独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)次世代半導体研究センター【センター長 廣瀬 全孝】は、リアルワールド・コンピューティング計画の成果を基礎とし、経済産業省委託事業(基準認証研究開発事業)のもとで、高品位印刷画像向きデータ圧縮方式に関する研究開発を行ってきた。その成果に基づいた国際規格原案が、産総研成果普及部門【部門長 古橋 政樹】工業標準部【部長 山内 徹】の支援により、社団法人 情報処理学会【会長 益田 隆司(電気通信大学)】の情報規格調査会【会長 石崎 俊(慶應義塾大学)】の協力のもと、7月にフランスで開催されたISO/IEC JTC1/SC29/WG1会合で、2値画像(高品位印刷画像)符号化に関する国際標準であるISO/IEC 14492(JBIG2方式)のAmendment(追補)として採用された。
一般に、国際標準化は欧州勢が強く、我が国の技術を反映することが困難な状況にあるが、今回、産総研の研究成果を国際規格にすることができた。
本技術は、2値画像の可逆圧縮を行う際、データ圧縮プログラムのパラメータを遺伝的アルゴリズムなどで最適化することにより、現行の国際規格の方式であるJBIG2方式よりも20%以上(画像によっては30%以上)高い圧縮率を得ることができる。テストデータとして、1270dpiでカラーの外国語新聞紙面を使用した場合は1/60以下、2400dpiのカラー書籍データの場合は1/100以下にまで、データサイズを小さくすることに成功した。
今回採択された国際規格を普及することにより、印刷および出版のデジタル化に伴う低コスト化を加速する【図1】だけでなく、CTPやDI印刷機などのデジタル印刷機械産業の発展に大きく寄与し、次世代の出版形態であるオンデマンド出版や電子出版の市場拡大に弾みをつけるものと期待される。
今後はさらに、電子製版画像フォーマットの国際標準であるISO 12639(TIFF/IT規格)において用いられる圧縮方式の中の一方式として、採用を目指した標準化活動を、ISO TC130/WG2の場で進めて行く予定である。また、産総研認定ベンチャーを通じて次世代出版技術を開発し、成果の普及を行う予定である。
近年、印刷および出版技術のデジタル化が始まっている。例えば印刷ワークフローでは、製版や印刷時に使用されていたフィルムや刷版が、次々とデジタル画像データに置き換わっている【図1】。また、オンデマンド印刷や電子出版などの次世代出版技術では、紙面データを、CD-ROMやDVD-ROM、ネットワークを介して、遠隔地にある印刷所や、ユーザに届けられる。これらは、製版、印刷、出版業務の効率を大きく改善している。
しかし、高品位印刷に使用されるデジタル画像データ(印刷画像)は非常に巨大であるため、データ転送や保存に莫大なコストを要することが問題となり、次世代出版技術普及の障害となっていた。
この問題を解決する鍵となるのは、データ圧縮技術であるが、これまで印刷画像に適したデータ圧縮技術は存在しなかった。印刷画像は特殊なハーフトーン画像で、複雑な画素パターンを有する。従来の可逆圧縮技術は線画や文字画、低解像度画像を対象として開発されていたため、高い圧縮効率を得ることができなかった。なお、デジタルカメラなどで用いられているJPEGのような非可逆圧縮方式では、高い圧縮率を得られるものの、高品位印刷物の品質を大きく損なってしまうため、印刷画像データ圧縮のためには使用できない。
そこで、産総研では、後述のような高品位印刷画像(高解像度の2値画像)の画質劣化を伴わない可逆圧縮方式で、圧縮効率を高める技術を開発し、国際標準化に向けた提案を行った。
経済産業省のリアルワールド・コンピューティング(RWC)計画において、産総研では、遺伝的アルゴリズムを用いた印刷画像向きデータ圧縮技術の研究開発を行った。RWC計画は平成13年度をもって終了したが、引き続き、同年度の経済産業省委託事業(基準認証研究開発事業)において本研究開発の提案が採択され、国際標準化へ向けた技術開発を進めている。
JBIG2方式および本技術は予測符号化という原理に基づきデータ圧縮を行うが、予測符号化では、画像を構成する各画素のとる値を正確に予測することで、圧縮効率を高めることができる。正しく予測できた画素は、データ中に記録する必要がなくなるため、結果的に圧縮データサイズを小さくできるためである。
