独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ユビキタスエネルギー研究部門【部門長 小林 哲彦】分子材料デバイス研究グループ 清水 洋 研究グループ長、物部 浩達 主任研究員、関東化学株式会社【代表取締役社長 野澤 俊太郎】及び国立大学法人 大阪大学【総長 宮原 秀夫】大学院工学研究科 横山 正明 教授、中山 健一 助手は共同で、新しいp型の液晶性有機半導体を用いた電界効果トランジスタ(FET)の開発に成功した。液晶性半導体の特徴を生かして簡便な手法でデバイス作製が可能かつ高速動作(10-1cm2V-1s-1)を確認した。
有機半導体を用いたFETは、印刷技術によるデバイス作製対応が期待され、低コスト化・大面積化が容易となるばかりでなくプラスチック基板上にデバイス構造を構築することによりフレキシブル、軽量、耐衝撃性に優れた電子機器を実現できるとされている。しかし、応答性に優れ、かつ生産性に優れた有機FETの実現は難しく、これまでにも様々な新規の有機材料や有機薄膜中の粒界制御技術の開発が行われており、実用化への道を探っている。
今回、産総研と関東化学株式会社は、新規に開発した8-TNAT-8と呼ばれる液晶性半導体材料を用いて、生産性に優れ、応答性にも優れた有機FETの作製に成功した。これは液晶性半導体の特徴である多様な溶媒に対する優れた溶解性と電荷移動特性が薄膜中粒界に大きく影響されないという特性を利用したものであり、この特性をさらに活かすことで、FETデバイスの性能改善が可能であり、液晶性半導体として8-TNAT-8が有望な材料として期待される。
本成果は、2006年3月22~26日に、武蔵工業大学(東京都世田谷区)で開催される第53回応用物理学関係連合講演会及び2006年7月2~6日に米国 コロラド州 キーストンで開催される第21回国際液晶会議で発表の予定である。
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試作したFET及び液晶半導体材料の構造
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ユビキタス情報社会における情報処理基盤技術を支え、その裾野を広げるマン-マシンインターフェースの展開を広げるには、軽量・低コスト・大面積化・フレキシブルデバイスの実現が必須である。有機電子デバイスは、有機半導体を溶液として塗布するインクジェット法やコンタクト法といった湿式法による印刷技術で安価に大面積のデバイス作製が可能であり、ユビキタス情報社会に不可欠とされる軽量フレキシブルデバイスの実現が容易であると大きく期待されている。
しかし、従来の結晶性有機半導体は溶媒への低い溶解性により上記のような湿式プロセスによるデバイス作製に困難さがある。これに対して可溶性向上の検討が多くなされてきてはいるものの電荷移動度が損なわれる等の問題があった、一方、液晶性半導体は化学構造上一般に多様な溶媒への可溶性が高く、かつ電荷移動度は結晶性有機半導体には及ばないもののアモルファスシリコンに匹敵するものが知られている。
液晶性化合物において最初の電子伝導が見出されてからおおよそ10年が経過するがそれ以来、液晶性化合物における電子伝導の機構を理解するための基礎的研究や高効率有機デバイスへの応用を見据えた様々な材料設計に基づく高移動度化の研究が進展してきた。我が国では欧米諸国に比べ、アモルファスシリコン並みの電荷移動度を示す液晶性半導体の研究は多くない。しかしながら、近年、ディスコチック液晶やカラミティック液晶において10-1cm2V-1s-1程度の電荷移動度が報告されるようになり([1] M. Funahashi et al., Adv. Mater., 17, 594-598 (2005), [2] K. Oikawa et al., Chem. Comm., 5337-5339 (2005))、有機デバイスへの応用が期待されるようになってきた。
液晶性半導体は、ディスコチック液晶やカラミティック液晶の内、分子の高い配向秩序を持つものに見られ、分子の主骨格であるπ電子共役系が互いに向き合う配向をとり、電荷は分子間をホップしながら移動する。液晶材料は結晶性材料に比べて得られる分子配向の設計が容易であることも特徴で、電荷移動度の高速化は液晶における分子配向、即ち凝集構造の制御と言い換えることも可能である。
新規化合物の設計段階では、構築したい凝集構造から分子の化学構造を逆算想定することから始めた。
産総研は関東化学株式会社と共にフランス ストラスブール材料物理・化学研究所と共同で、分子が層状に配向した凝集構造を構築することが可能な比較的大きなπ電子共役系を有するカラミティック液晶が電荷の輸送に有利であることに着目し、新規に平板状の分子構造を持つ液晶性半導体の研究開発を推進してきた。その結果、分子主骨格としてチオフェン環を有するいくつかの高速電荷輸送性半導体となるものを見出し、この材料を用いて大阪大学と共同でFET素子の試作を行った。
今回用いた液晶性有機半導体材料(8-TNAT-8)は、薄膜結晶粒が棒状液晶性を有することから、これを使った有機FETが半導体にどのような素子特性を示すのか大変興味深かった。先ずは有機半導体材料(8-TNAT-8)の電荷移動度測定を行い、これを活性層に用いたFET素子の試作と評価を行った。その結果、8-TNAT-8を用いて試作したFETデバイスはこれまでの典型的な有機半導体材料であるペンタセンに匹敵するFET特性を示すことを見出した。
(1)今回作製したFETの構造は、図1に示すようなボトムゲート・トップコンタクト型である。液晶性半導体8-TNAT-8の薄膜をシリコン基板上に真空蒸着法で製膜した。熱酸化膜表面は、HMDS(ヘキサメチルジシラザン)処理した。
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図1 8-TNAT-8-FETデバイス構造と用いた8-TNAT-8の分子構造
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(2)8-TNAT-8はp型半導体でありデバイスは正孔移動度0.14cm2V-1s-1の特性を示した。表1これまで最も標準的な有機半導体材料であるペンタセンを用いたFETデバイスとの比較も行い、同様に作製したペンタセンを用いたデバイスが0.17cm2V-1s-1の正孔移動度を示した。このことから8-TNAT-8を用いたデバイスはon/off比や閾値電圧では若干劣るものの高速動作という点ではペンタセンとほぼ同等の性能を有することが明らかになった。しかし、ペンタセンは、溶媒への溶解性に乏しく、光化学反応により酸素分子が付加したエンドパーオキサイド体へと変換してしまうなどの欠点があり、これを用いた有機FETの実用化への大きな妨げとなっていることを考慮すれば本材料のポテンシャルは高いと考えられる。
(3)今回試作したFET素子で、高い電界効果移動度を示したHMDS処理素子のSiO2絶縁膜上の厚み100nmの8-TNAT-8薄膜についてX線回折分析した結果、図2に示すように棒状分子が基板に対し傾いて並び、層状構造を形成していることがわかった。
すなわち、ソース・ドレイン電極間においては、棒状分子(の長軸方向)が電極に対してほぼ平行配向しており、キャリア(正孔)の輸送に有利な分子配向をとっており、これが高い電界効果移動度を示す結果に繋がったものと考えられる。
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図2 HMDS処理SiO2絶縁膜上に真空蒸着製膜した8-TNAT-8薄膜の分子配向模式図
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今回の成果は、8-TNAT-8が有機半導体デバイスに対応する優れた材料であることを示す結果であるが、今後絶縁膜表面の修飾、界面における分子配向制御、粒界制御等薄膜モルフォロジーなどの検討を通してデバイス性能のさらなる改善を行う。