東京工業大学(学長 相澤益男)・総合理工学研究科の八島正知助教授と独立行政法人 産業技術総合研究所(理事長 吉川弘之)生活環境系特別研究体(系長 小林哲彦)の野村勝裕主任研究員らと三菱マテリアル株式会社(社長 西川 章)は共同で、高温中性子回折測定データの精密解析によって、高速酸化物イオン伝導体-ランタンガレートにおける酸化物イオンの伝導経路(移動経路)及び空間分布の温度依存性を解明するとともに、世界で初めて固体電解質中の酸化物イオンの伝導経路の可視化に成功しました。
ランタンガレートは世界最高効率を示す低温作動型固体酸化物形燃料電池(SOFC)の心臓部である固体電解質に使用されています。3者はランタンガレート内の酸化物イオンの分布やイオンの伝導経路の解明に取り組んできました。この研究成果により、SOFCの性能向上・研究開発スピードを加速することが期待されます。
(a) 今回可視化された酸化物イオンO2-の伝導経路
白抜き矢印(O1~O2間)に沿ってO2-イオンが流れることを示す。Gはガリウムの位置を示す。
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(b)分子動力学法による計算から推定される同経路
黒矢印(O1~O2間)に沿ってO2-イオンが流れることを示す。Gはガリウムの位置を示す。
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図.ランタンガレートの酸化物イオンの伝導経路と空間分布
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※(a)(b)ともにO2-イオンの伝導経路は同じであるが、(a)はO2-イオンの空間分布が連続してあらわされており、 O2-イオンの伝導経路が可視化されている。これにより、(b)の計算での推定伝導経路が実験的に確認された。
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本研究成果は、オランダのElsevier社が出版している国際的な学術誌Chemical Physics Letters (ケミカル フィジクス レターズ)誌の2003年10月号(380巻391-396頁)に「Conduction path and disorder in the fast oxide-ion conductor (La0.8Sr0.2)(Ga0.8Mg0.15Co0.05)O2.8」という表題で掲載される予定です。
高速酸化物イオン伝導体は、環境問題やエネルギー問題を解決する次世代の燃料電池の電解質に使用される材料であり、酸素センサー、触媒のキーにもなる材料です。ランタンガレートは、その高速酸化物イオン伝導体の一つであって、大分大学の滝田祐作教授、石原達己助教授(現九州大学教授)らの研究グループにより発見された新素材です。ランタンガレートを電解質に用いた固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、従来のジルコニア系電解質を用いたSOFCに比べて発電効率が高く、次世代型SOFCとして注目されています。現在、関西電力と三菱マテリアルが中心になってランタンガレート系SOFCの開発を進めており、世界最高レベルの発電効率を達成しています。
SOFCの性能は、電解質材料の酸化物イオン導電率が高いほど向上し、酸化物イオン導電率は、電解質材料の結晶構造、酸化物イオンの分布および伝導経路(導電経路)と密接な関係があります。ランタンガレートの結晶構造は、多くの研究者により調べられてきましたが、結晶構造内の酸化物イオンの分布や伝導経路については、十分な知見が得られていませんでした。その理由として、通常のX線を用いた結晶構造解析では電子分布を捉えるため、イオンの位置を正確に捉えることができなかったこと、また、従来の単純な結晶構造モデルでは、原子の位置を球や楕円体で表すため、複雑な酸化物イオンの伝導経路と分布を十分に表現できなかったことなどが挙げられます。
本研究では、酸化物イオン伝導性に優れるコバルト添加ランタンガレートを試料に用い、高温中性子回折によりデータを取得し、構造解析を実施しました。測定用試料の作製は三菱マテリアルが行いました。X線の代わりに中性子線を用いることで、電子による擾乱を避けて、原子核の分布を捉えることに成功しました。また、測定試料を高温に保持したままで測定できる高温加熱装置を利用し、もともと酸化物イオン伝導性の高い材料を最高1392℃という高温で測定したので、常温ではわからないイオンの分布を鮮明に捉えることができました。得られた高温中性子回折データについて、産総研及び東工大で、情報理論に基づく最大エントロピー法と、結晶構造解析法の一つであるリートベルト法とを組み合わせた最新の解析手法で解析し、結晶構造内の酸化物イオンの複雑な分布を導き出すとともに、酸化物イオンの分布状態を可視化することに成功しました。その結果、酸化物イオンは結晶構造内で、連続的に広い範囲に渡って分布していることが判明し、酸化物イオンの伝導経路を明らかにすることができました。さらに、温度を変えた実験も行い、温度依存性のデータも取得しました。
尚、中性子回折測定には、日本原子力研究所・東海研究所の研究用原子炉JRR-3Mに設置されている東北大学・金属材料研究所の中性子回折装置(HERMES、装置責任者:大山研司助教授)を利用しました。試料を加熱した状態で測定する際には、東工大の八島正知助教授らと東北大が共同開発した高温加熱装置(最高使用温度1600℃)を用いました。
今後は、この研究成果を他の固体電解質材料の構造解析方法として適用するとともに、燃料電池用途ばかりでなく、さまざまな機能性材料の最適設計に役立てる予定です。