独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)人間福祉医工学研究部門【部門長 赤松 幹之】アクセシブルデザイン研究グループ 佐川 賢グループ長とアドバンストシステムズ株式会社【代表取締役社長 齋藤 正祐】瀧澤 惣一、斎藤 建雄らは共同で、日常の色彩環境に対する人間の心理的快適度を評価できる計測機器を開発した。
今回開発された計測機器は、デジタルカメラで任意の色彩環境を撮影し、画像の色彩分析を行って、その環境を見た時の快適度を推定し、ディスプレイ画面に表示するものである。また、ディスプレイ画面上で、画面の色調を変化させることより快適な色彩環境への設計指針を得ることもできる。
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開発された色彩快適度計測器(色彩コンフォートメータ) |
景観法が2004年12月に施行され、環境整備や保全に関する社会的関心が高まってきた。しかしながら、派手な原色に塗られた建物、乗り物、室内装飾は増え続け、見る人々に不快感を与え、生活環境の調和感を阻害することが問題となっている。色彩快適度計測器は、色彩に対する人間の心理的な評価、調和の評価などを客観的に行う技術で、とりわけ公共空間や病院の色彩設計などの快・不快の評価を正しく客観的に行い、環境整備に役立つことが期待される。
これまであまり取り扱われなかった人間の心理的快適度を、環境に含まれる色彩の数と
彩度の2変数を用いて定量化した産総研の技術が、高速画像処理技術を有するアドバンストシステムズ株式会社の技術と融合して、今回の色彩コンフォートメータの開発に至ったものである。
色彩工学が発達し、様々な工業製品や生活環境が任意の色で着色できるようになった。それに伴い、様々な社会的問題も提起されてきた。色彩の社会的問題が最初に取り上げられたのは1980年代であり、社会に色が溢れすぎているという”騒色”問題として、マスコミに取り上げられた。その後、原色で色鮮やかに塗られたり、あるいは町並みに調和しない色で塗られた住宅やビル、コンビニエンスストア、ガソリンスタンド、バス電車等の公共空間に頻繁に現れる派手な色が問題となり、その度に色彩の社会的問題として新聞等に取り上げられてきた。
しかしながら、色の使い方には社会的にも慣例的にも何ら規制はない。ましてや法的な規制もない。色使いに関しては、個人の好みの問題であり社会的規制は全くないというのが現状である。
様々な色が日常生活に溢れるようになった現在、快適な環境のためには色使いの社会的ルールが必要である。このことは様々な分野から指摘され、環境の問題の一つとなってきた。
このような社会的な背景から、環境の色彩の心理的な評価、調和の評価などを客観的におこなう技術やその計測装置が望まれるようになった。
1991年通商産業省(現 経済産業省)にて「産業科学技術基盤制度」に基づくプロジェクト研究「人間感覚計測応用技術」がスタートし、ゆとり・豊かさのための人間科学の応用技術が開始された。
このプロジェクトの中で、色彩環境の快適性を評価する基本的手法が開発された。ここでは、色彩数と彩度の2変数による快適度の定量化法の基本が提案され、フィールドテストでもその有効性が確認された。
その後、評価するばかりでなく、実際にデザイナーが利用できるような手法が要望され、プロジェクト終了後、その手法が検討された。その中で、色彩数と彩度の2変数のうち、彩度を色覚理論によって反対色成分の赤、緑、黄、青に分離する方法が採られ、これによって、色彩環境の成分を変化させるとともに快適度を算出するインタラクティブな評価手法が確立した。
さらに、研究成果を計測器として開発するため、産総研が実施している「地域中小企業支援型研究開発制度」を利用して、実用化研究に取り組んだ。その結果、アドバンストシステムズ株式会社との共同研究で、色彩コンフォートメータが開発され、最終的な調整を経て今回の発表に至った。
本研究では、様々な色彩が分布する色彩環境に対する人間の快・不快の主観的評価を定量化する方法を開発するのが主たる課題である。主観的快適度は、0から10までの10段階をとり、ある色彩環境を人間が見たときの値を推定させる。個人差があるので、実験等では30名以上の観測者を母集団とする平均的な快適度を意味する。個人個人では極めて主観的な量であるが、多くの観測者に評価させた平均値は安定している。この快適度を、色彩環境に分布する色の量、色相、彩度、明度等の計測可能な量を用いて定量化しようとするものである。
