独立行政法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という) 生物機能工学研究部門 遺伝子応用技術研究グループ、生命情報科学研究センター 数理モデルチームは、麹菌ゲノム解析コンソーシアムを組織し、独立行政法人 製品評価技術基盤機構(以下「NITE」という)との共同研究によって、世界で初めて麹菌のゲノム塩基配列の解析に成功した。麹菌ゲノム解析コンソーシアムは、財団法人醸造協会を代表とし、産総研、酒類総合研究所、食品総合研究所、東京大学、東京農工大学、東北大学、名古屋大学、アクシオヘリックス、天野エンザイム、インテックW&G、大関、キッコーマン、協和発酵工業、月桂冠、ヒゲタ醤油からなる。この研究では、麹菌のゲノム塩基配列に基づいて、遺伝子の予測、他の近縁種のカビとのゲノム構造の比較などを行うことにより、麹菌が高い発酵生産能力を持つことが裏付けられた。
|
酒、醤油、酢、味噌づくりに麹菌は欠かせない 江戸時代の酒づくり 図は月桂冠(株)提供 |
麹菌の設計図であるゲノム塩基配列が解析され、日本の麹菌のもつ特性やポテンシャルが推定できるようになったことから、麹菌の安全性と相まって、今後、麹菌のさらなる広範な利用が期待される。本研究成果は、Natureのウェブサイトで12月22日にオンラインで発表された(町田ら、438巻、2005年12月22/29日合併号、2005年12月22日発行)。
麹菌(学名:Aspergillus oryzae)は、日本の伝統的な醸造製品である清酒、味噌、醤油などの製造に古くから利用されているカビの一種で、日本の「国菌」とも言われている微生物であり、欧米諸国でもその安全性が広く認められている。また、麹菌は食品加工などに利用される有用酵素の生産などバイオテクノロジー産業に幅広く用いられており、生活に密着した利用が可能であることから、遺伝子工学技術を用いた有用タンパク質生産を含む広範な産業への利用が期待されている。
麹菌の産業および学術面における一層の利用のためにはゲノム情報を利用することが有効である。産総研では1996年から麹菌のゲノムEST解析を開始し、1998年から産学官連携による大規模な展開をはかり、2001年3月に完了した。麹菌ゲノム解析は、この成果に基づいて、産学官連携の麹菌ゲノム解析コンソーシアムとNITEとの共同研究によって2001年8月から進められてきた。それとともに、NITEの解析したゲノム塩基配列に基づいて、コンソーシアム内の各研究機関で応用研究が進められている。一方、海外では麹菌の近縁種であるAspergillus nidulans、Aspergillus fumigatus、Aspergillus niger、Aspergillus flavusなどのゲノム解析がほぼ同時期に進められてきた。
-
麹菌ゲノムは、約3,800万塩基対からなり、約12,000の遺伝子を有することが明らかとなった。このゲノムサイズと遺伝子数は、微生物の中では最大級である。
-
麹菌は、加水分解酵素遺伝子や一部のアミノ酸や脂質の合成や分解などに関る遺伝子を近縁種よりも多く持つことなどが明らかとなった。これは、麹菌が澱粉などを高効率で分解して利用する能力を持っていることを裏付け、長年発酵産業で利用されてきた理由の一端を明らかにしたものである。
-
麹菌は、進化の過程で他の微生物などから上で述べた遺伝子を獲得し、それによってゲノムサイズと遺伝子数が大きくなったものと推測される。
|
麹菌ゲノムの構造の概要 くびれた部分は推定されたセントロメア領域、Mbは百万塩基対を表す。 |
麹菌のゲノム塩基配列の決定は、ホールゲノムショットガン法で行った。この方法では、まず、物理的な方法で麹菌の全ゲノムDNAを1,000~2,000塩基程度に短く断片化してプラスミドに埋め込んで増やす。得られた断片をもつプラスミドの集合体をライブラリーという。次にライブラリーのそれぞれ(断片約60万個)の塩基配列を決定し、コンピュータ上で断片の両末端塩基配列の類似性を比較して連結する。また別に、15,000~150,000塩基程度の長いDNA断片を持つライブラリーを作成して、それぞれの両末端の塩基配列を決定し、これを橋渡しとして上で得られた塩基配列をさらにつなぎ合わせる。こうして得られた塩基配列が麹菌の8本の染色体のどの染色体に位置するかを決定し、さらに得られたゲノム塩基配列の正しさをオプティカル・マッピング法によって検証した。
決定した塩基配列から、産総研の大規模計算機および開発されたゲノム情報解析技術を用いて予測した遺伝子に基づき、麹菌ゲノム解析コンソーシアムに属する研究者によって予測された結果の検証と高精度化が行われた。また、同時期にゲノム解析が行われたA. fumigatus(米国、William Niermanら、The Institute for Genomic Research, Rockville MD)、A. nidulans(米国、James E. Galaganら、Broad Institute of MIT and Harvard, Cambridge MA)の解析チームとも連携し、それぞれのゲノムを比較して解析を進めた。これらの菌のゲノム解析結果も同じ号のNature誌に掲載される。
その結果、日本の麹菌のゲノムサイズと遺伝子数は、他の2種よりも30%程度大きいことが分かった。また、麹菌にはタンパク質や多糖類などを分解する酵素が多数存在すること、一部のアミノ酸や脂質の合成や分解に関る遺伝子の数が増幅されていることなどが明らかとなった。さらに、他の真核生物よりも原核生物のものにより似ている遺伝子や、他の生物種の対応する遺伝子との相同性が進化系統樹とは一致しない遺伝子が見いだされたことから、麹菌は進化の過程で他の種生物から遺伝子を獲得している可能性さ示唆された。
麹菌ゲノム解析の結果は、下記のURLおよびDDBJから参照可能である。
製品評価技術基盤機構 http://www.bio.nite.go.jp/dogan/Top (予定)
産業技術総合研究所生命情報科学研究センター http://aspor.cbrc.jp/ (予定)
麹菌の設計図であるゲノム塩基配列が解析され、麹菌のもつ特性やポテンシャルが推定できるようになったことから、麹菌の安全性と相まって、さらに広範な産業への麹菌の利用と新産業創出を目指した研究を推進していく予定である。また、麹菌の近縁種には、麹菌とは異なり、感染性や穀物汚染などの原因となるカビも存在する。麹菌のゲノム塩基配列が解析されたことにより、これらの問題を引起こすカビと比較研究を行うことにより、その原因の究明や解決方法を探索することも重要な課題である。さらに、歴史的に長期間人為的に培養されてきた麹菌の進化を解析することにより、ゲノム進化と育種方法の開発の研究につなげていきたい。