独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之 】(以下「産総研」という)セルエンジニアリング研究部門【部門長 湯元 昇】組織・再生工学研究グループ 大串 始 研究グループ長および 池田 悦子 研究員は、国立大学法人 大阪大学【総長 宮原 秀夫】薬学研究科 八木 清仁 教授と協力して、抜歯した親知らずの歯胚から未分化な間葉系幹細胞を単離・増殖し、動物実験によって骨組織と肝臓の再生に成功した。歯胚から得られた細胞は骨髄から得られた間葉系幹細胞よりもさらに未分化な細胞で、増殖能・分化能が高く再生医療に好都合である。
再生医療においては、種々の細胞を用いた骨、軟骨、血管、角膜、心筋などの再生を目指した臨床応用がなされつつあるが、再生医療の社会的発展のために、現在用いられている細胞よりもさらに増殖能・分化能の高い細胞の出現が求められていた。
今回、産総研は、歯科矯正治療で親知らずの抜歯の際に破棄されている歯胚組織から、増殖能と分化能に優れた間葉系幹細胞を同定して単離することに成功した。歯胚の酵素処理などによって得られる1個の細胞を増殖させて、クローン細胞を樹立し、そのクローン細胞を試験管内で骨、肝臓、神経へ誘導することに成功した。さらに動物実験によって骨組織と肝臓の再生にも成功した。
これまで抜歯時に捨てられていた親知らずの歯胚組織が、広範な再生医療に利用できる新たな細胞源となる可能性がある。
本技術の詳細は、2006年3月8日に岡山コンベンションセンターで開催される第5回再生医療学会のシンポジウムで発表される。
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抜歯にて歯胚摘出。接着状態の間葉系幹細胞抽出。
骨、肝臓、神経の分化誘導を行う。
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種々の臓器障害に対して臓器移植が行われているが、ドナー不足は深刻である。たとえば、心臓移植のドナーは日本では不足しているので、海外にドナーを求めて移植を受ける患者が増え、社会問題となっている。その解決策として、種々の細胞を用いて組織・臓器を修復するという再生医療が期待されている。しかし、再生医療に用いられる多くの細胞は正常な組織・臓器から採取されており、細胞を採取するために正常な組織・臓器を傷つけることになり、この問題を解決する新たな簡便な細胞採取法が求められていた。
産総研では、2001年より患者自身の骨髄内に存在する骨髄細胞を採取して、骨髄細胞から種々の組織・臓器へ分化し得る間葉系幹細胞を増殖させ、骨・関節疾患あるいは心疾患の患者の組織再生に用いて好成績を収めている。しかし、これらの細胞は患者の正常な骨髄より採取する必要があり、患者の負担が大きい。そこで、産総研では、歯科矯正治療中に行われる親知らずの抜歯の際に破棄されている組織である歯胚中に、骨髄由来の間葉系幹細胞よりも増殖能・分化能にすぐれた間葉系幹細胞の探索を重ねてきた。
歯科矯正治療中における親知らずの抜歯の際に破棄される組織(歯胚)を特殊なタンパク質分解酵素によって処理し、増殖能および分化能に優れた間葉系幹細胞を単離した。すなわち、1個の細胞由来のクローン細胞を得ることに成功した。この細胞は増殖能が非常に優れ、試験管内で骨、肝臓、神経への誘導が可能であった。
この歯胚由来の間葉系幹細胞を骨用多孔質セラミックに播種し免疫不全ラットの皮下に移植し6週間後に摘出した。摘出した歯胚由来間葉系幹細胞とセラミックの複合体は、特殊な染料でピンク色に染まることから新生骨が再生していることが確認された(図1)。
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図1 歯胚由来間葉系幹細胞の骨形成
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こんどは、ヒト特異的タンパク質アルブミンを生産できない肝傷害モデルの免疫不全ラットに、歯胚由来間葉系幹細胞を移植した。すると、この歯胚由来の肝細胞が生産するヒト特異的タンパク質アルブミンが確認され、病理的にも細胞を移植しなかった免疫不全ラットと比べて肝傷害が治癒し、肝再生がおこなわれていることが確認された(図2)。
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図2 歯胚由来間葉系幹細胞移植による肝再生
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今後は、骨、肝臓、神経以外の分化誘導実験を行い、この歯胚由来間葉系幹細胞の再生医療材料としてのさらなる有用性を求めて研究を発展させる。