質の中を流れる単位面積あたりの熱の流量は温度勾配に比例する。その比例係数を熱伝導率という。単位はW/mK である。[参照元へ戻る]
◆熱電変換材料
エネルギー変換を目的として、そのエネルギー変換効率を最大化するような物理的性質をもつ特殊な金属または半導体。熱起電力が大きく、導電性が高く、同時に断熱性に優れた材料が熱電変換材料として用いられる。[参照元へ戻る]
◆熱電変換
熱から電気、または電気から熱への直接エネルギー変換方式のこと。ここでは特殊な金属や半導体のような固体素子を用いた熱電変換を想定している。温度差から発電する場合は、「熱電発電」、「ゼーベック発電」などとも呼ばれる。また電気を流すことで発熱/吸熱を生じさせ、熱の移動に利用する場合は「ペルチェ冷却」、「熱電冷却」、「電子冷却」などと呼ばれる。[参照元へ戻る]
熱電変換の原理図画像
熱電変換の原理図
◆ゼーベック係数
金属または半導体に温度勾配があるとき、発生する熱起電力と温度勾配の間を結ぶ比例係数。1Kの温度差当たりの熱起電力に相当する。熱電能ともいう。単位はV/Kであるが、通常金属のゼーベック係数は10-6V/K、半導体では10-4V/Kであるため、単位としてはµV/Kが使用されることが多い。[参照元へ戻る]
◆3ω法
薄膜やバルク材料の熱抵抗測定法の一種。試料の表面に微細に加工されたヒーターとセンサーを作り込み、交流を流して周期的に加熱することで、センサー直下の熱抵抗を推定する方法。[参照元へ戻る]
◆TWA法
温度波熱分析法。試料の一部を加熱し、他の点での温度上昇の様子をモニターすることで、2点間を流れる熱拡散の早さを分析する手法。温度波の減衰のようすや、周期加熱する際の温度波の位相遅れなどから熱拡散性を推定する。[参照元へ戻る]
◆サーモリフレクタンス法
薄膜の熱拡散性の評価方法で、試料の加熱と試料表面温度の検出にレーザーを使用する。ピコ秒(1兆分の1秒)程度の速い現象をモニターできるため、ナノメートル(10億分の1メートル)オーダーの薄膜の厚み方向の熱拡散性まで推定することができる。[参照元へ戻る]
◆高効率セグメント型熱電変換素子
熱電変換材料はエネルギー変換効率が最大になる材料固有の使用温度範囲をもち、この温度範囲を外れると急激に変換効率が下がる傾向をもつ。このため、大きな温度差を与えて発電をおこなう場合には高温側で性能の出る材料と低温側で性能が出る材料を組み合わせて使用した方が、全体として発電量や発電効率が向上すると予想される。得意とする温度域毎に最適な材料を使用し、これらを一体化して素子とする場合、一般にセグメント型熱電変換素子と呼ぶ。使用温度範囲が広がる、発電効率が上がるといったメリットがある一方、熱的、電気的、機械的に高度な設計技術が必要とされる。[参照元へ戻る]
◆コンビナトリアル材料開発
主に自動化された実験系を利用して、一度に大量の異なる実験条件を実現したサンプル群を用意(パラレル合成)し、それらの試料に関して高速に評価を行う(パラレル評価)ことにより、実験結果とその結論を得るまでの時間とコストを短縮する材料開発手法。創薬の分野等で多くの実績があり、近年はZnO青色発光ダイオードの開発など無機材料の開発にも応用されている。[参照元へ戻る]



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