独立行政法人 科学技術振興機構【理事長 沖村 憲樹】(以下「JST」という)と独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は、特殊な磁石表面に微細な溝を周期的に刻むと磁石のN極S極の反転により回折する光の強度を変化させることに成功しました。
CDやDVDを斜めから眺めると虹色が見えることがあります。これは、光が表面の細かい溝に当たって起こす回折という現象です。磁石表面に溝を作った場合には、磁石の極性によって光の回折強度が変化することが知られていました。しかし、その効果は光の波の振動方向(偏光)によって出たり出なかったりするもので実用化の障害になっていました。
昨年度、JSTは東京大学と共同で、特殊な磁石に溝を作れば偏光と無関係に光の回折強度が磁極の向きで変化する効果が発現することを理論的に予測しました。そのためには、磁石に、圧力を加えると電気を生じる性質(圧電性)を併せ持たせることが必要となります。今回の研究では、このような性質を持つGaFeO3という物質の結晶を作製し、表面に4マイクロメートル周期で溝(回折格子)を刻みました。この回折格子に可視光を入射したところ、磁極の向きを変えることによって実際に回折強度が2パーセント程度変化しました。このとき、右と左に回折される光の強度の片方が強くなり、もう一方が弱くなります。この効果が偏光と無関係に起きることも実測しました。
現在観測されている効果は小さいですが、今後、この効果を巨大化することにより、磁場でレーザの進行方向を制御するような新たな磁気光デバイスを作り出す可能性を示しています。圧電性を併せ持つ磁性人工格子の実現により数十%におよぶ強度差の実現が期待されます。
この研究成果は、JST創造科学技術推進事業(ERATO)十倉スピン超構造プロジェクト(総括責任者:十倉好紀 東京大学教授)が、産総研 強相関電子技術研究センターおよび東京大学 工学部との共同研究によって得たもので、米国物理学会の学術誌「
Physical Review Letters」オンライン版に2006年4月26日(米国東部時間)に公開され、誌面では2006年4月28日(米国東部時間)に掲載される予定です。
光の回折現象は、光を波長ごとに分ける分光技術、レーザの発振波長を選択するデバイス、ホログラフィなどさまざまな用途に応用されています。また、回折現象と類似の原理によって、例えば、特定の波長の光だけを遮断するような干渉フィルタも作られています。これをさらに発展させることでさまざまな光デバイスを作製できるのではないかという考えから、フォトニック結晶というデバイス要素の研究も盛んに行われています。
一方、磁石が光に及ぼす効果は、光磁気ディスク(MO、MD)に代表されるような磁気記録の光による読み出し、通信の世界で用いられる光アイソレータなどに応用されています。
したがって、これらの二つの要素を組み合わせることで、磁場による様々な光機能(レーザ発振、ホログラフィ、光フィルタ等)の制御ができるのではないかという考えは以前からありました。しかし、通常の磁石が光に及ぼす効果は、光が有する電場の波の振動方向(偏光)に依存したものであり、回折現象と組み合わせたデバイスの実現の大きな妨げとなっていて、実際に応用されている例はありません。
JSTでは、圧電性を併せ持つ特殊な磁石が示す光応答に数年前から注目して研究を進めてきました。その過程で、圧電磁石では光やX線が結晶の表から進むか裏から進むかで吸収量が変化する、方向二色性と呼ばれる性質が存在することを実証してきました。(図1左)
この成果を受けて、JSTでは昨年度、圧電磁石で回折格子を作製すれば偏光によらない回折強度の制御が可能であることを理論的に予測しました。具体的には、圧電磁石の電気の溜まる面に溝を作製しそこに光を当てると、左右へ回折される光の一方が強くなり一方が弱くなるような現象が起こり、さらにその強弱は磁極の向きによって反転するというものです(図1右)。今回のJSTと産総研の共同研究は、この効果を初めて実証したものです。観測された回折強度に対する磁極の向きの効果は、透過における方向二色性と比べて回折の場合は一桁以上大きくなりました。この増大は、光の回折が起きるときに物質中での光の実効的な速度が落ちて磁石との相互作用が強まることによっていると考えています。
このように、今回の成果は学術的に意義深いのみならず、光通信技術に重要な新規な電気磁気光デバイス(光スイッチや光分波器)の開発の基本原理につながるものと期待されます。
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図1. 圧電性(より正確には、表面に正負の電気が存在する性質)を併せ持つ磁石が示す特殊な光応答。
