発表・掲載日:2003/08/07

産総研が開発した印刷画像向けデータ圧縮方式がISO規格に採用決定

-最新の国際標準より最大で20%以上高い可逆圧縮効率を達成-

ポイント

  • 平成15年7月に開催された国際標準化機構の作業グループにおいて、産総研提案の「データ圧縮方式」が国際規格として採用された。
  • 産総研方式は、現行の国際標準規格である高品位印刷画像向けデータ圧縮技術のJBIG2よりも20%以上高い圧縮率を達成。
  • 産総研は、「リアルワールド・コンピューティング計画」の成果を基礎として国際標準獲得のための研究開発を行ってきた。
  • 本方式の普及により、オンデマンド出版や電子出版など、次世代出版の市場拡大を促進する。
  • 今後は電子製版画像フォーマットの国際標準であるTIFF/ITの圧縮方式の一方式に採用されることを目指す。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)次世代半導体研究センター【センター長 廣瀬 全孝】は、リアルワールド・コンピューティング計画の成果を基礎とし、経済産業省委託事業(基準認証研究開発事業)のもとで、高品位印刷画像向きデータ圧縮方式に関する研究開発を行ってきた。その成果に基づいた国際規格原案が、産総研成果普及部門【部門長 古橋 政樹】工業標準部【部長 山内 徹】の支援により、社団法人 情報処理学会【会長 益田 隆司(電気通信大学)】の情報規格調査会【会長 石崎 俊(慶應義塾大学)】の協力のもと、7月にフランスで開催されたISO/IEC JTC1/SC29/WG1会合で、2値画像(高品位印刷画像)符号化に関する国際標準であるISO/IEC 14492(JBIG2方式)のAmendment(追補)として採用された。

 一般に、国際標準化は欧州勢が強く、我が国の技術を反映することが困難な状況にあるが、今回、産総研の研究成果を国際規格にすることができた。

 本技術は、2値画像の可逆圧縮を行う際、データ圧縮プログラムのパラメータを遺伝的アルゴリズムなどで最適化することにより、現行の国際規格の方式であるJBIG2方式よりも20%以上(画像によっては30%以上)高い圧縮率を得ることができる。テストデータとして、1270dpiでカラーの外国語新聞紙面を使用した場合は1/60以下、2400dpiのカラー書籍データの場合は1/100以下にまで、データサイズを小さくすることに成功した。

 今回採択された国際規格を普及することにより、印刷および出版のデジタル化に伴う低コスト化を加速する【図1】だけでなく、CTPDI印刷機などのデジタル印刷機械産業の発展に大きく寄与し、次世代の出版形態であるオンデマンド出版電子出版の市場拡大に弾みをつけるものと期待される。

 今後はさらに、電子製版画像フォーマットの国際標準であるISO 12639(TIFF/IT規格)において用いられる圧縮方式の中の一方式として、採用を目指した標準化活動を、ISO TC130/WG2の場で進めて行く予定である。また、産総研認定ベンチャーを通じて次世代出版技術を開発し、成果の普及を行う予定である。



研究の背景

 近年、印刷および出版技術のデジタル化が始まっている。例えば印刷ワークフローでは、製版や印刷時に使用されていたフィルムや刷版が、次々とデジタル画像データに置き換わっている【図1】。また、オンデマンド印刷や電子出版などの次世代出版技術では、紙面データを、CD-ROMやDVD-ROM、ネットワークを介して、遠隔地にある印刷所や、ユーザに届けられる。これらは、製版、印刷、出版業務の効率を大きく改善している。

 しかし、高品位印刷に使用されるデジタル画像データ(印刷画像)は非常に巨大であるため、データ転送や保存に莫大なコストを要することが問題となり、次世代出版技術普及の障害となっていた。

 この問題を解決する鍵となるのは、データ圧縮技術であるが、これまで印刷画像に適したデータ圧縮技術は存在しなかった。印刷画像は特殊なハーフトーン画像で、複雑な画素パターンを有する。従来の可逆圧縮技術は線画や文字画、低解像度画像を対象として開発されていたため、高い圧縮効率を得ることができなかった。なお、デジタルカメラなどで用いられているJPEGのような非可逆圧縮方式では、高い圧縮率を得られるものの、高品位印刷物の品質を大きく損なってしまうため、印刷画像データ圧縮のためには使用できない。

 そこで、産総研では、後述のような高品位印刷画像(高解像度の2値画像)の画質劣化を伴わない可逆圧縮方式で、圧縮効率を高める技術を開発し、国際標準化に向けた提案を行った。

