独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) メンブレン化学研究ラボ【ラボ長 水上 富士夫】は、独自に合成した層状珪酸塩を分子積み木としてもちい、層状なシリケート骨格を積み木細工的に縮合させることで新しい構造を有する高シリカなゼオライトCDS-1の開発に成功した。
○現在主流の新型ゼオライト合成では、ナノメートルサイズの細孔(穴)を構築するための鋳型となる有機分子の設計・合成に重点が置かれていたため、コストや製造プロセスの面で産業利用レベルでの合成が困難であった。
○本技術により得られたCDS-1は層状珪酸塩PLS-1のケイ素5員環からなるシリケート層の層間に、ケイ素8員環からなる2次元の細孔が新たに形成される。800℃以上の耐熱性を有し、耐薬品性にも優れており、産業利用における過酷な条件にも十分耐えうる。
○本技術を拡張し、様々な珪酸塩化合物を分子積み木のように用いるための設計手法が確立されれば、産業ニーズに適したゼオライト開発へ新たな道が開けると同時に、ナノテク材料としても将来有望であると期待される。
今後、様々な層状珪酸塩に適用し、新規ゼオライト開発における新しい技術の確立を目指す。また、CDS-1の膜材料化をおこない分離剤や化学反応触媒としての応用を目指す予定である。
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層状珪酸塩PLS-1
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ゼオライトCDS-1
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層状珪酸塩PLS-1とそれを前駆体としてもちい合成した新規ゼオライトCDS-1の結晶構造モデル。 |
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層状珪酸塩PLS-1
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ゼオライトCDS-1
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層状珪酸塩PLS-1と新規ゼオライトCDS-1の走査型電子顕微鏡写真。原子レベルで構造が相似なため、結晶の外形の変化は殆ど見られない。 |
ゼオライトは分離・吸着剤、形状選択性固体触媒、イオン交換剤、クロマトグラフィー充填剤、化学反応場、調湿剤、建築材料等ときわめて広範囲な利用分野があり、ますますその需要を増している。現在のゼオライト合成研究は、最近合成された高シリカ型では特徴的なナノメートルオーダーの規則的な細孔を形成するために、有機分子を鋳型に用いる方法が主流である。しかし、それら有機分子の合成はコストが高くプロセスが複雑なため、万トンレベルの大量合成は産業としては成り立ち難い。そのため工業用高シリカゼオライトの数は非常に限られているのが現状である。一方で、層状珪酸塩は天然にも多く存在し、合成化合物も多く知られているが、原子レベルでの構造が明らかになっているものは意外に少ない。しかしながら、それらのなかにはゼオライトに部分的に構造が似ているものが少数ではあるが報告されていた。このような背景下で、産総研では独自に合成した層状珪酸塩からゼオライトの一種であるソーダライトの合成に成功していた。これをきっかけに層状珪酸塩の骨格構造をナノレベルの積み木細工として活用することで相似な構造のゼオライトが構築できないかを検討してきた。層状珪酸塩は低コストで合成が容易なものが多い。それらを組み合わせて新しいゼオライト構造の設計・制御ができれば、より低コストで且つニーズに適した性質を持つゼオライトの提供が可能になると予想される。本技術は、ゼオライト開発において新たな手法としての道を切り開くものであり、本発明をベースとする設計法が確立すればその波及効果は極めて大きい。
産総研では従来から、ゾル・ゲル法によるシリカ化合物の合成と応用に関する研究を行っていた。また既知の層状珪酸塩をシリカ源として用いたゼオライト合成にも成功している。またその延長として、層状珪酸塩の規則的な結晶構造を新規なシリケート化合物合成に活用する研究を行ってきた。当ラボの持つ多くの合成ノウハウと高い結晶構造解析技術を駆使して、これまで国内では殆ど皆無であった新規ゼオライトの合成、構造決定、応用の三位一体の研究を目指している。本研究は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の平成15年度産業技術研究助成事業「ナノパーツを用いる高機能マイクロポーラス材料の設計手法の開発」の成果の一つである。
1)層状珪酸塩にゼオライトとの構造類似性を用いた構造設計と合成。
結晶化促進剤としてのテトラメチルアンモニウムイオン、シリカ源、アルカリ金属イオンを主成分とする層状珪酸塩PLS-1は1辺1-2µm、厚さ0.2µm程度の薄い鱗片状の結晶形態である。粉末X線結晶構造解析により、その結晶構造はケイ素5員環からなるシリケート層を基本構造に有することがわかった。さらに上下のシリケート層を繋げることで層間に新たな細孔を形成できることが予想された。これに基づいて計算機シミュレーションにより構造変化の過程を予測し、層同士が繋がったとき構築される最も安定なゼオライト構造をモデリングした。層同士を接合するためには、層の末端に分布するシラノール基を
脱水重縮合させる必要がある。PLS-1粉末単体を真空下で加熱することでCDS-1に容易に変化する。このときCDS-1の結晶形態はPLS-1と殆ど変化が無く、粉末X線結晶構造解析からもシミュレーションで予想したモデルと一致した。その結果、層状珪酸塩PLS-1から原子レベルで幾何学的相似な新規ゼオライトCDS-1が得られることが明らかとなった。
2)高シリカゼオライトなため疎水性で耐熱性・耐薬品性に優れている。
一般に高シリカな組成のゼオライトは、疎水性で耐熱性に優れている特徴がある。CDS-1は800度以上の耐熱性をもち、酸やアルカリ溶液に浸しても構造が壊れず安定である。
3)現在の鋳型有機分子に基づく水熱合成法と異なり合成が容易。
鋳型有機分子の設計には非常に高い技術が必要とされる。またゼオライト合成に用いたときに結晶化のメカニズムが不明であるなど問題点がある。一方、PLS-1は市販の有機化合物とシリカ源のアルカリ金属を混ぜる水熱合成するだけなので大量合成が可能である。またCDS-1へゼオライト化する場合、その合成条件は420℃程度の加熱温度とロータリーポンプで得られる程度の真空度で十分脱水重縮合が起きる。また結晶性の低いものであれば加熱のみでも得られる。
4)産業利用可能なコストでのゼオライト合成に道を拓く。
3)で述べた鋳型有機分子は非常にコストが高い。また実際にゼオライトとして用いるためにはそれらを焼成しなければならず再利用できないなどの問題がある。CDS-1のようなゼオライト合成では用途により様々な組成の組み合わせが可能となることから、新規構造だけでなく既知構造のゼオライトでも低コスト化で目的に応じた特性を持たせることができる可能性がある。
5)従来の試行錯誤的な合成法に対し、論理的な分子工学的手法を提案。
層状珪酸塩を前駆体にもちいるゼオライト合成は、以前から幾つかの報告があった。しかしながら、前駆体の骨格構造を壊すことなく新規なゼオライト構造の構築に成功したのはCDS-1が初めてである。ゼオライト合成の殆どは水熱合成法であるため、実際には結晶が生まれ成長していく過程はブラックボックスといって良い。そのため、最終的には試行錯誤的な合成法である。その点、前駆体を積み木細工にもちいる方法では、分子工学的な構造設計と水熱法以外の手段が適応可能となる。
現在、CDS-1については膜材料化して分離、反応触媒などの応用展開を進めている。また多彩な触媒反応に適応させるために、CDS-1の骨格構造の中に金属元素を部分的に埋め込むなどの改良を行い、CDS-1の利用範囲を広げていきたい。
また、CDS-1合成と同様な手法による新規ゼオライト合成に取り組み、構造を設計するための技術的な確立を目指していきたい。