独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ダイヤモンド研究センター【センター長 藤森 直治】単結晶基板開発チーム 堀野 裕治 前 研究チーム長、茶谷原 昭義 研究チーム長、杢野 由明 主任研究員は、佐藤薬品工業株式会社の協力のもと、株式会社 栗田製作所【代表取締役 栗田 好雄】および奈良県工業技術センター【所長 山中 信介】三木 靖浩 総括研究員、足立 茂寛 主任研究員、谷口 正 統括主任研究員と共同で、従来から使用されている硬質クロムメッキや窒化クロムコーティングした錠剤成形用精密金型(杵)と比較して3.5倍以上もの長寿命の金型(杵)の開発に成功した。
今回の成果は、産総研と株式会社 栗田製作所とが共同開発したプラズマイオン注入・成膜法を用い、奈良県工業技術センターにおいてDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を金型材料の表面に成膜し、連続打錠試験を長期にわたり実施してきた結果である。試作したDLC膜をコーティングした杵金型は、約336,000回以上の打錠後も杵面の損傷や錠剤硬さの低下が見られないだけでなく、ステッキング(粉の貼付き)やキャッピング(錠剤の割れ)などの打錠障害もほとんどなく長寿命でかつ、コストも従来品の1.5倍程度に抑えることが可能である。
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図1 試作した錠剤成形用精密金型(杵)<杵面(先端)の大きさ:φ8mm>
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我が国の医療・製薬産業においては、製剤受託加工業者の役割が重要である。とりわけ、奈良県の製剤受託加工業界は、大手製薬メーカーと連携した商品生産など、新しい分野への進出にも積極的である。また、薬事法の改正により製剤受託加工業者への委託生産も活発になっている。
その状況の中で、錠剤成形用精密金型(杵)の損傷・摩耗が大きな問題となっている。また、安全性、環境、リサイクルといった観点から、現行の硬質クロムメッキや窒化クロムなどに代わる成膜技術を用いて長寿命で高性能な錠剤成形用精密金型の製造技術の実現が切望されていた。
平成16年度、産総研と株式会社 栗田製作所は、プラズマイオン注入法を用いた成膜技術を用いた錠剤成形用精密金型(杵)の製作に関する共同研究を開始した。産総研は、奈良県工業技術センターに研究の一部を委託し、鉄鋼材料基材とDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜との密着性の向上を図った。平成17年度、研究結果を錠剤成形用精密金型(杵)に適用するため、奈良県の佐藤薬品工業株式会社の協力のもと、奈良県工業技術センターにおいて酸化マグネシウム粉末をモデル製剤として連続打錠試験を長期にわたり実施し、耐久性について検討を続けてきた。
なお、本共同研究は、平成16年度地域中小企業支援型研究開発(共同研究型)事業による支援を受けて行ったものである。
1)DLC膜の調製、表面処理および皮膜特性
DLC膜を調製するため、合金工具鋼(JIS G4404:SKD11)材および高速度工具鋼(JIS G4403:SKH51)材の表面に独自に開発した下地処理を施し、プラズマイオン注入・成膜法によりDLC膜を上記材料基板上にコーティングした。
2)錠剤成形用精密金型(杵)へのDLC膜の適用
錠剤成形用精密金型(杵)表面にDLC膜を成膜し、酸化マグネシウム粉末をモデル製剤として初期充填時における打錠圧力と錠剤硬度との関係について検討するとともに、佐藤薬品工業株式会社の協力のもと、奈良県工業技術センターにおいて強圧打錠試験を実施した。その結果、DLC膜を成膜した杵の場合、杵面での摩耗痕およびDLC膜の剥離などはほとんど認められず、従来の硬質クロムメッキ品を凌ぐ長寿命の金型(杵)を試作できた。
3)長期連続打錠試験によるDLC膜の耐久性と有用性の評価
酸化マグネシウム製剤を用いた長期連続打錠試験(打錠圧力:18~19kN、打錠速度:40個/分)を実施し、打錠型の耐久性・寿命特性について検討した。従来品の硬質クロムメッキした杵や窒化クロムをコーティングした杵の場合、約96,000回の打錠回数でコーティングの剥離および杵面コーナー部の摩耗が大きくなり、急激なステッキング現象が発生し、錠剤硬さが急激に低下した。一方、今回開発したDLC膜をコーティングした杵の場合、約336,000回以上の打錠回数でも杵面での損傷や錠剤硬さの低下がほとんど認められないだけでなく、ステッキングやキャッピングなどの打錠障害もほとんどなく、長寿命(対窒化クロムコーティング品と比較して3.5倍以上)の金型(杵)を実現できた(図2,図3を参照)。
今回の成果により、製剤加工業での安定した生産管理が可能となり、錠剤製造における大幅なコストダウンを期待できる。また、開発された錠剤成形用精密金型(杵)は株式会社 栗田製作所からの製造・販売が予定されている。今回の技術は薬剤業界だけではなく同種の成型金型を使用している食品業界、各種成形業界に対しても適用が可能であると考えられ、さらなる応用展開を図っていきたい。