独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) バイオニクス研究センター【センター長 軽部 征夫】糖鎖系情報分子チーム 鵜沢 浩隆 チーム長らは、警察庁 科学警察研究所【所長 高取 健彦】(以下「科警研」という)法科学第三部化学第四研究室 瀬戸 康雄 室長と共同で、産総研が独自に開発した糖鎖分子を利用して、猛毒リシンを高感度で迅速に検出する技術を世界で初めて開発した。本検出法では、致死量の1万分の一という極微量のリシンを僅か10 分で検出することができる。糖鎖を使用したリシン検出法は世界初である。
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本成果は、産総研の糖鎖利用技術をシーズとし、科警研で実剤を使用して実施したものである。本課題は、産総研 ハイテクものづくりプロジェクト、及び、科学技術振興調整費 「化学剤・生物毒素の一斉現場検知法の開発(研究代表者:科警研 瀬戸 康雄)」により実施した。
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複数の糖鎖を用いることにより、リシン[RCA60]と構造上類似したリシン凝集素[RCA120]との識別も可能。未知の「白い粉」がリシンによるものかどうか、瞬時に判定可能。
今後、本毒素検出法が1次スクリーニング法として、幅広く公的機関に配備されることが期待される。
ヒマ種子から容易に精製されるリシンは、生物化学兵器として最も使用され得る毒素であるため、各国がテロへの使用を懸念している。米国ナノテク国家戦略において、バイオハザードセンサーの重要性が謳われているが、これまで必ずしも十分な成果は得られておらず、国家レベルの研究が急務であった。
現行の遺伝子診断法や抗原抗体法などは、専門家による判定が不可欠であり、検出感度や判定時間、操作性などにおいて問題のある方法である。また、海外より輸入されている抗体法は、低温での管理が必要であり、また室温保管が可能であっても保証有効期限が短いなどの課題がある。
これまでに産総研では、病原性大腸菌O-157 の生産するベロ毒素を、腎臓細胞に存在する糖鎖を模倣し独自に開発した「人工の糖鎖」と水晶振動子とを組み合わせることによって、1 時間以内に検出することに世界で初めて成功した。これらの成果を基に、科警研と共同でリシン検出の研究を行い、本成果を得るに至った。
本検出法は、リシンが細胞表面の「糖鎖」に結合して感染するメカニズムに着目し、この感染機構を検出原理に応用して、当該毒素を感度良く検出するものである。
本検出法は、リシンが細胞表面にある糖鎖に結合する感染機構を検出原理に用いている。独自に開発した3種類の糖誘導体(糖鎖)を合成し、これをセンサーチップに固定化した。表面プラズモン共鳴(SPR)とよばれるラボ設置型の光学検出装置を用いたところ、致死量の1万分の一(15ng)のリシンを僅か10 分で検出することができた。さらに、リシン精製時にリシン [RCA60]とともに得られるリシン凝集素[RCA120]は、それらのタンパク質の1次配列がよく似ている(高い相同性を示す)ため、両者を識別することはこれまで困難であった。今回、産総研及び科警研は、複数の糖鎖をセンサーチップ上に並べた糖鎖チップを用いることで、両者を識別することに成功した。糖鎖は熱的、化学的に安定であることから、常温で長期保存可能であり、比較的高温条件での使用も可能であるため、現行の遺伝子診断法や抗原抗体法に比べて取り扱いやすい。
また、糖鎖を用いる検出法が過酷な条件下でも使用可能な毒素検出法であることから、現場向きの簡易検出法の開発を目指し、糖鎖で被覆した金コロイド微粒子を使用した新規な検出法を予備的に検討した。この金コロイド微粒子が分散する溶液に、リシンを加えたところ、金コロイドの凝集による色の変化により、極微量のリシンを僅か10 分間で判定できた。この変化は目視で判定が可能であるため、今後さらに検討を行い、手軽に使用できる検出キットの開発を進める。詳細な研究は、科学技術振興調整費の国家プロジェクトで進めることとする。
細胞表面の糖鎖は、病原性ウィルスや細菌、毒素の標的分子であるため、糖鎖利用の検出法は、感染実態に近い判定が行え、魅力的な方法である。今後は、手軽に現場で、誰でも簡単に判定できる毒素判定試薬の開発や、感染症関連病原体の検出などの研究へと拡張予定である。
さらに糖鎖を利用した生体由来の毒性を緩和できる治療薬の発展にも繋げていきたい。