発表・掲載日:2003/07/31

世界初、多色のレーザーパルス光をアト秒精度で制御することに成功

-光の電場波形の自由な形成を可能に-

ポイント

  • 今まで制御不可能であった様々な色の光パルスの合成を光位相精度で実現
  • 光振動電場波形を自由に形成が可能
  • 位相をそろえた光パルスの合成によりサブフェムト秒光パルスの発生が可能
  • 自然界では起こりえない化学反応制御や超高速光スイッチ、超高速光通信への応用に道を拓く


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】の小林 洋平 研究員、鳥塚 健二 研究グループ長は、複数の波長を持つフェムト秒光パルスを光の位相精度で重ね合わせる技術開発に成功した。

 光パルスは短い時間だけ継続する強い光で、さまざまな光応用に用いられている。しかし、電気信号や音では可能な、異なる波長のパルスを位相精度で重ね合わせる操作は、光では、安定な光源であるレーザー光ですら位相の揺らぎがあるため、不可能であった。

 今回我々は異なる波長のフェムト秒光パルスの光位相関係(パルス内光波位相)を観測しこれをレーザー共振器にフィードバックする手法を開発した。これは共振器長をアトメートル(1アトメートル:10-18メートル)の精度で制御することに相当する。今まで制御をしない状態では共振器長は短時間で10nm(1ナノメートル:10-9メートル)程度揺らいでいた。制御前に比べて10桁揺らぎを低減したことになる。これにより、光位相のそろった異なる波長のフェムト秒光パルスを発生させることに成功した。異なる波長のフェムト秒光パルスはパラメトリック発振器により発生させ、可視光と近赤外にわたる6色のフェムト秒光パルス間の光位相をアト秒精度(1アト秒:10-18秒)で同期させることができた。

 この技術によって、任意の位相関係で複数のフェムト秒光パルスを重ね合わせることにより様々な光電場波形が得られる。例えば全ての位相をそろえるとサブフェムト秒光パルスが合成され、適当な位相差をつけて合成すると三角波などが得られる。3つのフェムト秒光パルスの位相をそろえて重ね合わせた様子を【図1】に示す。上から光周波数ω、2ω、3ωの光パルスを合成すると下にある光電場が生成される。これはサブフェムト秒の光パルスになっている。サブフェムト秒光パルスは超高速現象の解明や超高速スイッチへの応用が考えられ、任意の光電場波形は人工的な化学反応制御への応用が期待される。また、本研究で実現されたフェムト秒光パルス内の光電場位相制御は周波数領域では非常に広いスペクトルにわたる光周波数の定規を提供するものであり、通信波長帯などでの波長多重通信への応用が期待される。

異なる波長のパルス合成の図

図1 異なる波長のパルス合成

研究の背景

 光パルスは短い時間だけ継続する強い光で、さまざまな光応用に用いられている。これまで光の強さの変化は利用されてきたが、光の波動の性質はほとんど利用されてこなかった。波動の性質は、パルス内の光電場振動の位相であらわせるが、この位相は激しく変動するうえ、操作する方法が無かったため、平均されたものとして扱うしかなかった。すなわち、例えば異なった波長の光パルス同士は、波動として重ね合わせることができない。これはパルス内の光電場の位相が定まっていないため、空間的に重ね合わせても常に変化する位相関係で足し合わされるためである。従ってこれまでは、電気信号や音では可能な、異なる波長のパルスを位相精度で重ね合わせる操作は不可能であった。

 異なる波長の光電場を任意の位相で重ね合わせることができれば任意の光電場の波形が作れる。この予想は非常に単純であり電気回路では任意の電気波形を作り出すことができ、一般に用いられている。これはいろいろな周波数をきれいに(位相をそろえて)重ね合わせることにより実現している。電気のシンセサイザーや任意波形生成器がこれに当たる。光で同じことができると様々な応用が期待されている。

1.自然界では起こらない化学反応の実現
 分子中の電子は光電場によって運動する。通常光電場は正弦波であるが三角波などの人工的な光電場を与えることにより自然界では起こらない化学反応が実現できると理論的に指摘されている。化学反応を起こさせるためにはある程度強い光電場を用意する必要があるためパルス光を用いて任意光電場を作り出す必要性があった。

2.光パルスの超短パルス化による光通信への応用
 光通信では1秒間にどれだけの情報を流せるかというのを制限する一つの要因に光パルスの持続時間(パルス幅)がある。例えば1秒間に1テラビット(1012ビット)流すためには1ピコ秒(10-12秒)よりも十分短いパルス幅の光源が必要とされる。光パルスの超短パルス化の方法としてレーザー共振器から直接短いパルスを出す方法はそろそろ限界が見え始めている。そこで複数のレーザーパルスを光の位相をそろえて合成する(フーリエ合成)ことにより更なる短パルス化を実現する方法が提案されていた。

