独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【部門長 中村 守】メソポーラスセラミックス研究グループ【グループ長 田尻 耕治】尾崎 利彦 主任研究員、先進製造プロセス研究部門【部門長 三留 秀人】先進焼結技術研究グループ【グループ長 渡利 広司】は、日本ガイシ株式会社【代表取締役社長 松下 雋】(以下「日本ガイシ」という)と共同で、工場排ガスの浄化(図1)など高温での耐久性が要求される用途に用いられる高性能な超多孔性の白金-アルミナ触媒を開発した。
この触媒は、従来品より触媒反応温度を100℃ほど低下でき、しかも耐熱性は約200℃ほど高いという特徴を持つとともに、安価な水酸化アルミニウムを出発原料とし、凍結乾燥など低コストかつ簡便なプロセスで製造されるので、実用化が期待される。
図1:新開発触媒の応用場面
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写真1:白金-アルミナクリオゲル成形体触媒(直径=18mm, 長さ=23mm)
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工場の排ガスに含まれるVOC(揮発性有機化合物)などを酸化除去する触媒には、白金などの貴金属微粒子をアルミナなどに担持したものが用いられている。触媒調製には、従来から行われている含浸法により貴金属微粒子を簡便に担持させることが可能である。しかしこの方法では貴金属微粒子の分散度低下や粒子径の不均一化といった欠点があった。また触媒反応時の数百度という高温において、貴金属微粒子どうしが焼結して表面積が低下してしまうため、触媒活性が低下して触媒寿命が短かった。(図2)。
産総研と日本ガイシは、平成15年度~17年度までマッチングファンド制度に基づく共同研究「低環境負荷プロセスの研究」を実施し、その一部としてセラミックス焼成時に排出されるVOCガス浄化に資する高性能触媒の研究開発を行ってきた。このVOCはセラミックス成型時に混練されるバインダー高分子化合物の燃焼に由来するものである。
産総研の有する多孔体製造技術をベースに、白金-アルミナ均一ゲルの新調製法を開発し、ゲルの乾燥には工程が簡便で低コストである凍結乾燥に着目した(図2)。
その結果、触媒活性の向上や高温での耐久性のみならず、耐水性をも付与された多孔質セラミックス成形体である新規白金-アルミナの作製に成功した(写真1)。低温凍結乾燥によって作製されるので白金-アルミナクリオゲルと命名した。
このクリオゲル触媒は、安価な水酸化アルミニウムであるベーマイトゾルが出発原料である。白金ソースのゾルへの投入に際しては、シュウ酸・マロン酸等のキレート剤で白金イオンを保護することにより、投入時の白金黒析出を抑制して、均一に高分散された白金超微粒子を得た。乾燥工程では湿潤ゲルを溶媒置換することなくそのまま凍結乾燥するため、貴金属イオンの流出は起こらない。
作製したクリオゲル触媒の性能を評価するため、空気中でのメタンガスの酸化除去反応をおこなった。その結果図3に示されるように、従来触媒に比べて約100℃ほど低い反応温度でも十分な除去率を達成していることがわかる。
図3:従来技術と新技術との比較
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写真2:白金-アルミナクリオゲルの白金超微粒子、白金5-wt%、黒い点が白金超微粒子、粒子径1nm
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従来法触媒では高温での耐熱性が得られず微粒子どうしの焼結した白金粒子が観察されたが、クリオゲル触媒では約1nm(ナノメートル:10億分の1メートル)の白金超微粒子が均一に分散していた(写真2)。これはクリオゲル担体と白金超微粒子の強い相互作用により、微粒子どうしの焼結が起こりにくく高温耐熱性になったと考えられる。この超微粒子構造こそ触媒反応が低温でも効率よく進行する要因と考えられる。
アルミナクリオゲル微粒子の表面積が焼成温度によってどのように変わるかを示したのが図4である。市販アルミナは焼成によって表面積が急速に低下するが、アルミナクリオゲルは高い耐熱性を示していることがわかる。
またシリカ(SiO
2)を添加することによってさらに耐熱性が向上していることもわかる。
写真3:10wt%シリカ添加アルミナクリオゲル(1200℃で5時間焼成)
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写真4:市販アルミナ(1100℃で5時間焼成)サイズは写真3の約10倍
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写真3は10wt%シリカ添加アルミナクリオゲルを1200℃で5時間焼成した時の透過型電子顕微鏡(TEM)の写真である。高温焼成後にも微細なアルミナ粒子が見られた。市販アルミナでは、1100℃焼成ですでに大きな焼結粒子が観察された(写真4 写真3と写真4の縮尺に注意)。このようにクリオゲルでは、貴金属微粒子のみならず担体にも優れた耐久性が認められ、長時間の高温反応にも耐え得る長寿命型触媒として期待される。
作製したクリオゲルは体積の大部分を空隙が占めており、低いかさ密度(~0.06g/cm3)を有する多孔質体でありながら、水による構造破壊が起きないことも見出した(写真5)。別途測定した細孔分布曲線も水濡前後でほとんど変化がないことから、通常の含浸法による触媒金属微粒子の担持も可能である。これは同じように体積の大部分を空隙が占めている従来材料であるエアロゲルには見られない新しい特徴として実用化が期待される。
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写真5:今回開発のクリオゲルは水に濡れても安定であるが、従来のエアロゲルは水濡れによる構造破壊が起こっている。 |
開発した白金-アルミナクリオゲル触媒を用いて、日本ガイシ社内のセラミックス製造用焼成炉の排ガス浄化試験を実施予定である。
今回開発したクリオゲルは、触媒あるいは触媒担体など多孔質性が要求される用途への実用化が大きく期待される。
クリオゲル研究は今まさに始まったばかりである。実用化に向けた白金/アルミナ(Pt/Al
2O
3)クリオゲル触媒の大量合成技術の確立や、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)など他の貴金属や卑金属触媒への展開、あるいは耐水性付与のメカニズム解明など、基礎・応用双方からのさらなる研究を進める。またクリオゲルでは、二成分以上の貴金属も担持し得ることから、より高度な設計の必要な触媒へも応用していく。