研究の経緯

 経済産業省のリアルワールド・コンピューティング(RWC)計画において、産総研では、遺伝的アルゴリズムを用いた印刷画像向きデータ圧縮技術の研究開発を行った。RWC計画は平成13年度をもって終了したが、引き続き、同年度の経済産業省委託事業(基準認証研究開発事業)において本研究開発の提案が採択され、国際標準化へ向けた技術開発を進めている。

研究の内容

 JBIG2方式および本技術は予測符号化という原理に基づきデータ圧縮を行うが、予測符号化では、画像を構成する各画素のとる値を正確に予測することで、圧縮効率を高めることができる。正しく予測できた画素は、データ中に記録する必要がなくなるため、結果的に圧縮データサイズを小さくできるためである。

 たとえば、現行の国際規格であるJBIG2方式では、注目画素(これから符号化されようとする画素)のとる値を予測するため、注目画素近傍にある最大16個の画素を参照し、その画素値パターンをもとに注目画素値を推定する。そして、多種多様な画像に対して、推定の的中率を高めるため、最大4個の画素位置を自由に変更できるように規定してある(以下「浮動参照画素」という)。

 しかし、産総研の研究結果により、高解像度の2値画像を高効率に圧縮するためには、浮動参照画素数が4個では不足で、12個に増やすことで圧縮効率が飛躍的に向上するが明らかとなった。そこで、産総研は、浮動参照画素数を拡大する場合のJBIG2データフォーマットに関する提案を国際標準化機構に対して行い、この提案をISO/IEC14492(JBIG2)の追補として採用することに関する国際投票(合計3回行われる投票のうちの第1回目)の開始が、2002年3月にISO/IEC JTC1/SC29/WG1において承認された。なお、新規格ではなく、現行規格の追補として提案した背景には、提案から標準化までの期間をできるだけ短くしたいという判断が含まれている。また、本提案の技術的根拠は産総研の研究結果であるため、プロジェクト責任者としてのエディタは、産総研次世代半導体研究センターの 坂無 英徳 研究員が務めることとなった。

 提案した追補案に関して、表記上の誤記修正を除いて、第1回目の投票後に一度だけ技術的な変更が加えられたが、その後は順調に通過し、先日(7月14日~18日)フランスにて開催されたISO/IEC JTC1/SC29/WG1会合において、第3回目の国際投票も反対票ゼロで通過したことが確認された。今後、国際標準化機構における事務手続きを経てから、国際規格ISO/IEC 14492/AMD2として出版される。

 なお、浮動参照画素数を4個から12個に増やすことにより計算量が爆発的に増大するが、産総研の研究により、遺伝的アルゴリズムという人工知能技術などを採用することで、この問題を解決できることも明らかとなっている。

今後の予定

 今後は、電子製版画像フォーマットの国際標準であるTIFF/ITにおける圧縮方式しての採用をめざし、ISO TC 130/WG 2での提案を行うべく、国内の関連委員会にて検討を進めてゆく予定である。また、産総研認定ベンチャー企業である(株)進化システム総合研究所【代表取締役社長 吉井 健】を通じて、本技術を応用した製品開発を行うなど、成果普及をしていく予定である。


印刷ワークフローのデジタル化と本技術の位置付けの図

 従来は、RIPまでがデジタル処理で、その後はフィルムや刷版などアナログ媒体を使用していたため、(1)アナログ→アナログ変換を繰り返すことによる画質劣化を避けるために職人の熟練技術が必要、(2)実体としてのフィルムや刷版の輸送および保存コストが非常に大きい、などの問題があった。これらの問題は、工程(ワークフロー)のデジタル化を進めることで解消される。
 しかし、印刷画像(高解像度のデジタル画像)サイズは非常に巨大で、転送や保存に大きなコストが必要となる事が、工程のデジタル化に対する障害となっていた。
 これに対し、本技術は印刷画像サイズをコンパクトに圧縮することで、この問題を解決することができる。
注)
 ・RIP (Raster Image Processor): アプリケーションソフトで作成した文字・画像データをプリンターに出力可能なデータに変換するハードウエア及びソフトウエア。
 ・CTP (Computer To Plate): 刷版を作るときに、フィルムから焼き付けるのではなく、コンピュータから直接アルミプレートに直接レーザで露光する製版機あるいは製版方法のこと。
 ・DI (Direct Imaging)印刷機: CTPの機構を内部に持つ印刷機。
図1:印刷ワークフローのデジタル化と本技術の位置付け