3.異波長光パルスの高精度同期によるコンプトン散乱フェムト秒X線パルスの発生の実現
 複数のフェムト秒光パルス同士のパルスタイミング同期は、レーザーパルスと電子線パルスとの衝突によるコンプトン散乱フェムト秒X線パルス発生のために重要な技術である。X線パルスの高輝度化のためには、電子線パルスを発生する加速器とフェムト秒レーザーパルスを正確なタイミングで同期させる必要があるが、加速器のタイミング基準には波長1.3µm、X線パルス発生には800nmと異なった波長のフェムト秒光パルスが必要であり、異なる波長のフェムト秒光パルス相互の高精度同期が求められている。フェムト秒光パルスのタイミング同期はレーザーパルスの外形を観測してフィードバックする方法よりも、本成果のパルス内の光電場を観測する方法のほうが原理的に6桁程度精度良く制御することが可能となる。このフェムト秒X線パルスは発電機やジェットエンジンの運転を止めることなく傷を検査することや医療応用に期待されている。

 以上のように学術的に重要なことから実学的に重要なことまで様々な分野で光のパルス内電場位相の制御は非常に重要な課題であった。

研究の経緯

 本研究開発は、経済産業省からの受託研究、電源多様化技術開発等委託費「高輝度X線パルス利用発電施設モニタリングシステム開発」で光パルスタイミングの高精度同期に必要な技術開発として研究を進めてきた。

研究の内容

 複数の異なる波長を発振するレーザーパルス光同士の光位相関係を測定する手段を確立し、測定結果に基づいて共振器長をフィードバックにより制御した。アトメートルの精度で制御することにより複数のフェムト秒光パルス内の光位相を同期した。

 複数の波長のフェムト秒光パルスはチタンサファイアレーザーをポンプとするパラメトリック発振器で発生させた。チタンサファイアレーザーは波長850nmでパルス幅は50フェムト秒、平均出力は1ワットである。パラメトリック発振器からは波長1275nmのシグナル光と2550nmのアイドラー光が発生する。ポンプ、シグナル、アイドラーの光周波数比は3:2:1となっている。ここでポンプ、シグナル、アイドラーの光周波数を3ω、2ω、ωと書くことにする。このパラメトリック発振器はこれら以外に光周波数混合により波長638nm(赤: 4ω)、510nm(緑: 5ω)、425nm(青: 6ω)の光を同時に出力する。従って6つの整数倍の光周波数比をもつフェムト秒光パルスがタイミングも同期されて発生することになる。これらのパルス内光波位相関係は直接観測することができない。なぜなら異なる波長の光は干渉しないため位相関係が分からないからである。我々はパラメトリック発振器から出力される638nmの光パルスに2成分の光があることに着目した。一つはシグナルの第二高調波(4ω1=2ω×2)でもう一つはポンプとアイドラーとの和周波(4ω2=ω+3ω)である。この二つの光パルスは同じ波長であるため干渉し、ポンプ、シグナル、アイドラーの位相関係を示してくれる。ポンプ、シグナル、アイドラーの位相関係はチタンサファイアレーザーとパラメトリック発振器の共振器長が変化することにより変動する。通常チタンサファイアレーザー発振器とパラメトリック発振器を無制御で発振させるとこれらの共振器長の揺らぎにより位相関係はパルスごとに激しく変動する。短時間では10nm程度、長時間では数マイクロメートル程度の揺らぎがある。干渉光から得られる位相情報を共振器長にフィードバックすることにより常に一定の位相関係を保つことが可能となった。この制御がうまくいくためにはもともとの両方のレーザーの揺らぎを小さくする必要がある。今回我々は非常にコンパクトなチタンサファイアレーザーとパラメトリック発振器を作りフィードバックを行った。この写真を【図2】に示す。右側がチタンサファイアレーザーで左側がパラメトリック発振器である。

 実験概略図を【図3】に示す。4ω1と4ω2は重ねあわされて検出器1で観測され電気信号となる。この電気信号には位相関係の情報を含むビート信号が含まれる。ビート信号を参照信号と比較して誤差信号を作り出しチタンサファイアレーザーの共振器長にフィードバックする。フィードバックの結果ポンプ、シグナル、アイドラーの位相関係は一定に保たれるようになる。これはチタンサファイアレーザーとパラメトリック発振器の共振器長が一致するように働く。共振器長はピエゾ素子電気光学素子を用いて制御した。電気回路系の改良により高速に位相誤差をフィードバックできるようになった。制御された後のチタンサファイアレーザーとパラメトリック発振器との共振器長のゆらぎは1アトメートル程度まで低減されている。

 フィードバックの結果位相関係が一定に保たれていることを確認した。4ω1と4ω2とが位相同期がかかっているならば二つの光の干渉が観測されるはずであるが、この確認を行った。フィードバックをかけて二つの光の遅延を変えながら重ねあわされた光の強さを検出器2により観測すると干渉がはっきりと確認された。

