独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門【部門長 一村 信吾】ナノ移動解析研究グループ 竹谷 敏 研究員、本田 一匡 グループ長は、株式会社 日立製作所【執行役社長 古川 一夫】(以下「日立」という)、国立大学法人 筑波大学【学長 岩崎 洋一】(以下「筑波大」という)および大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構【機構長 鈴木 厚人】(以下「KEK」という)との共同研究、および国立大学法人 北海道大学 低温科学研究所【所長 若土 正暁 】(以下「北大低温研」という)および大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所(以下「極地研」という)の協力により、太古に南極の氷に閉じこめられた空気が氷とともに結晶化してできたエアハイドレート結晶を非破壊でかつ三次元的に可視化することに初めて成功した。これは、新たに開発した低温試料用容器を位相コントラストX線CT装置に組み込むことにより可能となった。これにより、過去数十万年の間に地球が経験した気候・環境変動の歴史を精密に読み取ることが可能になるものと期待される。
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柱状の氷中に分布するエアハイドレート粒
青色の粒がエアハイドレート結晶粒、円柱形の氷(外形をオレンジ色で描写)を横から透視して見た |
地球温暖化に関して様々な予測モデルの検証に足る信頼性の高いデータが求められている。具体的には、二酸化炭素の増加などの大気中のガス組成の変化と、気温変化や大気環境変動の関連性などを明らかにすることが重要である。南・北極域の氷床は過去の大気の情報を保存しているので、これを分析して過去の気候・環境変動を復元することに期待がかかっている。
南・北極域では雪は溶けずに大気とともに堆積する。大気は降雪時、降り積もった積雪層の重さによる圧密によって、形成される氷の中に気泡として取り込まれる。気泡中の空気がおよそ50気圧を越える深さに達すると、氷と空気が反応しエアハイドレート結晶へと徐々に変化する。このエアハイドレートは、極域の氷中での存在が1982年に科学誌Natureで報告されて以来、過去数十万年の大気を結晶中に保存しているため、地球が経験した気候・環境変動を読み取る指標として注目されてきた。
しかしながら、エアハイドレート結晶粒子とまわりの氷との密度差が非常に小さいため、従来、非破壊検査に用いられるレントゲン写真やX線CT法ではエアハイドレートと氷との識別が出来なかった。このため、エアハイドレートの形成メカニズムの理解に重要と考えられる三次元分布や、エアハイドレート中のガス組成の理解に重要と考えられる個々のエアハイドレートの密度変化を調べる測定手法が無かった。
日立ではX線干渉計を用いた位相コントラストX線CT法を開発し、筑波大およびKEKと共同で従来のX線CT法より1000倍程度の高い密度分解能でサンプルの非破壊三次元観察が可能な撮像装置(この装置は、文部科学省の科学技術振興調整費「X線位相情報による画像形成とその医療応用に関する研究」の一環として開発したものです。)を放射光を用いて実現してきた。産総研は、日立、筑波大およびKEKと共同で、この位相コントラストX線CT法の応用を検討し、平成17年度より北大低温研および極地研と協力して、氷中のエアハイドレートを低温下で観察する手法の開発を行ってきた。
医療用、産業用などで普及しているX線CT技術は、X線が物質を透過する際の透過率(吸収率)の変化をコントラストとして三次元画像にする。これに対して位相コントラストX線CT法はX線が物質を透過する際に生じる位相の変化(位相シフト)をコントラストとして三次元画像にする方法で、軽元素(水素、炭素、窒素、酸素等)で構成されている試料に対しては、従来法に比べて1000倍程度高感度である。
今回、位相コントラストX線CT装置用の特別な低温試料容器を開発することにより、温度-80℃~室温までの条件下における位相コントラストX線CT測定を可能にした。直径15mm、高さ20mm程度までの大きさの試料の観察が可能であり、空間分解能は50µmを実現している。位相コントラストX線CT測定は、氷中のエアハイドレートを可視化できるだけでなく、数mg/cm3 オーダーの密度分解能で氷とエアハイドレート結晶粒子の識別が可能である。
南極氷を解析した結果、エアハイドレート結晶粒子の密度は測定温度-40℃において、周囲の氷よりも14mg/cm3重く、密度937mg/cm3であることがわかった。また、エアハイドレート結晶粒子の密度には個体差が観測されており、これらはエアハイドレート粒子中に含まれる窒素・酸素などの組成および量の違いに起因するものと予想されている。さらには、位相コントラストX線CT法を用いての観察は、個々のエアハイドレート結晶粒子の密度の個体差を三次元的に表示することが可能な精密な非破壊定量解析手法であることから、今後のエアハイドレート解析にとっての新しい重要な測定方法であることが示された。
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低温試料容器
左図:低温試料容器の冷却容器本体および液体容器
右図:低温試料容器の測定時の構成図(入射X線方向より見たイメージ)
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現在、一回の測定に要する時間は30分程度であり、今後、測定時間の短縮を図ることにより、分析・解析ツールとしての高効率化を行う。また、南・北極域の氷中に含まれるエアハイドレート結晶粒子を多数系統的に測定するシステムを確立し、気候・環境変動の歴史を解読し、地球環境の研究への展開を図りたい。さらに、エネルギー分野などにおける各種の機能性材料の測定および非破壊“その場”観察手法としての展開を図りたい。