独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)次世代半導体研究センター【センター長 廣瀬 全孝】は、文部科学省都市エリア産学官連携促進事業において、筑波メディカルセンター病院【病院長 石川 詔雄】(以下「TMCH」という)、つくば市消防本部【消防長 大沼 勝美】と、救急病棟の医師が遠隔からの自在なカメラ操作により移動中の救急車内の画像(動画・静止画)を取得できる「救急車内画像遠隔取得システム」を開発した。本システムにより、一刻を争う救急医療の救命率向上が期待される。
救急医療においては、救急車が現場に到着してから救急病棟への搬送間の処置、ならびに救急病棟側での受け入れ準備が救命率に大きな影響を与える。このため、搬送中の患者の画像を病院側から自在に取得可能なシステムが求められている。
今回、産総研とTMCH、つくば市消防本部が開発した「救急車内画像遠隔取得システム」は、救急車内の搬送患者の画像を携帯電話を通じて、プロバイダ経由で救急病棟へ転送し、待機する医師の診断や医師の指示による救急救命士の応急処置等に用いるものである。携帯電話等による移動体通信は、建物、地形の影響や通話の混み具合等により、データ通信量に大きな変動が生じる。そこで、データ通信量が低下したときでも医師の判断に足る品質の画像を確保するため、移動体通信向けの新しいデータ圧縮技術「適応型BTC(ABC)」を開発した。適応型BTC(ABC)データ圧縮は、携帯電話の通信能力の範囲では、静止画像データの圧縮方式の一つである、JPEGやJPEG2000よりも高画質で、かつデータサイズもより小さいことが特徴であり、他のデータ圧縮技術よりも短い時間で画像データを送ることができ、無線伝送時のエラー発生率を削減することができる。
救急車内画像遠隔取得システムは、「ただ救急車内の画像を送るのではなく、医師が治療を行うための判断に必要な本当に見たい画像を自在に取得できる」ことを開発の最優先課題とした。医師はパソコン画面上で詳しく見たい領域をクリックするだけでよく、面倒なカメラ操作のいらない直感的なユーザインタフェイスを、TMCHの医師の協力により開発した。医師は動画で送られてくる画像を見ながら、詳しく見たい箇所を選択して、ブレの小さい高速シャッターにより高精細静止画を取得することができる。また、救急車には車内撮影用カメラのほかに車外撮影用カメラも装備しており、事故現場等の画像取得も自在に行える。
本システムの導入に必要な、救急車および病院での新規追加装備は、最小限(救急車:PC 1台、カメラ2台(車内用1台、車外用1台)、携帯用アンテナ、病院側:PC 1台)で済むため、既存スペースへの圧迫がほとんどないシステム構成となっている。
また、今後、携帯電話の性能が上がり、機種が変わっても、本システムは設定の変更だけで対応できるため、通信インフラの進歩をそのまま享受し、システム全体の性能向上が可能である。
今後は、本システムの運用実験を重ねると共に、株式会社ティアックシステムクリエイト【代表取締役社長 小室 隆一】(生産、販売(全国))、関彰商事株式会社【代表取締役社長 関 正夫】(販売(予定)(北関東、茨城))、産総研認定ベンチャー企業である 株式会社進化システム総合研究所【代表取締役社長 吉井 健】(技術開発)を通じ、事業化を進める予定である。
昨年度の全国の救急出動回数は483万回にも及び、そのうち救急車による出動件数は一日平均約13,235 件で、約6.5秒に一回の割合で出動している(「(平成15年中)救急・救助の概要」総務省消防庁救急救助課)。通報を受けてからの救急病棟収容への所要時間は全国平均で 27.3分であるが、救急車が現場に到着してから救急病棟への搬送間の処置、ならびに救急病棟側での受け入れ準備が救命率に大きな影響を与える。このため、搬送中の患者の画像を病院側から自在に取得可能なシステムの開発が必要であり、本研究開発以外にも、わが国では他の機関において、数例の研究開発が行われている。
産総研、TMCH、つくば市消防本部が開発を行っている「救急車内画像遠隔取得システム」は、救急車から画像データを救急病棟に送るためのものであり(現在の救急車では画像の伝送は行われていない。)、それ以外は既存のシステムを流用することで、医師の操作性を容易にし、救急救命士の負担を最小限に留め、既存の救急車に導入する新規設備を最小限に抑えることを目標としている(画像以外のデータに関しては、必要に応じて追加できる機能を盛り込む)。現在、本システムをつくば市消防本部の既存の救急車へ実験的に導入し、システムの検証を行っている。
本研究開発は、文部科学省都市エリア産学官連携促進事業・成果育成型「都市生活支援インテリジェント情報技術の開発(平成14~16年度)」において、つくば市の協力の下、つくば市における救急救命率の向上を目的に、産総研、TMCH、つくば市消防本部が研究協力を行い推進しているものである。
