発表・掲載日:2004/08/02

世界一高精細な有機TFT駆動カラー液晶ディスプレイの試作に成功

-高性能化と劣化防止で有機TFTサイズの小型化に成功-

ポイント

  • 有機TFTにおいて、液晶ディスプレイ作製工程中の性能劣化を抑制する保護膜技術を開発した。
  • 有機TFTにおいて、有機半導体と電極の接触界面に起因する抵抗を低減する技術を開発した。
  • 上記技術により、有機TFT駆動としては現在世界最高の精細度を有する有機TFT駆動カラー液晶ディスプレイの試作に成功した。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】と、株式会社 日立製作所【代表執行役 執行役社長 庄山 悦彦】(以下「日立」という)と、財団法人 光産業技術振興協会【会長 金杉 明信】(以下「光協会」という) は、経済産業省、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】(以下「NEDO技術開発機構」という)などの支援・委託を受けて、有機薄膜トランジスタ(有機TFT: Organic Thin Film Transistorを駆動スイッチに用いた高精細カラー液晶ディスプレイの試作に成功した。これにより、電子ペーパーなど次世代表示ディスプレイを低コストで提供できる技術として期待の高い有機TFT技術をより現実化させることになったものと期待される。

 有機TFTは、溶液材料を用いて印刷法により低コスト大量生産でき、常温プロセスでフレキシブルなプラスチック基板上に形成できる可能性があるため、現在研究開発が国際的に活発化している。しかしこれまで、有機TFTは、ディスプレイに適用する際の素子作製工程で生じる性能劣化を十分抑えることができなかったために、TFTサイズを大きく設計せざるを得ず高精細ディスプレイに適用することが困難であった。

 今回、産総研、日立、光協会は、有機TFTの性能劣化を抑える塗布保護膜を開発することに成功した。また、有機半導体と接触する金属電極の形状を最適化して、接触界面に起因する抵抗を低減する技術を開発した。これらの技術により、小さなサイズの有機TFTでも高い性能を発揮させることが可能となった。

 今回開発した技術を用いて、有機TFT駆動カラー液晶ディスプレイの試作に成功した。これは、現在までに試作された有機 TFT 駆動液晶ディスプレイとしては、世界最高の精細度を有しているものである。その仕様は、以下のとおり。対角画面サイズ1.4インチ、画素数80×80(RGB)、精細度80ppi、画素サイズ318µm×106µm(RGB) (1マイクロメートル:100万分の1メートル)、カラー表示可能。

 本試作有機TFT駆動カラー液晶ディスプレイは、市販の非晶質シリコンTFTを用いた液晶ディスプレイに近い精細度を有しており、有機TFTが液晶ディスプレイに適用しうることを示した。これにより、電子ペーパーなどのシートディスプレイを印刷法で作製するのに大きな道を拓くことになると期待される。

 有機TFTは、印刷法などでプラスチックなどのフレキシブル基板上に作製することが可能であることから、紙のように薄くしなやかなディスプレイである電子ペーパーを駆動させるTFTとして有望な技術の一つとして期待されている。今回は、まだ一部しか印刷手法を適応していないが、今後別途開発している印刷製法(アライメントフリー製法)などを適応していくことにより、順次、有機TFTの印刷作製技術を確立していく予定である。

 本成果は、2004年8月25日から東京で開催される、第11回アクティブマトリクス液晶ディスプレイ国際ワークショップ (AM-LCD’04:THE ELEVENTH INTERNATIONAL WORKSHOP ON ACTIVE-MATRIX LIQUID-CRYSTAL DISPLAYS)で発表する予定である。


研究の背景

 有機TFTは、溶液材料を印刷して低コスト大量生産でき、常温プロセスでフレキシブルなプラスチック基板上に形成できる可能性があるため、電子ペーパーをはじめとしたシートディスプレイ等への応用を目指して、研究開発が国際的に活発化している。最近では、液晶ディスプレイ製品の駆動に使われる非晶質シリコンTFT以上の性能が示されるとともに、有機TFTを用いたディスプレイの試作が相次いで報告されている。しかし、これまでの表示素子は有機TFT上に簡便に貼り合せられるものに限定され、フラットディスプレイの主流をなす液晶を用いたものは殆ど開発されてはいない。これは、有機TFTとその上に積層する液晶表示素子との間に介在する保護膜として、有機TFTを劣化させずに形成でき、しかも液晶表示素子を形成する際の有機TFT性能低下を防止する保護膜が開発されなかったためである。このため、性能低下を見込んで大きく設計した有機TFTサイズが画素サイズを決めてしまい、製品レベルで高精細な液晶ディスプレイを形成できなかった。

研究の経緯

 産総研は、印刷法で作製できる有機トランジスタに関して、その構造、半導体材料、絶縁材料などの開発を行ってきた。日立は、ディスプレイの駆動スイッチとしての有機TFTの開発に取り組んできた。平成14年からは、NEDO 技術開発機構の委託事業「高効率有機デバイスの開発(平成14~18年度)」の支援を一部受け、両者は、光協会を加えた研究を展開してきている。

研究の内容

 産総研、日立、および光協会は、有機TFTの高性能化技術と保護膜技術を開発し、これらを組み合わせて高精細有機TFT駆動カラー液晶ディスプレイの試作に成功した【図1参照】

