独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)知能システム研究部門【部門長 平井 成興】の 小島 一浩 研究員は、最新のネットワーク理論を用いた組織構造の解析プログラムを開発した。また、実際にこれを産総研に適用し、今まで全体像をつかむことができなかった組織構造や組織連携に重要な人間関係の発見を行った。
産総研では、近年注目を集めているComplex Network理論を用いることにより、組織構造の解析、組織内外での連携状況などを把握することができる組織構造解析プログラムを開発した。またその応用として、開発したプログラムを産総研における研究成果発表データに適用し、産総研の研究者・研究分野の連携関係の解析を行った。
産総研は所属する常勤研究者数が2,500名規模の日本最大級の研究機関である。この巨大組織において、各研究者の連携関係はどのようになっているのか?
産総研では、学会発表や論文投稿を行う場合、各研究者が、研究タイトル、内容、共同研究者、発表日などをデータベースへ登録するが、プログラムは、まずこれから図1に示すように産総研内外の研究者の共同研究関係を共著関係ネットワークとして構成する。
図2は、産総研内外研究者の共著関係を可視化した図である。各ノードの色は、産総研の6研究分野に対応している。さらに、図3は図2のうち、最大ネットワーク(メガ・ネットワーク)を抜き出したものである。この図から、各研究分野がクラスタ構造を形成しつつ、緩く接続していることが分かる。つまり、産総研が提唱する異分野融合がある程度成功していることを示している。
このように、本解析プログラムでは、今まで困難であった組織の俯瞰が可能となるうえ、さらに、Shortest Path Betweennessを用いて研究者間のつながりの重要度を計算し、組織連携に重要な人間関係を割り出すなど、研究動向の把握や効率的な研究活動の支援に利用することができる。
今後は、外部機関のデータベースを取り込むことにより、日本さらには世界の学術・産業界地図の作成や企業向けのカスタマイズを考えている。
近年、産業・経済界においては消費者ニーズの短期的・劇的な変動、多様性への対応が求められており、また終身雇用制度の崩壊によって、静的雇用形態から、フリーター・派遣社員など動的雇用形態へ、さらに固定的部署からプロジェクトベースのチーム編成へと変化している。現在、日本企業においては、これらの社会的な変動に対応すべく、その組織変革が重要となっており、すなわち、従来の縦型組織から部署横断的なネットワーク組織への変更が求められている。このとき、その時々の組織の全体像を把握することは、経営者及び組織を構成する従業員にとって重要であり、今後さらに必要性が高まっていくものと考えられる。
産総研では、近年注目を集めているComplex Network理論を用いることにより、このような課題に対応可能な組織構造解析プログラムを開発した。また、その応用例として、産総研の研究活動である研究成果発表データに適用し、産総研の研究者・研究分野の連携関係の解析を行った。
産総研では、学会発表や論文投稿を行う場合、各研究者が、研究タイトル、内容、共同研究者、発表日などを研究成果発表データベースへ登録する。このデータから、産総研内外の研究者の共著関係ネットワークを構成し、この解析を行った。ネットワークは、まず図1の上図で示されるように、論文-著者間の関係を2部グラフで表現する。その後、下図で示されるように、論文を共有する著者を接続することによって無向グラフを作成し、これを共著関係ネットワークとする。
現在、産総研では研究分野を、1)ライフサイエンス、2)情報通信、3)ナノテク・材料・製造、4)環境・エネルギー、5)地質・海洋、6)標準・計測の6分野に分類し研究を行っている。図2は、2004年度学会発表のデータ(6,213件)から共著関係ネットワークを構成し、可視化した図である。研究者個人はノードで表わされ、各ノードの色は次のように所属研究分野に対応している(ただし、外部研究者など、研究分野が特定されない場合、無色)。
1.ライフサイエンス(生命・生物情報、バイオ技術) |
バイオレット |
2.情報通信(IT、ロボット、エレクトロニクス) |
青 |
3.ナノテク・材料・製造(ナノテクロジー、材料、製造技術) |
黄 |
4.環境・エネルギー(環境技術、エネルギー技術) |
緑 |
5.地質・海洋(地質情報、火山・活断層、地下資源) |
アクアマリン |
6.標準・計測(計量標準、計測技術) |
赤 |
データベースから抽出された研究者数は7,724名で、うち産総研研究者は3,214名(外部機関受け入れ研究者、学生を含む)、外部研究者は4,510名であった。
計算によると、全研究者の65%から構成される最大ネットワーク(メガ・ネットワーク)が存在することが分かった【図3参照】。
図4は、2000年度から2004年度までの5年間のデータから、ネットワークサイズ分布をプロットしたものである。これによると、全研究者の60~80%の研究者で構成されるメガ・ネットワークが、各年度において常に存在することが分かる。また、各年度のメガ・ネットワーク内は、各研究分野がクラスタ構造を形成しつつ、緩く接続していた。これは、産総研が提唱する異分野融合がある程度成功していることを示している。
この結果を研究者に提示した場合、例えば自身の周辺における研究動向を調べたり、また地質関係の研究者が異分野の研究者を必要とした場合に、ネットワーク上のリンク関係、つまり「つて」を頼って情報関係や生物関係などまったく異なる研究分野の研究者を発見できるなど、研究支援ツールとしての使用が期待できる。
さらに、Shortest Path Betweenness(SPB)を用いて関係性の重要度を計算し、組織連携に重要な人間関係を割り出すことが可能である。図5に2004年度の共著関係ネットワーク(図2)で、2番目に大きいネットワークにSPBを適用した結果を示す。SPBの値が大きい10リンクを、太線で示している。図5では、分野別のクラスタが存在し、それをつないでいる異分野連携のリンクの重要度が高くなっている。これらの結果は、例えば研究組織の異分野連携をより強化するために、SPBの高いリンクを持つ研究者に研究資金・人的資源を投入するなど研究戦略の判断材料となる。
このように、今回開発したプログラムを用いることで、組織の動向把握や組織解析・評価に利用できることがわかった。
図2 2004年度学会発表データから構成された共著関係ネットワーク(全体)
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図3 2004年度学会発表から構成されたメガ・ネットワーク
(図2の結果の最大ネットワーク)
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図4 ネットワークの大きさの分布
横軸はネットワークの大きさ順に順位を付けたときの順位。
縦軸は全ノード数に対する各ネットワークの大きさの比率。
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図5 SPBの計算結果例
図2で2番目に大きいネットワーク。SPBの値が大きい10リンクを太線で示す。
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現在の解析プログラムは、コマンドラインによる操作であるが、今後Webベースのインターフェースを開発することによって、誰でも簡単に操作できるようにする予定である。
今後は、企業向けに、社内書類、会議参加者記録、メールの送受信関係から、より一般的な人間関係ネットワークを構成し、組織構造解析ができるように改良していきたいと考えている。ただし、構成される人間関係ネットワークには、構成員の個別の事情(上司部下の上下関係など)が存在するため、経営者はより現場を知ったうえで解析結果を解釈する必要がある。
また、今回用いたデータベースは、産総研の研究成果発表データベースであるが、さらに、外部機関のデータベースを取り込むことにより、日本さらには世界の学術・産業界地図を作りたいと考えている。