今回開発した、「救急車内画像遠隔取得システム」は、救急救命士に負担をかけることなく、医師が救急処置に必要な画像を自在に取得できるようにすることを目指して研究開発を行った。本システムは、パン、チルト、ズームのできる可動カメラ2台を救急車に設置しており【図1参照】、1台は、救急車外の事故撮影用であり、もう1台は、救急車内の患者撮影用である。救急車内のノートパソコンには、カメラからの画像取得用USBケーブルと、無線通信のための携帯電話カードが付加されており、携帯電話カードはアンテナケーブルを通じて、車外アンテナに接続されている。救急病棟には、インターネットに接続されたパソコンが設置されている。
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図1 救急車内に設置されたシステムの様子(カメラ、PCなど)
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○救急車内画像遠隔取得システムによる支援の流れ
(1) 救急救命士が救急車に設置されているパソコンの電源を入れる。(本システムを採用することにより救急救命士の増えた作業は、これだけである。)
(2) 救急病棟のパソコンの呼び出しベルが鳴るので、応答ボタンをクリックすると、医師が操作する画面が開かれる【図2参照】。
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図2 医師が操作する画面のメニュー
(図2のQVGA(320x240画素)画像は、救急車内のベッド上での疑似患者を約13倍に拡大したときの映像。)
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(3) 医師は、救急車から送られてきた画像(連続画像取得時はQVGA(320x240画素)画像)の中から、見たい部分をクリックすることで、その箇所を中心とする画像が得られ、マウスのホイールを操作することで、拡大/縮小を行うことができる(光学18倍まで拡大可能)。振動の激しい路面では、高速シャッターモードにすることで、ブレを押さえることが可能である。また、医師が画像を見る目的に応じて、4種類の画質を選択できる。見たい箇所を探す場合は「速度重視モード」、薬のラベルやマニュアルなど、文字などの形が重要な場合には「文字モード」、詳細な動画像(1fps程度)を見たいときには「詳細画像モード」、高精細な静止画を取得したいときには、「高精細画像取込モード」がある。高精細画像として、VGA(640x480画素)画像が取得される。「外/内カメラ選択」ボタンにより、車外・車内カメラの切り替えが行える。
(4) 救急車が救急病棟に到着した際、医師がプログラムを終了することで、救急車内のパソコンが自動的にシャットダウンされる。
○適応型BTC(ABC: Adaptive Block Truncation Coding)
今回新たに開発した移動体通信向けのデータ圧縮技術である「適応型BTC(ABC)」は、1978年に提案された静止画像データの圧縮符号化方式のBTC (Block Truncation Coding)を拡張して、注目領域の高画質化機能を搭載したもので、特に画像内の文字領域など、輪郭情報の再現性に優れている。また、産総研が独自に研究開発した色空間変換技術を導入することで、色情報の再現性が向上し、信号や標識、黒板に書かれた文字などの重要色を正しく表示する事が可能となっており、遠隔情報支援での利用に適した技術となっている。
携帯電話の通信帯域で、1fps以上を送ることができるデータサイズ(3~5KB)に画像を圧縮したときにでも、ボケの少ない画像が得られることを特徴としている【図3参照(例1~2では、ほぼ同じデータサイズへ圧縮したときの、適応型BTC(ABC)、JPEG、 JPEG2000との比較を示す。)】。
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比較例1.ほぼ同じデータサイズへ圧縮したときの、新聞画像のABC、JPEG、 JPEG2000との比較:ABC圧縮画像のほうが鮮明な画像である。 |
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比較例2.ほぼ同じデータサイズへ圧縮したときの、デジタルカメラ画像のABC、JPEG、 JPEG2000との比較:ABC圧縮画像のほうがオリジナルに近い画像である。 |
図3 比較例
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今後は、茨城県つくば市内で「救急車内画像遠隔取得システム」の運用実験を重ねると共に、株式会社ティアックシステムクリエイト(生産、販売(全国))、関彰商事株式会社(販売(予定)(北関東、茨城))、産総研認定ベンチャー企業である 株式会社進化システム総合研究所(技術開発)により事業化を進める予定である。
さらに、通信費の削減、通信帯域・通信カバーエリア拡大のため、260MHz帯での広帯域無線通信システムを開発し、平成17年度より、伝送評価・試験を行う予定である。