(1)有機半導体の加工、剥離防止、および劣化防止の機能を有する複合構造の塗布保護膜を開発した。
 有機TFT駆動カラー液晶ディスプレイにおいては、駆動スイッチとしての有機TFTと液晶表示素子とを組み合わせて画素を構成させるが、この際有機TFTの上に液晶表示素子を作製していく工程で、様々なプロセス負荷が有機TFTにかかってしまうため、作製工程中に有機TFTが損傷を受け、十分な出力電流が取れないことが多かった。これまでは、こうした出力電流の低下分を見越して、大きめのサイズの有機TFTを形成させることで対処してきた。今回われわれは、液晶表示素子を作製していく工程でのプロセス負荷を最低限に抑えることができる塗布保護膜を開発した。このため、小さなサイズの有機TFTでも必要な機能を発揮させることができるようになり、精細度の向上をもたらすこととなった。

(2)有機半導体と接触する金属電極の形状を最適化して、接触界面に起因する抵抗を約1/5に低減することに成功した。
 有機TFTにおいては、主として金属で構成されるソースおよびドレイン電極と有機半導体層とが接触する界面で、通常は接触抵抗が発生してしまい、これにより出力電流が低減してしまうことが問題となっている。本開発においては、電極の形状に工夫を凝らし、より品質の高い半導体薄膜を形成させることを可能にしたことで、この有機半導体と電極との界面に発生する接触抵抗を低減することに成功した。これにより有機TFTの性能を向上させることとなった。

(3)今回試作に成功した有機TFT駆動カラー液晶ディスプレイの仕様は、以下の通り。
 画面サイズは対角1.4インチ。画素数は80×80(RGB)、画素サイズは318µm×106µm(RGB)、精細度80ppi、カラー表示可能【図1,2、表1参照】。このディスプレイは、現在までに試作された有機 TFT 駆動液晶ディスプレイとしては、世界最高の精細度を有している。

試作した有機TFT駆動カラー液晶表示パネルと試作したパネルの画素の写真

図1 試作した有機TFT駆動カラー液晶表示パネル
図2. 試作したパネルの画素

パネルサイズ
1.4インチ
精細度
80ppi
画素数
80 X 80 (RGB)
画素サイズ
 318µm X 106µm (RGB) 
 TFTサイズ W/L 
50µm / 5µm
画素容量
3pF
信号電圧
10V
走査電圧
35V
駆動周波数
60Hz

 なお、有機半導体/電極界面の工夫による有機TFTの高性能化は、NEDO 技術開発機構の委託事業「高効率有機デバイスの開発」で得られたものである。

今後の予定

 有機TFTは、印刷法などでプラスチックなどのフレキシブル基板上に作製することが可能であることから、電子ペーパーを駆動させるTFTとして最も有望な技術の一つと期待されている。今回の試作では、保護膜以外は真空プロセスとフォトリソグラフィを用いて有機TFTを作製しており、今後は、別途開発中のアライメントフリー製法などの有機TFT印刷法の適用を図り、印刷TFT駆動の高精細ディスプレイを開発する予定である。

 これら、低コストの印刷製法で形成可能な有機TFTの特長を生かして、あらゆる人やものをネットワークで繋ぐユビキタス情報社会に向けて、シートディスプレイ等の新しいディスプレイ市場を創生することが期待される。



用語の説明

◆有機薄膜トランジスタ(有機TFT: Organic Thin Film Transistor
活性層に有機半導体を用いる薄膜トランジスタ。[参照元へ戻る]
◆電子ペーパー
紙のように薄くしなやかなディスプレイ。電子新聞、電子書籍、電子広告、電子ドキュメント紙、電子ノート紙などとして用いられる紙代替ディスプレイとして、その実現に大きな期待が寄せられている。[参照元へ戻る]
◆常温プロセス
通常の半導体製造プロセスにおいては、数百℃の高温で処理を施す工程が必ず入ってきている。これは、その工程自体が大量のエネルギーを必要としてしまう。また、プラスチックなどの可塑性を有する基板上に、電子デバイスを形成していくと、このフレキシブル基板上に形成されたフレキシブル電子デバイスは、耐衝撃性に強くなるため、携帯性の電子機器に適応することが強く望まれている。しかし、生産工程において、高温処理工程が入ってしまうと、プラスチック基板が溶けてしまうので、高温プロセスではこのようなフレキシブル電子デバイスの実現はできない。[参照元へ戻る]
◆非晶質シリコンTFT
活性層が非晶質のシリコンで構成される薄膜トランジスタ。現在、液晶ディスプレイの駆動などに用いられている。[参照元へ戻る]
◆シートディスプレイ
電子ペーパーや電子スクリーンなどのシート状のフラットディスプレイ。安価で大量生産が可能であることなどが求められている。[参照元へ戻る]
◆アライメントフリー製法
フォトリソグラフィを用いず、超微粒子や有機物質からなるナノ材料が自然に集まって構造形成する自己組織化現象を利用して、最小寸法5µm以下の素子構造を印刷で形成する有機TFTの印刷製法。[参照元へ戻る]
◆ソース電極、ドレイン電極
薄膜トランジスタを構成する電極の名称。これらの他にゲート電極がある。[参照元へ戻る]
◆フォトリソグラフィ
基板全面に形成した薄膜を、さらにその上に形成したフォトレジストをマスクにしてエッチング除去し、薄膜部品を形成する半導体プロセスで用いられる部品形成方法。[参照元へ戻る]
◆ユビキタス情報社会
場所や時間の制約を受けることなく、“いつでもどこでも”情報の授受を可能にする安心で快適な情報社会。人に対する情報端末機器としてのシートディスプレイや、物に対する情報端末機器としてのICタグなどが必要とされる。[参照元へ戻る]


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