たとえば、現行の国際規格であるJBIG2方式では、注目画素(これから符号化されようとする画素)のとる値を予測するため、注目画素近傍にある最大16個の画素を参照し、その画素値パターンをもとに注目画素値を推定する。そして、多種多様な画像に対して、推定の的中率を高めるため、最大4個の画素位置を自由に変更できるように規定してある(以下「浮動参照画素」という)。
しかし、産総研の研究結果により、高解像度の2値画像を高効率に圧縮するためには、浮動参照画素数が4個では不足で、12個に増やすことで圧縮効率が飛躍的に向上するが明らかとなった。そこで、産総研は、浮動参照画素数を拡大する場合のJBIG2データフォーマットに関する提案を国際標準化機構に対して行い、この提案をISO/IEC14492(JBIG2)の追補として採用することに関する国際投票(合計3回行われる投票のうちの第1回目)の開始が、2002年3月にISO/IEC JTC1/SC29/WG1において承認された。なお、新規格ではなく、現行規格の追補として提案した背景には、提案から標準化までの期間をできるだけ短くしたいという判断が含まれている。また、本提案の技術的根拠は産総研の研究結果であるため、プロジェクト責任者としてのエディタは、産総研次世代半導体研究センターの 坂無 英徳 研究員が務めることとなった。
提案した追補案に関して、表記上の誤記修正を除いて、第1回目の投票後に一度だけ技術的な変更が加えられたが、その後は順調に通過し、先日(7月14日~18日)フランスにて開催されたISO/IEC JTC1/SC29/WG1会合において、第3回目の国際投票も反対票ゼロで通過したことが確認された。今後、国際標準化機構における事務手続きを経てから、国際規格ISO/IEC 14492/AMD2として出版される。
なお、浮動参照画素数を4個から12個に増やすことにより計算量が爆発的に増大するが、産総研の研究により、遺伝的アルゴリズムという人工知能技術などを採用することで、この問題を解決できることも明らかとなっている。
今後は、電子製版画像フォーマットの国際標準であるTIFF/ITにおける圧縮方式しての採用をめざし、ISO TC 130/WG 2での提案を行うべく、国内の関連委員会にて検討を進めてゆく予定である。また、産総研認定ベンチャー企業である(株)進化システム総合研究所【代表取締役社長 吉井 健】を通じて、本技術を応用した製品開発を行うなど、成果普及をしていく予定である。
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従来は、RIPまでがデジタル処理で、その後はフィルムや刷版などアナログ媒体を使用していたため、(1)アナログ→アナログ変換を繰り返すことによる画質劣化を避けるために職人の熟練技術が必要、(2)実体としてのフィルムや刷版の輸送および保存コストが非常に大きい、などの問題があった。これらの問題は、工程(ワークフロー)のデジタル化を進めることで解消される。
しかし、印刷画像(高解像度のデジタル画像)サイズは非常に巨大で、転送や保存に大きなコストが必要となる事が、工程のデジタル化に対する障害となっていた。
これに対し、本技術は印刷画像サイズをコンパクトに圧縮することで、この問題を解決することができる。
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注)
・RIP (Raster Image Processor): アプリケーションソフトで作成した文字・画像データをプリンターに出力可能なデータに変換するハードウエア及びソフトウエア。
・CTP (Computer To Plate): 刷版を作るときに、フィルムから焼き付けるのではなく、コンピュータから直接アルミプレートに直接レーザで露光する製版機あるいは製版方法のこと。
・DI (Direct Imaging)印刷機: CTPの機構を内部に持つ印刷機。
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図1:印刷ワークフローのデジタル化と本技術の位置付け
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