独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)人間福祉医工学研究部門【部門長 斎田 真也】は、国立大学法人 電気通信大学【学長 益田 隆司】(以下「電通大」という)及びケージーエス株式会社【代表取締役社長 榑松 武男】(以下「KGS」という)と、ユーザーの指が触れることによって変化する力やトルクから接触位置を検知する接触位置検出法を考案、この機能を搭載した重度視覚障害者のための触覚ディスプレイの試作機を開発し、情報表示(出力)機能だけでなく、触る力や方向の加減で色々な入力が行える入力操作の基本的機能を実現した。
図形や画像が多用される今日の情報化社会では、情報機器の操作でも、図形や画像などの視覚情報を介して行われる場合が多く、重度視覚障害者はそうした視覚情報にアクセスすることが難しいという現状がある。視覚画面の情報を触覚パターンに変換して表示する触覚ディスプレイは、重度視覚障害者への有力な情報伝達手段の一つとして開発されてきたが、主に情報表示機能に限られており、情報を受け取るだけでなく、作成し、利用し、発信するようなコミュニケーションの道具としての機能は十分とはなっていない。従来のように出力だけではなく、同時に色々な入力もできるようになれば、触覚ディスプレイは、重度視覚障害者のためのより強力なコミュニケーション手段となる。
今回試作した触覚ディスプレイ【写真1参照】は、総計1536本のピンが独立に上下して色々なパターンを表示するだけでなく、同時に指の触れ具合や触れた位置を検知することができる。ボールペンの先でピンを押し込んだ場合、押されたピンの位置がほぼ復元された。また、指で触覚表示面上をなぞると、指の動きに追随して、ほぼ実時間でピンが浮き上がり、指の軌跡が表示された。これを基盤とすることで、指先で作業状況を感じながら、視覚を介することなく自由に絵を描いたり消したりすることや、表示されたパターンの選択・移動やスクロールといった通常マウスで行われているような機能を指や掌の動きで代替することが可能になる。
今回試作した触覚ディスプレイは、触覚を利用した表示(出力)装置から触覚を利用したコミュニケーション(入出力)端末への新たな展開であり、触覚が重要な情報獲得手段の一つである重度視覚障害者のためのインタフェース改善への貢献が期待されるものである。
本研究開発は、経済産業省の地域中小企業支援型研究開発制度の委託を受け、「盲人による図形情報授受を支援する高密度触覚グラフィック装置の開発(平成15年度)」として実施された成果である。
産総研らの研究グループでは、今後も三者の協力体制による研究開発を推進し、触覚ディスプレイの基本機能の充実と、それらを利用したインタフェース機能の実現を図っていく予定である。
|
写真1 試作された触覚ディスプレイ右端に見える円筒形がセンサー(現在は触覚表示面直下に装着)。
|
情報化時代といわれる現代においては、情報機器を介して情報にアクセスすることが、色々な生活場面で必要となっている。そうした情報機器の操作の多くは、直観的に分かりやすい図形や画像などの視覚情報を介して行われる(グラフィカル・ユーザー・インタフェース)。しかし、このスタイルは、重度視覚障害者にとって、大きな障壁となっている。文字情報は合成音声で読み上げられ、あるいは点字ディスプレイや点字プリンターに出力されるようになり、図形や画像には最近になって説明文を付けるなどの対応策がとられるようになりつつあるが、重度視覚障害者が文字以外の視覚情報にアクセスすることは未だ厳しい環境である。そうした視覚情報を重度視覚障害者に伝える手段の一つとして、触覚ディスプレイは開発されてきた。触覚ディスプレイは振動や圧力などの機械的刺激を皮膚に与え、触覚を介して色々なパターンを伝えるが、従来の触覚ディスプレイの開発では、情報表示機能の向上に傾注されてきたため、コミュニケーションの道具としての機能は十分とは言えない。これからは、重度視覚障害者が図形や画像情報に馴染むための環境、受け取るだけではなく、作成し、利用し、発信するような環境が必要である。欧米でもそうした環境の必要性が認識されつつあり、米国国立標準技術研究所(NIST)で触覚ディスプレイの開発(本件のようなコミュニケーション機能は考慮されていない)が開始されるなど、各国でも触覚ディスプレイへの関心が高まってきている。