(左)光の進む向きによって吸収が変化する。
(右)同じ物質に溝を作製して光を当てると、回折する光の強度が左と右とどちら向きが強いかが、磁極の向きで変化する。
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本研究では、圧力を加えると静電気を生じる性質(圧電性)を併せ持った磁石の光応答に注目して、そのような物質が回折に及ぼす新たな効果の発現を目標としました。そのような強磁性体(磁石)の一種であるGaFeO3単結晶の表面に作製した回折格子に光を照射し、その回折光の強度を詳細に調べました。その結果、以下のことが判りました。
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GaFeO3単結晶を樹脂に埋め込み、微細加工技術により回折格子をパターニングしました(図2)。この溝に光を入射すると光は回折を起こします(図3)。
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作製した回折格子に光を入射させると、回折した光がスポット状に観測されました。回折された光の強度は、500ガウスの磁場により磁石のNS極を反転させると、最大で2パーセント程度変化することがわかりました(図4)。また、図の右側に回折される光の強度が強くなると左側へ回折される光の強度が弱くなることがわかりました。
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この回折光の強度の変化は入射光や回折光の偏光の方向に依存しないことがわかりました。これは従来の磁石が有する光への効果とは全く異なる性質です。
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正に帯電した表面に作製した回折格子と負に帯電した表面に作製した回折格子とでは、磁場による回折強度の増減の符号が逆転していました。この結果は、得られた効果が電気的な起源をあわせ持つことを意味します。
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この変化は、GaFeO3が磁石となる温度(マイナス70度以下)で増大することも確認しました。この結果は、この効果が磁気的な起源に由来していることを示しています。
以上から、圧電性としての性格を併せ持った磁石を用いることで、偏光とは関係なく、磁極の向きによって回折光の強度を変化させることが可能となることが初めて示されました。
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図2.作製した磁性体回折格子
GaFeO3単結晶を樹脂に埋め込み、回折格子を作製しました(左図)。白色の光を当てると、回折格子の刻まれた中央付近だけが虹色になっている事がわかります(中央図)。原子間力顕微鏡を用いて測定した回折格子とその断面(右図)。深さ150ナノメートル、周期4マイクロメートルの溝(回折格子)が作製されていることがわかります。
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図3.光の回折
光の波長(λ)と物質の周期(d)がほぼ等しい場合、入射した光は、反射するだけでなく、ある角度(q)を持って回折します。それらの関係は、d sin q =nλで表され、n(=1,2,3,4・・・)を回折次数と呼び、この値が整数倍になる角度で、光は回折します。
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図4.作製した強磁性体回折格子にレーザ光(波長785ナノメートル)を垂直に入射すると、光は回折します(挿入図)。図は、磁化を反転させた時の回折強度の変化率を測定したもので、500ガウスの磁場で約2パーセントの回折光の強度変化が観測されました。
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今後は種々の磁性体、特に室温以上で特性が発現する材料や人工的に作製したサブミクロンスケールの磁性体を作製し、更に巨大な効果の実現を目指します。
“Enhanced optical magnetoelectric effect in a patterned polar ferrimagnet”
(電気分極を有する強磁性体回折格子における光学的電気磁気効果の増強)
創造科学技術推進事業「十倉スピン超構造プロジェクト」
(研究期間 平成13年10月~平成18年9月)