独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」)、財団法人 電力中央研究所【理事長 白土 良一】(以下「電中研」)、昭和電工 株式会社【代表取締役社長 高橋 恭平】(以下「SDK」)は、この度、炭化ケイ素(SiC)半導体デバイス実用化の“ボトルネック”となっている高品質なエピタキシャルウェハの安定供給に関して、生産拠点の構築を目的に、その量産化のための技術開発を行う共同研究を開始いたします。
SiC半導体は、優れた物理的・化学的性質を有することから、シリコン(Si)半導体を凌駕する小型・低損失の半導体デバイスの実現が可能とされています、電力、自動車、鉄道、家電と様々な分野に利用されている電力変換(直流⇔交流)用のスイッチングデバイスや、通信用の高性能・大電力高周波デバイスへの応用が期待されており、今後のエネルギー電力化率の増大を受け、省エネデバイス技術への寄与がきわめて大きい材料であります。
しかしながら、現状ではデバイス作製に用いられるエピタキシャルウェハの品質が十分ではないため、特に大面積チップの作製が困難であり、SiCの材料特性の有用性が発揮される大電流デバイスの実用化に大きな障壁となっておりました。
このエピタキシャルウェハは、高品質なバルクウェハの上に不純物濃度と厚みを精密に制御したSiC薄膜を堆積して作製されるもので、大口径ウェハ上への高品質かつ均一な精密エピタキシャル成長技術が必要となります。
現在、SiCのバルクウェハに関しては、米国、ドイツ、日本等の企業が製品出荷を行っておりますが、エピタキシャルウェハに関しては、日本国内で安定的にウェハを供給できる企業がないため、我が国のSiCデバイス開発、更にはSiC電力変換器開発にとって大きな足かせとなっております。このため、国内における高品質SiCエピタキシャルウェハ生産拠点の整備・構築が急務となっております。
我が国のSiCウェハ関連の技術開発としては、下記のような取り組みの中、研究レベルではデバイス品質のエピタキシャルウェハ作製技術が開発されております。
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平成10~14年度に経済産業省/新エネルギー・産業技術総合開発機構の「超低損失電力素子」プロジェクトが産総研を中心に行われ、SiCウェハ技術及びパワーデバイス化プロセスに関する要素基盤技術開発に大きな進展がありました。
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電中研においては、高品質高速エピタキシャル成長技術及び大面積デバイスチップの開発が行われました。
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SDKは、上記プロジェクト及び自社研究によりバルクウェハに関する研究成果を挙げております。
今回、これらの技術開発成果をもとに、各種化合物半導体ウェハ事業で実績を有するSDKの参加を踏まえ、高品質均一エピタキシャル成長技術を3インチ以上の大口径複数枚同時処理可能の実用機レベルで実証することを目指して、産総研、電中研、SDKの3者が共同研究(総額約6億円規模の3年計画)を行うことで合意に至りました。
SiC半導体パワーデバイスやこれを使った電力変換システム実用化のために不可欠なエピタキシャルウェハの生産拠点構築に対しては半導体デバイス企業からの要請と期待も大きく、本共同研究の成果を近々関係者で設立するウェハ生産を行うための事業体に技術移転し、国内へのSiC高品質エピタキシャルウェハ供給を平成18年10月を目途に開始する計画です。これらの活動を通して、我が国が世界のSiCマーケットをリードする状況を作り出し、新しい半導体産業を創出したいと考えております。
なお、このウェハ生産を担う事業体設立に際しては、ベンチャー起業促進を目指して今年8月1日から新たに施行された有限責任事業組合(Limited Liability Partnership: LLP)制度、および産総研の技術移転ベンチャー認定制度を活用することで、SiCウェハ供給活動を効率的に立ち上げることを予定しております。
1.炭化ケイ素(SiC)半導体デバイス開発のねらい
現在、半導体デバイスの開発はシリコン(Si)半導体を中心として行われており、CPUやDRAMを代表格に様々な分野や環境で使用されてきた。一方で、これまで半導体の使用が困難と考えられていた、高電圧や大電流、高温といった過酷な環境下においても、安定で安心して使用でき、しかも効率の良い半導体デバイスを開発することが要請されるようになってきている。例えば、