本研究開発は経済産業省の地域中小企業支援型研究開発制度の委託を受けて、「盲人による図形情報授受を支援する高密度触覚グラフィック装置の開発(平成15年度)」として、産総研、電通大、KGSの三者による研究体制で実施された。産総研は旧工業技術院時代から感覚代行技術(特に視覚を聴覚や触覚などの他の感覚の組み合わせで代行する視覚代行技術)の研究を実施してきており、触覚利用技術のポテンシャルを有している。電通大電気通信学部知能機械工学科 下条 誠 教授は触覚センシングやハプティクスの研究に高いポテンシャルを有している。KGSは、長期に亘って重度視覚障害者のための点字ピンを上下する機構や、それを利用した各種端末の開発を行っており、当該分野では最も高いポテンシャルを有するに至っている。本件は、KGSが保有する高密度触覚ディスプレイ生産技術に対し、産総研と電通大が考案した接触位置検出法を組み合わせ、KGSによる試作機の評価・改良を産総研と電通大が行うという密接な連携の下に実施された。
力とトルクを検出できるセンサーと剛性の高い板を一点で固定し、板の上のある点を押すと、検出される力とトルクは、押す力の大きさと方向及び押された位置に応じて変化するが、理想的な状態では、押し方に関わりなく位置を逆算によって求めることができる。今回試作した触覚ディスプレイは、この原理を利用して、板の上に触覚表示機構を搭載して固定し、センサー出力から位置を逆算し、さらに取り付け精度や構造的歪みなどによって生まれる位置のズレを補正することで、接触位置の検知を可能としている。
試作した触覚ディスプレイは、2.4ミリ間隔で並んだ縦32×横48総計1536本のピンを上下して色々なパターンを表示し【写真2参照】、同時に指の接触位置を検知することができる。接触によって指自体が変形するため、実際の指を使った位置検知精度の評価は難しいが、ボールペンの先でピンを押し込んだ場合、押されたピンの位置がほぼ復元された【写真3参照】。また、指で触覚表示面上をなぞると、指の動きに追随して、ほぼ実時間でピン浮き上がり、指の軌跡が表示される【写真4参照】。これは、今回考案した接触位置検出法及び触覚ディスプレイが情報を入力するための基本的機能を満たすことを示している。
今回考案した接触位置検出法及び試作した触覚ディスプレイを基盤とすることで、色々なパターンを表示するだけでなく、触覚表示面上の指の動きだけで、視覚を介すことなく自由に絵を描いたり消したりすることができるようになり、また、表示されたパターンの選択・移動や表示のスクロールといった通常マウスで行われているような機能を代替することも可能になる。
また、単一のセンサーが触覚表示面の底に取り付けられているだけの単純構造のため、複雑な配線が要らず、触覚表示面を独立に改変することもできる。
これまで、超音波位置センサーや指につけた目印をTVカメラで追う方法で、触った位置を検知する研究例はあるが、これらの方法では位置情報しか検知できない。今回考案した接触位置検出法は、触覚表示面上での力の強弱や方向といった触り方についての情報を取り込むため、位置情報のみに比べて遥かに多様なインタフェース機能を作り出すことができる。それらを利用して、使いやすいインタフェースを重度視覚障害者自身が設計し、提案するようなプラットフォームである。
写真2 触覚による情報表示と情報認識強めに触って描いた軌跡(白い線)を弱めの力で触って確認。
|
|
写真3 接触位置の検知精度ボールペンで押したピンが浮上。
|
|
写真4 指の軌跡をピンがリアルタイムで表示
|
現在は、接触位置検出法及び試作した触覚ディスプレイの有効性がある程度検証された段階である。今後は、三者の協力体制を持続し、有効な情報を安定して取り出すことができる基本的な機能を充実させ、さらには重度視覚障害者の協力を得て人間の行動特性と装置の物理特性を踏まえた新しい触覚インタフェース機能の実現を図っていく予定である。