独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【部門長 和田 敏美】に設置した光・電子SI連携研究体【体長:青柳 昌宏、参加企業:エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社、住友電気工業株式会社、日本電気株式会社、日本特殊陶業株式会社、日立化成工業株式会社、ヒロセ電機株式会社、三井化学株式会社、株式会社リコー、イビデン株式会社】は、ルータやサーバで使われている、従来のATCA(Advanced Telecommunications Computing Architecture:2003年1月策定)規格に準拠した、電気バックプレーン(電気配線板)に比べて、5倍の3テラビット毎秒(70枚以上のDVDに相当するデータを1秒間に伝送できる)の大容量伝送性能をもつ、光バックプレーンの開発に成功した。これは10ギガビット毎秒以上のデータ通信性能を持つ細径高Δ光ファイバーと低コストで組み立て容易なインターコネクション用の光-電気変換モジュールを新規に開発し、これらをATCA規格の実装規定に準拠した光バックプレーンとして統合するための高密度光コネクタなどを新たに開発したことで初めて成功したものである。
この光バックプレーン技術によって、光によるブロードバンドネットワークに用いるルータやサーバなどの信号伝送および情報処理性能を大幅に高めることができ、医療・教育現場で不可欠とされている超高精細映像配信実現への道が拓けた。
なお、本研究成果は、電子情報通信学会2005ソサイエティ大会(2005年9月20日(火)~23日(金)まで、北海道大学(札幌市)で開催)、エレクトロニクスソサイエティ・光エレクトロニクス・光インターコネクションのセッションで発表される。
インターネットの急速な普及に伴ってブロードバンドネットワークの情報伝送容量の増大への要求は飛躍的に高まってきている。このため、従来の電気伝送線は伝送容量の限界に達し、すでに、国内の基幹ネットワークはもとより、家庭への通信線も急速に光化が進んできている。それに伴い、これらのブロードバンドネットワークに対応する超高速の情報伝送機器の開発が求められている(図1)。このような情報サービスを実現するために光ケーブルによるネットワークが使われているが、ネットワーク間を繋ぐルータなどの装置やサーバの動作速度制限のために快適なサ-ビスが得られなくなってきている。この速度制限の多くは装置内部の電気信号伝送の高周波伝送損失に起因しているので、伝送損失がきわめて小さな光伝送技術を、装置内の各電子機器をネットワーク状に接続する機能を分担するバックプレーンに応用すれば、このボトルネックを解決することができ、通信情報装置の機能の飛躍的な向上につながる。このため、ダイムラークライスラー社をはじめ国内外の多くの機関で光バックプレーンの開発が進められている。しかし光は直進性が強く、3次元的に多数の光配線をする光バックプレーンを装置内という極めて狭い空間で実現することは困難であった。
産総研では超高速電気信号計測評価およびその実装技術の開発を進めており、平成16年度より、これらの技術と光実装技術を融合させて、次世代超高速通信装置向けの光バックプレーンの研究開発を行っている。この研究開発のため、産総研と光バックプレーンの要素技術の各分野で優れた技術を有する民間9社が共同研究契約を締結し、産総研と各社の研究員が産総研エレクトロニクス研究部門に設置された光・電子SI連携研究体に集結して、集中研究型で研究開発を進めている。
各種の光配線や光コネクタ実装部品の基盤技術の開発は、技術研究組合の超先端電子技術開発機構(以下「ASET」という)の超高密度電子SI技術開発プロジェクト(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託事業)で平成11~15年度になされた。しかしながら、これらの技術はそれぞれには原理性能の実証に成功したが、実用化への要となる具体的な研究にいたらなかったため、いわゆる死の谷と呼ばれる技術的な隘路に入る危険性があった。産総研では、本格研究とよぶ基礎研究を実用化へ導くための研究を推進している。この方針に基づいて、エレクトロニクス研究部門の高密度SIグループを中心として、これらの成果を用い、実用的な光バックプレーンに進展させる研究開発を、民間9社との共同開発という体制で、平成16年度より進めた。このたび、本格的な実用を念頭に国際的なデファクト標準規格であるATCA規格の構造仕様に準拠して、300本の光配線を収容した光バックプレーンを開発し、1本の光配線当たり10ギガビット毎秒 という高速伝送ができる(従って、バックプレーン内では3テラビット毎秒の信号処理が可能)ことを確認した。