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発電所・変電所での電力変換から家電製品のインバータまでの幅広い範囲で使用されるようになってきた電力変換用パワーデバイスにおいては、省エネルギーの観点から、より小型化、低損失化、高効率化が求められている。
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今後更なる高出力化・高信頼性化が必要となる通信用の高周波デバイス、更には、自動車や人工衛星等で使用される耐熱・耐放射線性半導体デバイスに関しても、Siデバイスの限界を越える性能を持つデバイス開発が熱望されている。
これらの技術分野では、まさにSiを凌駕する物性を有する半導体材料を用いたデバイスの開発が必要となっている。
炭化ケイ素(SiC)は、炭素とケイ素からなる化合物半導体の一種であり、Siに比べて、以下の特性を有する。
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電子の飽和ドリフト速度、絶縁破壊電界が一桁以上高い
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熱伝導度が三倍高い
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耐熱性・耐薬品性に優れる
これらの特性により、従来のSi半導体よりはるかに小型、低損失、高効率のパワーデバイスや高周波デバイスが作製可能となる。このことからSiCは、超低損失の電力変換デバイス、高出力・高信頼性が必要となる携帯電話用基地局等で使用される高周波デバイス、更には、宇宙や原子力施設等の過酷な環境下で高い信頼性が要求される耐熱・耐放射線性デバイス用の半導体材料としての期待が大きい。
2.現状技術の問題点と開発課題
SiCエピタキシャルウェハに関する現状技術の問題として、以下が挙げられる。
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要求されるデバイス仕様に対して結晶欠陥低減がまだ不十分なこと
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膜厚、不純物濃度がウェハ面内で一様でなく不均一なこと
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エピタキシャルウェハ成膜の再現性もよくないこと
結晶欠陥については、従来大きな問題として指摘されていたマイクロパイプと呼ばれる孔状の欠陥の密度が最近では大変少なくなったのに加え、バルクウェハに存在するマイクロパイプ欠陥をエピタキシャル成長中に閉塞させる技術の開発も進んでいる。しかし、「転位」を始めるとする結晶欠陥はまだ多く、耐圧等の素子特性の阻害要因となっている。特に転位欠陥の低減と、不純物濃度のウェハ面内ばらつき低減、再現性の向上がSiCデバイス実用化にとって重要である。
また、SiCウェハにはその結晶構造から、Si面、C面の2種類の面が存在するが、エピタキシャル成長のしやすさから今までほとんどのデバイス開発はSi面を用いて行われてきた。ところが最近、C面を用いることによりデバイス特性が飛躍的に向上することが見いだされた。このことから、実用的には大口径ウェハを用いたC面上への均一なエピタキシャル成長技術の重要性が増している。
本共同研究においては,上記の課題について重点的に取り組む予定である。
3.事業の意義
Si半導体でもSiトランジスタの黎明期においては、各デバイスメーカーはデバイス製作の各プロセス技術だけでなく、結晶のバルク成長からエピタキシャル成長まで含めて自ら実施していたが、その後、ウェハ作製は素材業界のウェハ専業メーカーに分業するようになった。
現在国内パワーデバイスのメーカーには、研究開発のための十分な体力がなく、自前でSiCバルク・エピタキシャルウェハの研究開発、並びに製作をする余裕がなくなっている。その結果、デバイス作製のためのSiCエピタキシャルウェハの調達のほとんどを米国企業に依存しなければならない状況に陥っており、価格、納期、及び品質の面でSiCデバイス並びに電力変換器開発の支障となっている。更に、安定供給に対する不安から製品化も進まないのが現状である。このSiC製品化のボトルネックを解消するところに、本事業の意義がある。