 以上の実験からポンプ(3ω:850nm)、 シグナル(2ω:1275nm)、 アイドラー(ω:2550nm)の3つの光パルスは位相関係が同期されていることが確認された。位相同期精度は0.1rad(ラジアン:2πラジアン=360度)程度で2時間以上同期されている。この3者から作り出されている4ω:638nm、5ω:510nm、6ω:425nmの光パルスも同様の精度で位相同期が自動的に実現されている。

装置外観写真画像

図2 装置外観写真
 
実験配置図画像
図3 実験配置図

今後の予定

 これら6つの光パルスの重ね合わせは正弦波以外の光電場波形であるはずであるが、現在のところそれを確認する手段は存在しない。なぜなら光電場の振動数は電気回路では追いつけない高周波だからである。今後確認する方法を考案し、正弦波以外の光電場を用いて考えられる実験をデモンストレーションしていく予定である。

 今まで存在していなかったユニークな光であるためにどのように展開してゆくかは分からないところが多いが将来的には人為的な光反応制御やアト秒領域の物理現象の解明、高精度タイミング同期制御、波長多重通信用の光周波数基準等、多岐に渡る応用に貢献できるものと思われる。


用語の説明

◆フェムト秒光パルス
フェムト秒(1フェムト秒:千兆分の1秒:10-15秒)領域は、原子分子中の電子の移動や、物質中の伝導電子の動きが関係してくる時間領域で、高速化が進む光通信用デバイスの研究開発はフェムト秒パルスを用いて行われている。また3次元特殊加工や、バイオ研究における計測などにもフェムト秒パルスレーザーが用いられる。モード同期チタンサファイアレーザーなどでフェムト秒光パルスを発生させることができる。[参照元へ戻る]
◆パルス内光波位相
光パルスのエンベロープ(強度変化)に対するキャリア(電界振動)の位相。今まではパルスのエンベロープのみが使われていてパルス内のキャリアの位相は制御が難しいため使われていなかった。本研究によりキャリア位相も人為的に扱える量となる。レーザーから出力されるフェムト秒光パルスは、毎秒1億本程度であるが、パルス内光波位相はパルスごとに変化している。これを本研究で制御した。
フェムト秒光パルスは周波数領域では、光周波数が等間隔で並ぶ櫛(光周波数コム)であるが、パルス内光波位相の変化は周波数領域において光周波数コムの周波数の値に対応する。パルス内光波位相を制御することは光周波数コムを正確に固定することに対応する。そのため本研究の制御技術は、光波長多重通信において、各チャンネルの周波数を正確に測定する目的にも利用が期待されている。[参照元へ戻る]
◆共振器長
レーザー発振器の合わせ鏡間の距離。ここでは光路長をさす。2台のレーザーがあるとして共振器長が揺らぐことによりこれらの光位相関係も揺らぐ。通常は共振器長の揺らぎによりパルス内光波位相は激しく変動して複数のレーザーパルス間に位相関係はない。[参照元へ戻る]
◆フェムト秒パラメトリック発振器
パラメトリック発振器とは、元になる光パルス(ポンプ)の光周波数を任意の光周波数比に分割して、二つの光パルス(シグナルとアイドラー)を出力する発振器である。本実験ではチタンサファイアレーザーパルスをポンプとして用いて、その光周波数を2:1に分割している。ポンプ、シグナル、アイドラーのパルスタイミングは同期している。[参照元へ戻る]
◆アト秒
1アト秒=10-18秒。持続時間の短いパルスをストロボとして用いて瞬間写真を撮ることにより高速現象を解明することができる。[参照元へ戻る]
◆コンプトン散乱によるX線発生
高速の電子と可視光の光パルスが衝突すると電子のエネルギーが光に移る非弾性散乱を起こし、X線パルスが発生する。電子線と光パルスとを90度方向から衝突させることにより超短パルスのX線が発生する。[参照元へ戻る]
◆ピエゾ素子
電圧をかけると変位量が変わる素子。ここではミラーをピエゾで動かして共振器長をコントロールしている。[参照元へ戻る]
◆電気光学素子
電圧をかけると光の偏光が回る。ここではチタンサファイアレーザーの励起光強度を変化させるために用いている。この制御によりチタンサファイア結晶内の屈折率が変化して結果共振器長が変化する。この素子を用いることにより高速に微小な共振器長制御が可能となる。[参照元へ戻る]
◆光の干渉
同じ光周波数を持つ二つの光を重ね合わせると正弦波同士の足し算になり、その位相関係により強めあったり弱めあったりする。つまり、二つの光が干渉すると言うことはそれぞれの位相関係が固定されていることを意味する。[参照元へ戻る]
◆光周波数コム
フェムト秒光パルス列はレーザーの繰り返し周波数ごとに縦モードが並んでいる。この縦モードの位置を制御することとパルス内光波位相を制御することは等価である。制御された縦モードは光周波数を測るための定規として働く。これを光周波数コムと呼ぶ。[参照元へ戻る]


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