従来のATCA規格に準拠した電気バックプレーンに比べて5倍の3テラビット毎秒の大容量伝送性能をもつ光バックプレーンの開発に成功した(図2)。10ギガビット毎秒以上のデータ通信性能を持つ細径高Δ光ファイバーと低コストで組み立て容易な光-電気変換モジュール及び高密度光コネクタを開発し、これらを統合接続した光バックプレーンを新たに開発した。
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(a)光バックプレーン搭載モデル
(幅483mm×高さ418mm×奥行き378mm) |
(B)光バックプレーン本体
(幅426.4mm×高さ355.6mm) |
図2 3テラビット毎秒の光バックプレーン
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光バックプレーンでは30mm程度の狭いピッチで多数の光電気回路が搭載されたボードを接続することが要求される。光バックプレーンとこれらのボードを接続する際には光を直角に曲げてコネクタ接続する必要がある。このコネクタとしてはミラーとレンズを用いた方式が発表されているが、多数の光接続が困難であること、接続損失が大きいことなどの問題があった。
産総研では、光ファイバーを損失が生じない範囲で直角方向に曲げてその先でコネクタ接続するASETで開発された方式を採用し、これをコンパクトかつ組立て容易な構造で実現する技術を開発した。これを実現するキー技術として、従来の半分の直径125µmの細径高Δ光ファイバー(図3-(a))と16本の光ファイバーを一度に接続できる高密度光接続部品と小型直角光コネクタ技術を開発した。また、この光ファイバーに10ギガビット毎秒の光信号の送受を行うための光-電気変換モジュール(図3-(b))を新たに開発し、ボード上に組み込み、その性能を実証した。
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図3 細径高Δ光ファイバー(a)および、光-電気変換モジュール(b)
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被覆除去不要の細径高Δファイバーは、狭いピッチで多数の光接続を実現するため小さな曲げ半径でも光損失がないようにクラッドとコアの屈折率比を大きくし、しかもガラスファイバーの保護に必須である樹脂層を含め、125µmの正確な直径を維持したもので、ファイバーの被覆除去をしなくても標準の光接続部品に直接組み込むことを可能とした。
新たに開発した光接続部品は、接続すべき先端を予め研磨したファイバーを埋めこんだ部分とファイバーボードを整列固定する部分の2分割構造として、30mmの狭いピッチでの高密度光ファイバーの接続を可能とした。
小型直角光コネクタは、バックプレーンとこれに挿入されるスイッチングボードを狭い領域で組立てられるように工夫したもので、これまでに開発したものに比べて1/3の外形寸法でコネクタ接続を実現した。
また、この光バックプレーンに接続するインターコネクション用の光-電気変換モジュールは、4本のファイバーを固定してそのファイバー端を45度にカットしてミラーを形成した上部構造体と、光素子を搭載した下部構造とを重ねて、光素子にファイバー端を近接させ90度光路を変えて光結合する構成である。この上部構造と下部構造の組み立ては、従来の光をファイバーに通しながらの精密光軸調整する方法でなく、機械的な位置合わせとマーク同士の位置合わせで簡単、低コスト光-電気変換モジュールを実現できることが特長である。
本研究成果の光バックプレーンの実現により、発展が著しいブロードバンド通信のボトルネックを解決する装置を、コンパクトに安価に実現する展望を切り開いたといえる。また、この技術により、安価なホームLANの光化が可能になるのみならず、医療・教育現場で切望されている、超高精細・動画像配信の実現も可能になると予想される。
さらに広域ネットワークでは、1チャネル当たり160ギガビット毎秒のネットワークの開発、イーサネットでは100ギガビット毎秒の高速LANの検討が、光インタコネクションモジュールも100ギガビット毎秒を超えるものの開発が進められている。本光バックプレーンの方式はこれらの技術へ問題なく応用可能であり、電気バックプレーンの百倍を超える情報量を扱える装置をめざした技術開発が可能となる。