独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)次世代半導体研究センター【センター長 廣瀬 全孝】の 富江 敏尚 研究チーム長らは、将来の半導体素子生産に適用されると予測される EUV(極端紫外線)リソグラフィーに用いる、新方式のプラズマEUV光源技術を開発し、励起エネルギーからEUV光への変換効率を 3%まで高くできる見通しを得た。
本研究は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】の委託により、産総研と技術研究組合極端紫外線露光システム技術開発機構(EUVA)【理事長 牛尾 治朗】が共同で実施している「次世代半導体デバイスプロセス等基盤技術プログラム:極端紫外線(EUV)露光システムの基盤技術開発プロジェクト【プロジェクトリーダー 独立行政法人 物質・材料研究機構 フェロー 堀池 靖浩】(平成14~17年度)」の一環として行われたものである。
半導体素子の線幅は、現在90nmであるが、2010年頃には45nm(1ナノメートル:10億分の1メートル)になると予測され、その量産にはEUV(極端紫外線)リソグラフィーが適用開始されると予測されている。プラズマEUV 光源は、そのための光源として世界的な開発競争がなされているが、EUVパワーの大幅な向上が最重要課題であった。今回の成果はこの問題解決の展望を拓くものであり、EUVリソグラフィー実現に向けた大きな前進である。
プラズマEUV光源のターゲット材料としては、これまで希ガスのキセノンが使われてきたが、最近になって、高い変換効率が得られる可能性のある錫が注目されている。しかし、固体である錫ターゲットでは、高出力化に欠かせない高繰り返し供給が困難であり、また、数十nm以上の直径の飛散粒子が発生して光学系が損傷される、という問題があった。産総研の研究グループが今回開発したプラズマEUV光源技術は、錫の微粒子クラスタをターゲット材料として供給することによりこれらの問題を解決した。さらに、高い変換効率を得るための条件を理論的に明らかにするとともに、原理実証実験により平板錫ターゲットの4倍という高い変換効率を確認した。
本研究成果は、2004年3月28~31日の期間に、東京工科大学(東京都八王子市)で開催される第51回応用物理学関係連合講演会で発表される。
高度情報化社会の進展は目覚ましく、我々の生活を取り巻くあらゆる物に半導体チップが埋め込まれるユビキタス時代が到来しつつある。これは、半導体素子の微細化によるものである。現在の半導体素子は90nmの線幅であるが、絶え間ない微細化で、2010年には45nmの線幅の半導体素子が必要になると予測されている。液浸露光技術を含む各種高解像露光技術の進展で、45nmの線幅の半導体素子までは対応が可能であると予測されている。現在の光リソグラフィーでは波長193nmの光源が使われているが、一挙に13.5nmまで露光光源の波長を短波長化して、45nmのみならず、32nm、22nmの線幅の微細加工まで可能にしようというのが、EUVリソグラフィーである。世界中で精力的な開発が行われているEUVリソグラフィーの実用化には、安価で高パワーのプラズマEUV光源の開発が最も重要な開発課題になっている。
高出力のレーザー光を金属板などに照射するとプラズマ(LPP)が生成され、強力なEUV光が発生する。しかし、ターゲットである平板から、夥しい量の、数nmから数µm(1マイクロメートル:100万分の1メートル)の直径の飛散粒子(デブリ)が発生するので、LPPは汚く、EUVリソグラフィーには使用できないと言われていた。この問題に対して、1990年代後半、米国サンディア国立研究所が、ターゲット材料に希ガスであるキセノンを用いることでデブリ問題を解決することに成功した。これにより一挙にEUVリソグラフィーが注目されるようになった。しかし、レーザーからEUV光への「変換効率」が0.5から1%程度であり、そのため、量産時のEUVリソグラフィーで必要になる100WのEUVパワーを得るには、レーザー入力を30kW程度まで大きくすることになる。したがって、この光源を実用化する上で、励起パワーを如何に小さくするかが最重要の課題であった。
最近になって、プラズマEUV光源用のターゲット材料として、錫が注目されている。ターゲットの材料をキセノンから錫に替えれば、理論上は変換効率が数倍になる可能性があるが、1990年代前半に米国で行われた実験では、錫の平板ターゲットを使った場合の変換効率は1% 弱であった。
今回、我々の研究グループは、レーザーからEUV光への変換効率改善には、レーザーのパルス幅とプラズマの大きさと密度を最適な関係にする必要があることを理論的に明らかにした。さらに、新たなターゲット供給法を考案し、変換効率の改善特性を実験で確認した。その結果、「平板ターゲットの場合を大きく越える変換効率」が実現でき【図2参照】、実用化が見込める3% の変換効率を確認した。
