独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【部門長 横山 浩】分子スマートシステムグループ 舟橋 正浩 研究員と玉置 信之 研究グループ長は、コレステリック液晶としての光学的な性質を示す有機半導体の開発に成功した。半導体としての電荷輸送性を示し、らせん液晶構造であることから、円偏光発光素子や有機半導体レーザーへの応用が期待される。
コレステリック液晶は光の波長程度の周期のらせん構造を持つため、特定の波長の円偏光を反射したり、閉じ込めたりする性質があるため、光励起による円偏光発光やレーザー発振の検討がなされている。しかしながら、通常のコレステリック液晶は絶縁体であり、電気励起によって駆動できるデバイスを実現するには電気を流せるコレステリック液晶が必要であった(図1)。
これまで、分子が密に詰まった結晶類似の構造を持つ液晶では、半導体で見られるような電子伝導を示すことが知られている。しかし、液体に近い液晶であるコレステリック相では、イオン伝導は観測されているが、半導体のようなホールや電子の伝導は観測されていない。
今回、産総研は図2に示すコレステリック液晶フェニルクオーターチオフェン誘導体(3-QTP-4Me-PhO5*と呼ぶ)を新たに合成した。この物質はコレステリック相でありながら、半導体としてのホール伝導性を示した。さらに、二量体構造をもつ液晶性物質を合成し、それが室温でコレステリック相を示し、光励起により円偏光発光することを見出した。
本成果は物理化学専門誌であるCHEMPHYSCHEMの6月号に掲載された。また、7月2日~7日に米国コロラド州キーストーンで開催される国際液晶会議において口頭発表の予定である。
|
図2 コレステリック液晶フェニルクオーターチオフェン誘導体 3-QTP-4Me-PhO5*
|
近年、有機半導体が安価でフレキシブルな光エレクトロニクスデバイスを実現する上で有利であると認識され、有機半導体を用いた電界発光素子やレーザーに関する研究が行われている。
有機半導体に新たな光機能を付与する場合に、光の波長スケールの超構造(スーパーストラクチャー)の導入が必要になる。リソグラフィーを用いた微細加工による超構造の導入が検討されている。一方、キラリティーを持つ(旋光性を有する)液晶分子は自発的に光の波長スケール周期の超構造を形成することが知られている。このような周期構造を利用して、円偏光発光やレーザー発振が研究されているが、液晶材料は一般に絶縁体であるため、電気励起による発光デバイスへの応用は不可能であった。
電気励起による円偏光発光素子は液晶ディスプレーのバックライトに応用可能である。偏光フィルターが不要なので、フィルターによるエネルギーロスを半減できることから、ディスプレーの長寿命化、信頼性の向上が期待されている。また、円偏光透過フィルムと組み合わせて使用すれば、ディスプレーの高品位化にも有効である。
発表者の研究グループでは、液晶性を持つ有機半導体を実用的な光・電子デバイスへ応用することを目的として、分子構造と物性の相関間関係、分子設計の指針の確立などに取り組んできた。
液晶性半導体は、分子性結晶に匹敵する電荷移動度(電気の流れやすさの指標となるパラメーター)を持つが、有機溶媒への溶解性が高いので溶液プロセスによる薄膜化・デバイス作製が可能である。近年、結晶類似の層状構造を持つ液晶が10-1cm2/Vs程度の電荷移動度を持つことが報告され、有機薄膜トランジスターへの応用が考えられている。しかし、液晶材料は流動性をもつため、ホールや電子の伝導だけではなくイオン伝導も生じる。これまで半導体としての電気伝導性をしめす液晶は、層状構造をもつスメクティック相やカラム構造をもつディスコティックカラムナー相に限られていた。ネマティック相やコレステリック相の液晶は、結晶類似の構造を持たないため、液体的な流動性を持つネマティック相やコレステリック相ではホールや電子の伝導は観測されず、不純物によるイオン伝導だけが見られた。光の波長スケールの周期構造を持つコレステリック相液晶が電子伝導性を持てば、電気励起による円偏光発光素子や有機半導体レーザーの実現の可能性がでてくる。また、流動性のあるコレステリック相では電場などの外場によって周期構造をコントロールすることが可能であるため、発光波長を変えられる発光デバイスへの応用も考えられる。
コレステリック相はネマティック相がねじれた構造を持つ。したがって、ネマティック相を示す液晶分子にキラリティーを導入すればコレステリック相を示すことになる。ネマティック相を示すためには、分子のアスペクト比(縦横比)の大きな材料が有利である。また、電気伝導性の向上をねらい、導電性高分子の部分構造を液晶に取り込んだ液晶分子を設計した。
具体的には、図3に示すような長いπ電子共役系とキラルなアルキル側鎖を持つフェニルクオーターチオフェンを新たに合成した。この物質は、冷却過程において182℃から83℃の範囲でコレステリック相を示した。
この物質の電荷輸送特性を測定したところ、コレステリック相では、正電荷の移動度が2X10-4 cm2/Vsに達し、通常の低分子のネマティック液晶やコレステリック相の電荷移動度よりも一桁から二桁高い値を示した。 また、図4に示すように、正電荷の移動度は温度上昇に伴い飽和しており、温度上昇に対して単調減少する粘性とは異なることから、正電荷の輸送が粘性に支配されたイオン伝導ではなく、半導体で見られるホール伝導であることが明らかとなった。負電荷に関しては、二種の電荷が存在するものと考えられ、一方の電荷の移動度は正電荷と同じく2X10-4 cm2/Vsであったが、もう一方の電荷の移動度は通常の低分子ネマティック液晶と同程度の10-5 cm2/Vsの移動度であった。負電荷の遅い方の移動度は温度上昇に対して単調増加し、活性化エネルギーは粘性の活性化エネルギーに一致していたことから、粘性に支配されたイオン伝導によるものと結論された。
図4 キャリア移動度の温度依存性
|
|
図5 コレステリック相での電子伝導のイメージ図
|
液晶性半導体3-QTP-4Me-PhO5は室温では結晶化し、コレステリック相を保持できない。また、らせん周期は可視光の波長よりも長いため、可視光領域では選択反射を示さない。そこで、キラル部位としてビナフチル基を導入した、二量体型コレステリック半導体を合成した。この化合物は室温でコレステリック相を保持できることに加えて、可視光領域に選択反射バンドを有するため、室温で干渉色を示す。この性質のため、蛍光スペクトルと選択反射バンドが重なっている波長の紫外光で励起すると円偏光蛍光が観測できた。図6に円偏光蛍光スペクトルを示す。円偏光二色性パラメーターは最大で1.4に達した。
|
二量体型コレステリック液晶の分子構造
|
|
図6 二量体型コレステリック液晶の円偏光発光スペクトル
|
室温での電荷移動度をさらに向上させ、円偏光発光可能な電界発光素子を溶液プロセスにより作製することを目指す。また、光励起によるレーザー発振を検討し、将来的には電気励起による有機半導体レーザーの実現を目指したい。