独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)活断層研究センター【センター長 杉山 雄一】は、チリ・バルパライソ大学(以下「UCV」という)、米国地質調査所(以下「USGS」という)との共同調査により、1960年チリ地震の震源域に位置する沿岸湿地において、過去約2000年間の地層の中から、津波や地盤の沈降による環境変化で堆積した砂層を8層発見した。最上部の砂層は1960年チリ地震による津波堆積物である。すなわちチリ地震と同規模の巨大地震が、チリ海溝沿いで過去からくり返し発生していたことを示しており、堆積物の放射性炭素年代測定から、その発生間隔はおよそ300年であることが明らかになった。
チリでは16世紀以降の歴史記録の中で、100~150年おきに地震が発生していることが知られている(西暦1575年、1737年、1837年、1960年)。しかし、今回発見された地層の証拠によれば、1960年チリ地震に先立つ同規模の地震は1575年の地震であり、1737年、1837年の地震は比較的規模が小さかったため地層に痕跡を残さなかったと考えられる。同様の現象は、産総研がこれまで行ってきた千島海溝沿いの調査からも明らかになっている。海溝沿いにくり返し発生する地震は、時折通常よりも規模が大きい「異常な」巨大地震になると考えられ、2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震もその例の1つと言える。
※本研究成果は、自然科学系雑誌 Nature の9月15日号に掲載される。
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図1 チリ中南部沖では、ナスカプレートが南米プレートに沈み込んでおり、このプレート境界を震源とするマグニチュード9.5の巨大地震が1960年に発生した。この地震に伴う津波や地盤の上下動は、沿岸の地形や地層に痕跡を残している。 |
地震の長期的発生予測のためには、過去に発生した地震の履歴を解明し、再来間隔を見積もることが重要である。産総研はこれまで千島海溝沿いや北米カスケードにおいて、USGSとの共同研究により、海溝型地震の履歴や津波の研究で成果を上げてきている。一方、観測史上最大の1960年チリ地震の震源となったチリ海溝沿いの地震の履歴はいまだに十分に解明されていない。この海溝沿いから発生する津波は、日本まで到達して被害をもたらしえることから、本地域における地震の履歴の解明は、我が国における遠地津波の防災という観点からも非常に重要である。歴史記録の乏しい本地域では、地形や地層の地震痕跡調査が、地震の履歴の解明において最も有効な方法であることから、産総研、UCV、USGSの3カ国の研究機関の連携により、1960年チリ地震で実際に津波と地殻変動が記録された地域で共同調査を行った。
チリ中南部沖の海溝沿いでは、ナスカプレートが南米プレートに年間8.4cmの速度で沈み込んでいる(図1)。1960年5月22日に発生したチリ地震は、この海溝沿いを震源としており、規模は観測史上最大のマグニチュード9.5で、昨年のスマトラ沖地震(マグニチュード9.0)を超えるものであった。津波は丸一日かけて太平洋を渡り、日本まで到達して被害をもたらした。日本での死者・行方不明者は142人にものぼる。1960年チリ地震以前には、歴史上、津波を伴う地震が16世紀以降に100~150年間隔で3回(西暦1575年、1737年、1837年)記録されているが、それ以前の地震の履歴を解明するには、地形や地層に残された津波や地殻変動の痕跡を見つけ調査する必要がある。そこで産総研とUCV、USGSの合同調査チームは、チリ中南部沿岸のマウジン川河口周辺の湿地において、トレンチ掘削調査を行った。調査地域は1960年チリ地震における震源域のほぼ中央付近に位置しており、地形や地層に津波や地盤の沈降の痕跡が残されている。
湿地では2kmの範囲で60箇所のトレンチ掘削調査を行い、地表から深さ1~1.5mまでの堆積物の観察を行った(図2)。湿地では通常、泥炭質の土壌が堆積しているが、1960年チリ地震の際には、津波によって運ばれた砂が、最大約15cmの厚さで湿地表面を覆ったことが地元住民により目撃されている。トレンチ壁面では、当時の砂層が下位の土壌を一部削りながら堆積して、その後再び土壌に覆われている様子が観察された。同様の砂層と土壌との関係は、さらに下にもくり返し積み重なっていることが明らかになった。また、場所により土壌と砂層との境界は、干潟の生物が巣穴等を掘って乱した跡が見られ、地盤の沈降によって湿地から干潟へ環境が変化したことを示している。したがって1960年チリ地震以前にも、同様の津波や地殻変動を伴う地震がくり返し発生していたと考えられる。これらの地層の痕跡は全部で8回分検出でき、上位からA~Hと識別した(Aは1960年チリ地震)。それぞれの土壌の中から、当時生息していた植物の遺体を採取し、放射性炭素年代測定を行ったところ、Bは1575年の地震に対応し、以下、C:AD 1220~1400年、D:AD 990~1190年、F:AD 430~660年、H:BC 80~AD 220年と推定された。したがって平均すると約300年間隔で巨大地震が発生していることが明らかになった。これはプレートの沈み込み速度から計算される発生間隔(250~350年)と矛盾しない。
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図2 湿地での掘削調査から得られた地層断面によれば、土壌と砂層の互層がくり返し積み重なっている様子が観察される。これらは過去約2000年間に1960年チリ地震を含む合計8回の津波や地盤の沈降の痕跡を示しており、その発生間隔はおよそ300年である。 |
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トレンチ掘削調査では、歴史記録にある1737年と1837年の地震の痕跡は確認されなかった。これは、この2つの地震が1960年チリ地震よりも規模が小さく、地層に痕跡を残すほどの津波や地殻変動を伴わなかったためと考えられる。
マウジン川河口付近には、1960年チリ地震時の地盤の沈降による浸水で枯死した木が、現在でも多く見られる(図3)。これらのうち、特に幹の太い15本の立ち枯れ木について年輪を計測した。その結果、8本が1837年以前、2本が1737年以前から生育しており、2回の地震を経験しても枯死することはなかったことを示している。すなわち1960年チリ地震のような地盤の沈降による浸水はなかったと言える。
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図3 マウジン川河口周辺では、1960年チリ地震時の地盤の沈降による浸水で、立ち枯れた木が多く見られる。これらの木は1737年と1837年の地震を生き抜いており、この2回の地震が地盤の沈降を伴わなかったことを示している。 |
チリ中南部沖の海溝沿いでは、100~150年間隔で地震がくり返し発生しているが、約300年間隔で、時折1960年チリ地震のような通常より規模の大きい(マグニチュード9クラスの)巨大地震となり、地層に痕跡を残していると考えられる。このような性質は、最近、世界各地の海溝沿いでも明らかにされつつあり、2004年スマトラ沖地震もその例の一つと考えられる。
今回の成果は、チリのみならず日本を含む太平洋沿岸での津波防災にとって非常に重要な基礎資料である。今後、過去の地震における震源域の広がりをより詳細に解明するため、広範囲において同様の調査を行い、地震の履歴を確認する必要がある。また、海溝型巨大地震の特性を知るため、1960年チリ地震時およびその後現在までの地殻変動を定量的に解明する予定である。