今回、我々の研究グループは、プラズマEUV光源のターゲット材料に、錫微粒子クラスタを用いる「微粒子-クラスタ-ターゲット」を考案した。以下の方法でプラズマの生成が可能である。
1)サブµm直径の錫微粒子を集団(クラスタ)化する。
2)このクラスタに衝撃を与え、錫微粒子を均一拡散させる。
3)拡散して最適な平均密度になった錫微粒子クラスタに、パルスレーザー照射でプラズマを生成させる。
錫は、レーザーからEUV光への高い変換効率が期待されるが、固体材料であるため、高繰り返しで供給する技術の開発が最重要の課題であった。今回考案した、錫微粒子クラスタは、錫微粒子を含んだ溶液を液滴化して生成できるので、数kHzの高繰り返しでのプラズマ生成に対応できるものである。
単一の粒子ターゲットでは、固体密度の1/10000程度の密度の材料を、数百µmの広い領域に、均一に分布させることはできない。しかし、錫微粒子クラスタは、衝撃を与えれば微粒子がバラバラに拡散するので、均一な密度分布でのターゲット材料供給が可能になる。これにより、我々の理論で明らかになったレーザーからEUV光への最大変換効率のための最適化条件、が実現できる。
錫微粒子クラスタのターゲットは、
・液滴の利用で、低コストで高速にクラスタ化できる。
・kHzの高繰り返しでのプラズマ生成に対応できる。
・供給物質量が容易に可変できるので汚染物質量が最小限にできる。
・レーザーからEUVへの変換効率が高いので励起レーザーのコストが下げられる。
など実用光源に求められる多くの仕様を満たすことができる。
実際の光源では、錫微粒子を含む溶液の液滴化で錫微粒子クラスタを高繰り返しで供給するが、「錫微粒子クラスタ搬送技術」が開発途中であるため、今回の実証実験では「1ショット照射」で実験を行った。
ターゲットには、Siウエハーに酸化錫微粒子を塗布したものを用いた。塗布された酸化錫微粒子に、パルスレーザーを照射したところ、衝撃で拡散し、期待通り、ほぼ均一に拡散された錫微粒子クラスタが確認できた。【図1参照】。
微粒子クラスタの平均密度が時間とともに下がるので、衝撃を与えてからプラズマを生成させるためのパルスレーザーを照射するまでの遅延時間を変えることで、EUV発光の密度依存性を検証した。
パルス幅10ナノ秒、パルスエネルギー300mJ、波長1µmのYAGレーザーで、拡散された微粒子クラスタに集光径300µmの照射を行って加熱したところ、遅延時間50マイクロ秒でEUV強度が最大になった【図2参照】。観測された密度依存性は、理論で予測したものと一致する。この最大時のEUV光の強度は、錫平板ターゲットの場合の4倍以上に達した。別の実験で錫平板ターゲットの変換効率を測定しており、0.8%強の値を得ているので、今回開発した「微粒子-クラスタ-ターゲット」の場合では3%を超える変換効率が実現できたことになる。
図1 拡散微粒子の写真
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図2
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液滴生成に関しては、現在、数kHzでの液滴生成を達成している。この液滴技術を用い、錫微粒子搬送技術の開発の前段階として、10µmという大きな径の窒化ボロン(BN)微粒子の搬送を試みた。微粒子を含有する溶液を1kHzで液滴化したが、液滴中に微粒子クラスタが含まれていることを確認するために、液滴にパルスレーザーを照射して、溶媒を爆発蒸発させた。【図3】に示すように、微粒子クラスタが観測され、液滴で微粒子クラスタが搬送できることを確認した。
微粒子クラスタターゲットでは、溶媒を除去する技術の開発が最重要課題であり、そのための開発を行う予定である。また、液滴の安定生成も重要技術であるが、液滴化技術は多くの分野で利用されているので、関連技術の導入を図り、液滴化安定生成技術の確立を図る予定である。
今回行った実験では、「1ショット照射」でのEUV発光強度測定を行ったが、高繰り返し化に原理的な障害はなく同じ強度が得られる、と考えている。「錫微粒子搬送技術」、「液滴溶媒の除去技術」、「液滴化安定生成技術」などを確立し、早期に、錫微粒子クラスターの高繰り返し性の実証を行う予定である。
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図3 微粒子集団を液滴で搬送する実験。用いた微粒子は10µm径の窒化ボロン(BN)。液滴は直径300µmで、繰り返し1kHz。3番目の液滴にパルスレーザーを照射したところ、溶媒は除去されて微粒子集団が残った。
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