発表・掲載日:2005/09/30

口や舌など発声器官レベルで矯正指導が可能な英語自動ティーチングシステム

-自宅でこっそり発音訓練-

ポイント

  • 従来の英語学習ソフトでは実現できなかった「もう少し唇を丸めて」のような発声器官レベルでの具体的指導を実現した初めてのシステム。
  • 音声学的知見や発音指導のノウハウを直接システム化し、ユーザの上達に合せて指導する個人英会話指導をパソコン上で実現。
  • 英会話の上達に限らず医療関係や情報セキュリティなどの応用などに繋がり、新しい応用展開も可能に。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)情報技術研究部門【部門長 坂上 勝彦】音声情報処理グループ【グループ長 児島 宏明】は、株式会社 プロンテスト【代表取締役社長 奥村 真知】と共同で、口や舌などの発声器官の状態を高精度に判定する技術を開発し、これを用いて、音声学や英語教育学に基づいた正しい発声方法の指導が可能となる英語自動ティーチングシステムを開発した。

 英会話の上達は誰もが望むが、英会話教室に通い続けることは辛いし、独自で英会話を学習することは大変難しい。このような潜在的要望を満たすため、これまでにも音声認識技術を活用した英語学習ソフトが多数販売されている。しかしこれまでの音声認識技術を活用した英語学習ソフトでは、得点や誤り箇所の指摘だけで本格的な英会話の個人指導は出来なかった。

 産総研では、これまでに高精度な音声分析手法の研究を進めていたが、株式会社 プロンテストとの共同研究を通じて同社の有する発音矯正指導に関するノウハウや英語音声学の知見とを結び付けることに成功し、英語の発声時の口や舌の位置などを、音声分析処理により自動的に判定しながら英語発音を矯正するシステムの開発に成功した。

 これにより音声学や英語教育学の知見を発声器官の状態に対応付けることが可能になり、個人レッスンと全く同様の学習効果の高い語学学習教材の構築が期待できるようになった。


研究の背景

 国内に数多く存在する英会話教室において、会話の指導は可能であっても発音を正確に指導できるところは多くない。それは、英語ネイティブ話者であっても音声学や英語教育学に関する知識を持つとは限らないためである。また、小中学校などの教育現場においても英会話教育の必要性が高まっているが、正確な発音指導までは期待できないのが実情である。日本語的な発音であっても内容が伝わりさえすればいい、という考え方もあるが、モーター理論からも導かれるように発音の習得は聴取能力の向上に結びつくし、何より自分の発音に対する自信が学習意欲の向上につながる。従って、PC上のソフトウェアにより、正確な発音の判定と指導が可能になれば、個人的な学習においても、英語教育現場における補助教材としても、大きな効果が期待できる。しかし、従来の音声情報技術を利用する英語学習ソフトの多くは、スコアを表示するだけのものや、誤り箇所を指摘する場合でも、例えば「[l](エル)であるべきところが[r]の音に近い」、「日本語の[i]に近い」など音素レベルで近いものを指摘するにとどまり、学習者が具体的にどうすれば正しい発音に近づくか方針が示されないため、十分な学習効果に結びつかないことが多かった。

研究の経緯

 平成15年11月頃から、株式会社 プロンテスト(当時 有限会社 ベアーズコミュニケーションズ)では、英語教室における発音指導の知識と経験を活かして、その指導体系をソフトウェア化できないかと考え、株式会社 つくば研究支援センターを通じて技術的な実現可能性を検討していた。それに対し、産総研では音声分析手法や調音的特徴に関して長年にわたる研究実績があったことから、産総研産学官連携コーディネータから連携が提案されて検討を進めた。平成16年7月から株式会社 プロンテストからの資金提供に基づく共同研究プロジェクトを開始し、研究開発を行っている。

研究の内容

 大量の英語音声サンプルを収集して、発音矯正の観点からの知見と音声分析における特徴とを詳細に検討しながら研究を進めることにより、学習者の英語の発声から、口の形や舌の位置など発声器官の状態を自動的に判定する技術を開発した。従来の音声認識技術を活用した手法では、一般に音素を単位として判定を行うため、発声された音がどの音に近いかという情報までしか取り出せなかった。これに対して本手法では、これに加えて舌が上顎に接触しているかどうか、唇の丸めが十分かどうか、など調音的特徴に関する詳細な単位で認識判定モデルを構築することにより、発声器官の状態を具体的に判定することが可能になった。これを用いて、「もう少し唇を丸めて発音してください。あまり早く丸めた唇を開かないで。あごが少し動きすぎているようです。少し鼻から息がもれているようですね。」など学習者の発音の特徴に関して具体的に指導可能な英語発音矯正システムを試作した。これにより、音声学や英語教育学の知見や発音指導のノウハウを発声器官の状態に対応付けて直接システム化することが可能になり、これまで熟練した指導者が直接指導していた内容をPC上で個人的に学べるような、学習効果の高い語学教材の構築が期待できる。

今後の予定

 今後は、このシステムの完成度を高めるとともに、共同研究終了後は株式会社 プロンテストを通じて製品化を進め、PC用英語学習ソフト、教科書補助教材、語学教室での学習システム、小型学習装置への組込み、対話型語学学習ロボットなど、多様な形態で事業化を図る予定である。さらに、医療関連やセキュリティなど他分野への展開や、日本語以外の言語圏用の開発も検討している。株式会社 プロンテストは現在産総研技術移転ベンチャーの審査を申請中である。


用語の解説

◆モーター理論
人間が音声を知覚する際には、音声を発声する際の筋肉への指令を参照しているという考え方で、米国Haskins研究所のLiebermanらによって提唱された。[参照元へ戻る]
◆音素
音声を言語的に区別するための最小単位。日本語におけるローマ字や、英語における発音記号の単位に近い。[参照元へ戻る]
◆調音的特徴
音声を発声するための口や舌などの器官(調音器官)に関する位置や状態などの特徴。[参照元へ戻る]


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