発表・掲載日:2004/03/23

世界初 土壌微生物の活性を調べるバイオセンサーを開発

-土壌病害の発生予測-


概要

 学校法人 片柳学園 東京工科大学(学長:相磯秀夫、所在地:東京都八王子市)と独立行政法人 産業技術総合研究所(理事長:吉川弘之、所在地:東京都千代田区)バイオニクス研究センター、および株式会社サカタのタネ(代表取締役社長:高橋英夫、所在地:神奈川県横浜市都筑区)は、このたび産学官の連携により、世界初の『土壌診断用バイオセンサー』を開発しました。本開発にあたり、東京工科大学は実用化に向けたデータ収集と製品化のための研究を、産業技術総合研究所はバイオセンサーそのものの基礎研究の提供を、株式会社サカタのタネはバイオセンサーの農業分野への応用のため土壌微生物を活用した土壌の性質の定量化に関するアイデアを提供しました。

 同バイオセンサーは、畑が病害に侵されているのかどうかを測定するのではなく、“この畑は病害に冒されやすい性質を持っているかどうか”といった、従来、予測が不可能であった土壌が持つ病害に対する潜在的な特性を、最先端のバイオセンサー技術を用いて測定する画期的な装置です。また、現在の農業においてバイオセンサー技術を用いた測定装置の導入は未だなく、そのような観点からも画期的といえます。本『土壌診断用バイオセンサー』によって、土壌の生物学的診断が可能となったことは、土壌病害を早期に予防・防除のための新たな道が開けたことを意味します。さらに、既存の化学および物理学的診断を加えることで、農業生産の安定・向上のために求められていた土壌の総合診断をも可能とするものです。

 なお、本センサーは、株式会社サカタのタネが製品化し、近日中の発売開始を予定しています。

土壌診断用バイオセンサーの写真

写真 土壌診断用バイオセンサー


1.土壌病害とは

 われわれの社会でも起こっているような病気の問題(例えば結核やSARSといった病気に感染することによって、命をも失うような問題)が、野菜や花など植物の世界でも起こっています。特に、土の中のウイルス、バクテリア(細菌)・糸状菌(カビ)などの微生物が、作物に感染することにより発病する病害のことを「土壌病害」といいます。

 しかしながら、土の中のウイルス、バクテリア(細菌)・糸状菌(カビ)などの微生物のすべてが悪さをするわけではありません。一般的には土1グラムあたりに数千万個の微生物が住んでいます。これらは植物に対して害を与えるか否かで善玉菌(一般微生物)と悪玉菌(病原微生物)に分けることができます。土の中ではそれらのバランスが重要です。健全な土には、良い菌(善玉菌)がたくさんいます。まるで、体の中の腸内細菌みたいな話が、野菜や花を栽培する畑にもいえるのです。農家の人々は、善玉菌を増やすべく経験的に堆肥や土壌改良材などを入れて肥えた土壌にするなどして、健全な土作りを心がけてきました。しかし、実際には連作、あるいは天候不順、過剰な化学肥料の投入などで土壌は傷めつけられ、善玉菌の住める環境が失われ土壌病害を招いてしまうケースが多々あります。

 ひとたび土壌病害が起こると、根は枯死し、自分の畑以外にも伝染して広がることで地域の畑全体を滅ぼしてしまうことにもなりかねません。有名な例としては、1845年、ヨーロッパの一部で流行していた土壌病害のジャガイモ疫病が、同年にイギリス、アイルランドへと広がりました。翌年にも疫病は大発生し、その後の凶作も加わり、当時ジャガイモを主食としていた100万人を超える人びとが餓死しました(江戸時代の天明の大飢饉に相当する規模)。そのことが契機になり1851年から1905年の間に約400万人がアメリカなどに新天地を求めて移住し、その中に、レーガンやケネディ元大統領の曾祖父たちもいました。このように過去には大規模な産地が壊滅状態になってしまったケースもあり、土壌病害は人類の食糧供給にも関わる非常に大きな問題です。また、実際に発生するまではなかなか予測がつかず発見が遅れるといった難しい面もあります。症状がひどい場合には農薬などによる土壌改良が必要となりますが、農薬に頼りすぎると病害微生物が農薬に対する抵抗性をどんどん身につけ、新しい病害微生物と農薬の開発がイタチごっこの状態になってしまいます。

2. 『土壌診断用バイオセンサー』で何ができるのか

 『土壌診断用バイオセンサー』の基本的な原理は、土壌中の善玉菌と悪玉菌の活動状況を、“それぞれの菌の呼吸に基づく酸素の減少量で把握し、数値化して診断しよう”というものです。

 測定方法は、測定対象となる畑の土を緩衝液で懸濁したサンプルに、あらかじめ善玉菌を付着させたセンサーと悪玉菌を付着させたセンサーの2種類のセンサーを浸けます。約30分後に、善玉菌側と悪玉菌側のどちらの数値が上がったのか(=どちらの微生物がより活性化し酸素を消費したのか)がパソコン画面に表示されます。そのデータを比較することにより、善玉菌と悪玉菌のどちらにとって住み心地がよい土なのかを数値化します。つまり『土壌診断用バイオセンサー』を用いることで、土壌病害が発生しやすい畑かどうなのかを事前に予測することが可能になります。特に強調したいのは、経験としてではなく数値として土壌を診断することができる画期的な装置という点です。

3.土壌病害の発生事前予測の意義

 人間の病気の場合も、例えば成人病にかかりやすい体質ということを知っていれば、日ごろから十分な栄養や休息をとる、適度な運動を心がけるなどして事前に予防策をとることができます。しかし、自分の体質を知らずに予防策をとらなければ、病気にかかるリスクが高まります。そうなれば、本人の体のダメージのみならず、医薬品の投与や場合によっては手術といったことが必要になり、経済的にも大きな負担になってしまいます。

 これは、植物の世界でも同じです。土壌病害の場合、その畑の“体質”を事前に把握することができれば、気がついたときには病気で出荷直前の野菜や花が全滅などという悲劇を見ずにすみます。例えば、予防策としてその畑の体質にあった善玉菌の選定と活用(畑の善玉菌の割合を増やすことにより病害の発生を予防)、畑とその畑で発生しうる病害に応じた品種・栽培方法・作型・資材などの選定など、環境にやさしい自然な形での早期防除につなげることができます。また、これまで、土の中は化学的に肥料成分やpH、物理学的な孔隙率(土の隙間の度合い)などを測定することはできても、生物学的なアプローチで土の中を探ることはできませんでした。今回開発しました『土壌診断用バイオセンサー』により、生物学的診断が可能になったことで土の総合診断ができるようになりました。有効微生物資材の投入などに関し、経験や感に頼ることなく、定量的に土壌改良ができます。土壌病害を軽減することにより化学農薬の使用量を減らし、環境保全型農業の推進が期待されます。ひいては、消費者の求める「安心」「安全」に応えるものと考えます。

 このように『土壌診断用バイオセンサー』は、地球環境にそして人間の健康にやさしい農業を目指すうえで、非常に役立つ診断装置と考えています。




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