独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川弘之】(以下「産総研」という)人間系特別研究体【系長 田口隆久】の石川一彦・主任研究員と全崇鍾・NEDOフェローは、超好熱性古細菌(始原菌ともいう) Aeropyrum pernix(アエロパイラム・ペルニックス)のゲノム情報を用い、標的遺伝子の僅かな違いの検出・増幅に応用できる超耐熱性DNAリガーゼ(2つのDNA断片を結合させる酵素)の開発に成功した。
耐熱性のDNAリガーゼは遺伝子変異による疾病の診断用に開発されてきた酵素である。今回、開発された耐熱性酵素は既存の酵素に比して著しく耐熱性が増強されており、100℃でも極めて安定、105℃に於ける活性の半減期でさえ1時間であった。本酵素の利用により従来の方法に較べ標的遺伝子の検出時間は約2分の1となり、さらに、感度は100000倍にも増大すると期待される。
現在、膨大なゲノム情報が明らかになり、その情報を最大限利用するポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction: PCR)法が、分子生物学の研究分野では標準技術の1つとなった。さらに、遺伝子変異による病気診断に利用できるリガーゼ連鎖反応(ligase chain reaction: LCR)法も考案され、他の方法では検出困難な1塩基のみの変異を、短時間で簡便に増幅・検出することも可能となった。
DNAリガーゼは、2つのDNA断片の末端を結合させる酵素で、LCR法では 耐熱性のDNAリガーゼが必須である。現在、LCR法で使用されている耐熱性DNAリガーゼは、95℃約1時間で、酵素活性は半減する。
今回発表する耐熱性DNAリガーゼは、95℃で酵素活性の低下は認められなかった。さらに、100℃では、数時間酵素活性の低下が認められず、105℃における酵素活性の半減期は約1時間であった。LCR法では、2本鎖DNAを高温(94℃以上)で解離させる必要があるため、その酵素は高温下で長時間安定であればあるほど望ましい。本酵素の耐熱性は、既存の酵素よりも極めて高いため、LCR法の普及を含む幅広い用途が期待される。
産総研が今回開発した耐熱性DNAリガーゼは、従来知られていた如何なるDNAリガーゼよりも耐熱性が高い。そのため、LCR法等において、高温下での幅広い用途が期待される。LCR法で使用した場合、従来の酵素に比べて検出時間が約2分の1に短縮でき、さらに、検出感度においては約100000倍に増大する。
今回の産総研の開発は、超好熱性古細菌のゲノム情報から既知のDNAリガーゼと相同性がある遺伝子を見出した。本遺伝子のクローニングおよび本酵素の調製を大腸菌で行った。その機能解析を行った結果、本酵素が、既存のDNAリガーゼの中で、もっとも耐熱性が高いことが分かった。
この事実は、ゲノム情報だけから予測できるものではなく、実際に酵素の調製と機能解析を実行した結果として分かったことである。
LCR法で使用されている耐熱性DNAリガーゼは、Stratagene(ストラタジーン)社製のPfu DNA LigaseおよびEpicentre(エピセンター)社製のAmpligase DNA Ligaseの2種類であるが、95℃約1時間で、酵素活性は半減する。今回産総研が開発した酵素は、このような温度では活性低下が全く観察されない。
産総研は、この有用酵素の基本的な特許を先に出願した(特願2003-045224)。さらに、詳しい研究結果は、分子生物学の国際雑誌(FEBS Letters)に発表した(2003年8月28日)。産総研では、今後この酵素の新規応用法の開発に力を入れていく予定である。
病気の診断という本来の重要な用途の他にも、微量サンプルしか入手できないような場合でも、そこに含まれる重要な遺伝子を増幅して発見したり、定量したりする等、遺伝子増幅技術の可能性やビジネス化は無限に広がると思われる。