独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)グリッド研究センター【センター長 関口 智嗣】と計算科学研究部門【部門長 池庄司 民夫】は、フラグメント分子軌道法を光合成反応に関与する生体高分子に適用し、クラスタ型スーパーコンピュータ「AIST スーパークラスタ」を用いて、世界で初めて 20,000原子を越える巨大分子の高精度な電子状態計算に成功しました。この成果を、2005年11月に米国シアトルで開催されたスーパーコンピューティング国際会議 SC|05 で発表したところ、高度な計算機利用技術と精緻な科学的成果の両面から高い評価を得て、日本人としては初めて最優秀研究論文賞を受賞しました。
産総研は、国内最高の総演算性能を持つクラスタ計算機「AISTスーパークラスタ」を平成16年5月より運用を開始しました。ナノテクノロジーおよびバイオインフォマティクスのための計算資源を低コストで提供し、たんぱく質等の生体物質の挙動解明など生命科学に関する研究のための計算資源として利用を図ってきました。また、クラスタ計算機に適した大規模な分子の電子状態計算手法としてフラグメント分子軌道法(FMO法)を開発し、幅広い利用が期待されています。
今回このAISTスーパークラスタとFMO法を用いて、大規模な分子の電子状態の計算を行い、スーパーコンピューティング国際会議SC|05に成果を投稿しました。 SC|05 は約 10,000 人が参加するこの分野における最大級の国際会議で、発表論文の質が高いことで知られています。今年は、260件の論文投稿の中から63件の論文が採録され(採択率 24.2%)、さらにこの中から最優秀研究論文賞を受賞したものです。
対象とした分子は、紅色光合成細菌の一種Rhodopseudomonas viridisの膜タンパク質複合体で、4 本のタンパク鎖の中に電子伝達系と呼ばれる一群の分子が埋め込まれています。電子伝達系は光合成反応において光のエネルギーを化学的なエネルギーに転換する重要な役割を果たしていますが、その反応過程において周辺タンパク質の果たす役割に関してはまだよく分かっていません。こうした反応機構の理論的な解明には、タンパク質まで含めた系全体の電子状態が必要になりますが、従来の手法では計算に膨大な時間がかかるため、実用的ではありませんでした。
今回の計算では、光合成系のフラグメント分子軌道計算をAISTスーパークラスタのP-32クラスタ部300台(600プロセッサ)を用いて実施しました。73時間の大規模並列計算を安定して実行し、巨大分子の電子状態を高精度かつ高コストパフォーマンスに実行可能であることを実証しました(図1)。
これは光合成反応中心の機構解明に迫るもので、将来的には人工光合成系の設計を通じて「炭素固定による地球温暖化防止」や「食糧不足問題の解決」などへの応用が期待されます。
今回受けた評価は、スーパーコンピューティングにおいて重要なのは「高速なハードウエア」だけではなく、「利用に即したソフトウエア」の開発であり、スーパーコンピュータ利用技術の確立が求められていることを示しています。