研究では、環境全体に関係しつつ、かつ、快適度に影響を及ぼす要因を探った。その結果、色彩数と彩度の2変数が抽出された。
色彩数は、カテゴリカルカラーの概念を導入し、環境に分布する様々な色を基本的な色の群(赤、橙、黄、緑、・・・等)の色に分ける。さらにある基準値以上の量を満たす基本色を抽出して、その環境のカテゴリカルカラーの数(色彩数)とした。この数は、快適度と負の相関にあることが判明し、定量化の一つの手がかりになった。すなわち、環境に含まれる色彩数が多ければ多いほど環境は不快となっていくことを意味する(図1参照)。
さらに、環境全体の色の平均的な鮮やかさも快適度に影響があることが明らかになった。このことは、色彩環境の画面を白黒から彩色へ連続的に変化して実験する彩度変換法という実験手法によって確認された。彩度は、測色学的に定量化されているので、画面や環境全体の平均的な彩度は計算可能である。この平均彩度と快適度の関係は同様に負の相関関係にあり、これも定量化の手がかりの一つとなった。すなわち、環境や画面が鮮やかであればあるほどその環境は不快となることを意味する(図2参照)。
図1:色彩数と快適度との相関関係 |
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図2:平均彩度と快適度の相関関係
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色彩数と彩度により色彩環境の快適度は定量化できることが明らかとなった。しかし、測色学では彩度はまだ細かく分割できる量である。そこで、次のステップの研究では、彩度を赤、緑、黄、青の4成分に分解し、それぞれの寄与分や相互関係を調べた。その結果、4成分と先の色彩数を加えた5変数にて、色彩環境の定量化を完成させた。
さらに、研究の最後の段階では、実用化研究に取り組み、快適度定量化の原理に基づいたコンフォートメータの開発に取り組んだ。ここでは、デジタルカメラと画像処理ソフト、および快適度算出の計算を搭載した小型コンピュータにより、任意の色彩環境の快適度を算出する計測器を開発した。
色彩コンフォートメータの製品化までの課題はいくつかあった。将来の普及を考慮して市販のデジタルカメラを最大限活用し、その構造の上に立ってコンフォートメータを開発することとした。画像処理のソフトウエアに関しても、市販のコンピュータを活用しその上で動くソフトウエアを開発することとした。こうした基本構成の中で次のような課題を解決した。
■ カメラの特性と選択
各々USBを含めデジタルカメラのRGBフィルター特性及び精度等に差異があり、各々のカメラ特性に合わせた色校正方法を検討し、その技術を確立した。
■モバイルパソコン選定
屋外で計測出来るように、持運び可能な軽量小型で見易く使い易い、そして使用時間の長い電池のモバイルパソコンを選択した。
■色彩計測精度と視感覚の適合
人の感じる色彩感覚とディスプレイの色領域における色彩表現との整合に苦慮した。すなわち、白熱灯などの光源下で撮影した画像の色彩計測データをディスプレイ画像で表示すると、人の色彩順応感覚と異なる。見た目の色彩を色彩計測データの整合する手法を開発した。
■リアルタイム処理
快適指数計測結果を画像変換に追随してリアルタイムに表示できるように演算方法等処理の高速化に成功した。
2003年7月には「美しい国づくり政策大綱」や2004年12月には「景観法」が施行され、色彩に対する関心も高まってきた。こうした社会的動向に対し、これまで客観的に評価の難しかった色彩環境評価や設計手法に関して、色彩コンフォートメータはより客観的な尺度を提供できるものと期待される。これまで、デザイナーの感性のみに頼ってきた色彩設計に、科学的な根拠を有する評価手法を提案することは、この分野において先駆的であり、色彩環境の整備や保全に意義のあることと思われる。
今後、色彩コンフォートメータはアドバンストシステムズ株式会社より販売され、実用に供される。
一方、色彩の快適度だけではなく、色彩同士の調和や配色のアドバイスなど、快適度以外の要素についても、新しい機能を付加していく予定である。
本計測システムは国際的にも有効と期待できる。心理的効果に関する国際間のデータ比較を行い、国際的なコンフォートメータとしての普及が今後の課題である。