独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境管理技術研究部門【部門長 山崎 正和】の 堀 久男 未規制物質研究グループ長らは、環境残留性や生体蓄積性が高い「PFOS」(パーフルオロオクタンスルホン酸)とその関連物質を、フッ化物イオン(F-)まで高効率に分解する方法の開発に成功した。
有機フッ素化合物は耐熱性や耐薬品性に優れた材料として使われる一方で、一部が環境水や野生生物中に存在していることが明らかとなり効果的な廃棄物対策が望まれている。PFOSはその典型で、地球規模での環境残留性および生体蓄積性が明らかとなり、長期毒性(継続的に摂取された場合に健康を損ねる効果)の疑いもあることから国際的な規制が検討されている。PFOSは濃硫酸中で煮沸しても分解しないなど、非常に安定な物質である。
産総研は、PFOSを含む水に鉄粉を加え、250~350℃の亜臨界水の状態にすることでフッ化物イオンまで高効率に分解させることに成功した。フッ化物イオンの処理法はすでに確立しており、フッ素資源としての再利用も可能である。使用した鉄粉も鉄資源として回収可能である。この方法を用いて電子工業で実際に使用されている表面処理剤中のPFOSや、PFOS代替品として開発されている関連物質の分解にも成功した。
この方法は米国化学会発行の環境科学専門誌Environmental Science & Technologyの2月号に掲載された。
有機フッ素化合物は他の物質にはない独特の性質(水や油をはじく、熱に強い、薬品に強い、光を吸収しない等)を持つため、撥水剤、表面処理剤、乳化剤、消火剤、コーティング剤等に用いられてきた。半導体製造用の表面処理剤(レジスト)等の先端材料としての開発も進んでいる。ところが数年前から一部の物質が環境中に残留し、生物にも蓄積していることが報告された。その代表がPFOSである。地球規模での環境残留性と生体蓄積性が明らかとなったPFOSについては2002年4月に米国環境保護局(EPA)が用途を限定するという規制を行い、同年11月に経済協力開発機構(OECD)がリスクアセスメント結果を公表した。同年12月には我が国でも化審法の指定物質(現在の第二種監視化学物質)となった。2005年6月にはストックホルム条約 締約国会議において対象物質に加えるように提案され、国際的に本格的な規制が検討される段階に至っている。
有害化学物質の環境や生物への悪影響を防止するためには廃棄物を無害化する必要がある。ところがこれらは非常に安定(炭素・フッ素結合は炭素が形成する共有結合で最強)で熱分解させるには膨大なエネルギーを必要とする。このため、PFOSおよびその関連物質を低コストで効果的に分解する方法の開発が望まれていた。
産総研では、有機フッ素化合物に関する分析法、環境動態の解明や分解法の研究を行っている。
今回の亜臨界水を用いるPFOS分解法に関する成果の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金の支援を受けて得られたものである。
今回開発したPFOS分解法の概略は以下の通りである。先ず、ステンレス製の容器(内容積34.3 mL)にアルゴンガス雰囲気中でPFOSの溶けた水(10 mL、PFOS濃度46~186 ppm)と鉄粉(0.54 g)もしくは他の金属粉を入れ、250~350℃の亜臨界水の状態にした。
一定時間経過後、室温に戻し、成分分析を行った。比較のため金属粉を入れない場合についても実験を行った。金属粉がない場合、水中のPFOS濃度はわずかしか減少しなかった。鉄粉を入れた場合にPFOSは最も迅速に分解した。
例えばPFOS初期濃度が186 ppm、反応温度350℃、圧力23.3 MPa(1 MPaは9.87気圧)の場合、PFOSは6時間で水中から消失し、同時に水中にはフッ化物イオンが高効率で生成した。PFOS分解は鉄の表面で起こる。6時間の処理では鉄表面にまだPFOSが検出されたが、処理時間を延長することで鉄表面のPFOSもフッ化物イオンまで完全に分解させることができた。
この方法により電子工業で実際に使用されている表面処理剤中のPFOSや、炭素数2~6の関連物質(炭素数の小さいものは生体蓄積性が低いためPFOS代替品として開発が進められている)の分解も可能であった。
亜臨界水+鉄処理によるPFOSの減少とフッ化物イオンの生成を示した
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亜臨界水中のPFOS分解に対する金属の効果
添加した金属 |
処理後の水中のPFOS
残存率 (%) |
なし |
90.3 |
銅 |
84.7 |
亜鉛 |
23.1 |
鉄 |
0(検出されず) |
PFOS初期濃度:186 ppm、反応温度:350℃、反応圧力:23.3 MPa、処理時間:6時間
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本研究では、これまで適当な分解処理方法がなかったPFOSおよびその関連物質について、フッ化物イオンまで効果的に分解できる反応システムを開発した。今後はこのシステムの実用化をはかると共に、その対象を使用の増加が見込まれる新しい有機フッ素材料に拡大する。これらにより、有機フッ素化合物の環境リスクを低減するだけでなく、世界的に需要が増加して貴重となりつつあるフッ素資源のリサイクルにも貢献する所存である。