用語の説明

◆リアルワールド・コンピューティング計画 (Real World Computing Project)
21世紀において必要とされる新しい情報処理技術 を開発するため、 1992年から10年計画で 経済産業省によって推進された研究開発プロジェクトであり、 内外の企業・研究機関が組合員として参加する技術研究組合 新情報処理開発機構(RWCP)及び独立行政法人 産業技術総合研究所によって実施された。[参照元へ戻る]
◆基準認証研究開発事業
ライフサイエンス、情報技術、環境及びナノテクノロジー・材料を中心に国際標準案作成のための研究開発を実施し、国際標準に結びつけることによって、我が国の国際競争力を一層強化し、持続的発展のできる国造りに寄与することを目的とした経済産業省産業技術環境局標準課の事業。[参照元へ戻る]
◆ISO/IEC JTC 1/SC 29/WG 1 (International Organization for Standardization / International Electro-technical Commission, Joint Technical Committee 1 / Sub Committee 29 / Working Group 1)
国際標準化機構/国際電気標準会議/合同専門委員会1/分科委員会29/作業グループ1。ISO/IEC JTC 1/SC 29を構成する、2値およびカラー静止画の符号化などを担当する作業部会。これまで、JPEG、 JPEG2000、 JPEG-LS、 JBIG、 JBIG2などの静止画像符号化方式の標準化を行った。
※国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization
世界各国の代表的標準化機関から成る国際標準化機関で、電気及び電子技術分野を除く全産業分野(鉱工業、農業、医薬品等)に関する国際規格作成を行っている。現在加盟国数は146ヶ国。[参照元へ戻る]
◆JBIG2 (Joint Bi-level Image Experts Group 2)
2値画像データの圧縮符号化に関する最新国際規格。規格番号はISO/IEC 14492、ITU-T Recommendation T.88。JBIGという名称は元来、組織の略称であったが、最近ではこの組織が作成した標準規格の呼び名としても使われている。[参照元へ戻る]
◆可逆圧縮/非可逆圧縮
情報の圧縮・伸張を繰り返しても、完全に元の情報に復元できる符号化のこと。ロスレス(lossless)符号化ともいう。情報の変質や劣化を伴う場合は、非可逆圧縮符号化(ロッシー(lossy)符号化)という。[参照元へ戻る]
◆遺伝的アルゴリズム
非常に頑健で、かつ効率的な探索アルゴリズム。広大な探索空間で最適解の探索を行う場合には、問題に対する事前知識がないと、なかなか効率的な探索が行えないが、遺伝的アルゴリズムを用いることにより、事前知識なしに効率良く最適状態を探し出すことが出来る。ポイントは、探索にさきだって解の候補を2進ビット列の形で表現し、複数候補を用意する。これら候補を遺伝子とみなし、淘汰、交叉、突然変異といったアルゴリズムを繰り返すうちに、次第により良い解が求まっていく。方程式などを用いて解析的に解を求めることが困難な問題に対して特に有効な探索手法である。[参照元へ戻る]
◆CTP (Computer To Plate)
コンピューターからプレートセッターという製版機器を通して刷版を直接作成する仕組み。[参照元へ戻る]
◆DI印刷機 (ダイレクト・イメージング(Direct Imaging)印刷機)
デジタル化された紙面情報を直接受け取り、機上でイメージングを行い、そのまま印刷する印刷機。製版フィルムを出力したり、版を焼きつけるといった作業が不要となる。[参照元へ戻る]
◆オンデマンド出版
インターネットなどを介してユーザからの注文をうけ、必要量の本を印刷・製本し、それを宅配便等の手段で注文主の手もとに直接送り届ける出版形態。[参照元へ戻る]
◆電子出版
情報を紙媒体に印刷して「本」として流通させるのではなく、電子化した情報をCD-ROM/DVD-ROMなどのメディアや、インターネットを通じて配信する出版形態。[参照元へ戻る]
◆TIFF/IT (Tag Image File Format for Image Technology: TIFF/IT)
電子製版画像データ交換用タグ付きファイルフォーマット。規格番号はISO 12639。[参照元へ戻る]
◆ISO TC130/WG 2 (International Organization for Standardization, Technical Committee 130 / Working Group 2)
国際標準化機構/専門委員会130/作業グループ2。ISO/TC130の作業グループの一つで、製版データ交換に関して、カラーマネジメント、高精細カラーデジタル標準画像、分光特性データベース、PDFデータ交換、TIFF拡張及び印刷構造モデル符号化などの標準化を行う。[参照元へ戻る]
◆ハーフトーン
2階調で多階調の画像を表現する方式。たとえば、白と黒だけで様々な濃さの灰色を表現する場合、元となる多階調画像の画素の階調に応じて、黒白ドットの出現頻度を変化させることで中間調が擬似的に表現される。[参照元へ戻る]



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