独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) エレクトロニクス研究部門【部門長 伊藤 順司】は、可視光を透過し青色または紫外光により光起電力を発生する半導体デバイスをガラス基板上に試作することに成功した。これは、「透明な太陽電池」の試作に成功したことを意味する。
今回、産総研が試作に成功した「透明な太陽電池」は、可視光を透過させながら人体に有害な紫外光を利用して発電を行う今までにないアイデアに基づく太陽電池である。太陽光の輻射エネルギーは幅広い波長領域に分布しており、そのうちおよそ紫外光が6%、可視光が50%、赤外光が44%を占める【図1】。太陽電池は半導体pn接合の光起電力効果【図2】を原理としており、全波長の光エネルギーを利用することが困難なために、通常20%未満の発電効率しか得られていない。これまで、太陽電池は可視光の利用を中心に開発されてきたが、バンドギャップの大きな半導体を利用することで紫外光により発電し、可視光をそのまま透過させることを可能とした。また、赤外光に関しては、理論的に反射率を可変にできる機能の付加が可能であるため、紫外光、可視光および赤外光に対する応答を独立に制御できるような半導体デバイスの作製が可能になるものと考える。板ガラス状に形成すれば、通常の窓ガラスに置き換えることができるので、広い設置面積を容易に確保できる。今回の成果を発展させることにより、照明としての可視光は確保しつつ、熱の流入を防ぎたい夏季には赤外光(熱線)を反射させ、冬季には赤外光(熱線)を室内に導入してエネルギーの節減に寄与できる【図3】ような「ソーラーシート」の実現も可能となる。
○ 「透明な太陽電池」としての機能を実証
酸化物透明半導体による透光性の半導体pn接合をレーザ蒸着法【図4】により作製し、青色および紫外光により発電することを確認した【図6】。光起電圧はおよそ波長350nm(紫外光)から450nm(青緑)の光照射によって得られ、波長400nm(青色)にて最大を示した。可視光の透過率はおよそ50%、赤外光に対してはさらに高い70%以上の透過率を示し、「透明な太陽電池」としての基本機能を実証した【図5】。太陽電池としての効率は未測定であるが、将来的には3%を見込んでいる。発電効率3%はけっして高くない値であるが、可視光を照明に、赤外光を温度制御に利用できることを併せると、太陽光の50%以上を有効利用することができる。
○ コスト低減への道筋
今回試作した「透明太陽電池」は、酸化物ワイドバンドギャップ半導体を作製する代表的な方法であるレーザ蒸着法を用いた。酸化物半導体膜の形成にはサファイアなどの高品質な結晶性基板を利用するのが主流であるが、産総研では低コスト化を念頭にガラス基板への酸化物半導体による透明な半導体pn接合の形成を試みた。優れた特性が期待できる酸化亜鉛半導体(n型)と銅アルミ酸化物半導体(p型)の組み合わせを対象に、ガス雰囲気や基板温度の制御など作製プロセスの工夫により、500℃以下の温度でガラス基板上にこれらの酸化物半導体による透光性の半導体pn接合を形成した。セル面積は現在0.1cm2であるが、大面積化に容易に対応できる溶液法によるプロセスも平行して検討を進めている。
○ 赤外・可視・紫外の光を独立に制御
可視光を透過し紫外光で発電することを実証した「透明太陽電池」はワイドバンドギャップ半導体による半導体pn接合の性質を利用しており、理論的に半導体中のキャリアのプラズマ振動により赤外光反射の機能を付加することが可能である。赤外光は熱としての作用が強いので熱線とも呼ばれる。将来的には、このような赤外光(熱線)の透過・反射の制御機能を有するシートを窓ガラスとして設置することにより、太陽光からの熱輻射エネルギーを室温調節に利用することが可能である。透明半導体を利用するとこのように、赤外光(熱線)を室温調節に、可視光を照明に、紫外光を発電にと独立に制御・利用することが可能となる。
なお、本研究開発は、経済産業省からの受託研究、電源多様化技術開発等委託費「熱線制御型シースルー太陽電池シート技術開発」の一環として行われたものである。
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図1 太陽光エネルギーの波長分布
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図2 太陽電池(光起電力)の原理
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A.夏には熱線を反射、紫外光で発電 |
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B.冬には熱線を室内に導入、紫外光で発電 |
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図3 窓ガラスとして応用した場合の概念図
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a.
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b.
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図4 レーザ蒸着法(a.レーザ成膜のしくみ、b.レーザ成膜の実際の様子)
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図5 試料(酸化亜鉛半導体/アルミ酸化物半導体/ITO透明伝導膜/ガラス)の写真
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図6 太陽電池試料の光起電圧
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クリーンで尽きることのない太陽エネルギーを利用する太陽光発電は、地球温暖化を防止するためにも有望なため、将来の国産エネルギーとして大きな期待が寄せられている。これまで、太陽電池は可視光、赤外光の利用を中心に開発されてきており、現在普及しつつあるシリコン太陽電池は、資源の確保に心配が少なくコスト低減も期待できることから最も実用的であると考えられているが、主に赤外光を発電に利用している。今回、産総研が試作に成功した「透明な太陽電池」は、可視光を透過させながら人体に有害な紫外光を利用して発電を行う今までにないアイデアに基づく太陽電池である。バンドギャップの大きな半導体を利用することで紫外光により発電し、可視光をそのまま透過させることを可能とした。
半導体pn接合による太陽電池については日射エネルギーの波長分布と材料のバンドギャップ(Eg)のエネルギー的重なりの関係から効率を見積もることができる。計算によれば、最も高い効率が得られるのは Eg=1.5eV前後のバンドギャップを有するガリウムヒ素(GaAs) などである。バンドギャップが大きい酸化亜鉛(ZnO、Eg=3.4eV)などの透明半導体では約3%の効率が期待でき、可視光に対して透明な太陽電池の実現が見込まれる。
半導体太陽電池のためには半導体pn接合の形成が必要である。シリコン(Si) やガリウムヒ素(GaAs)については半導体pn接合の技術が確立しているが、ワイドバンドギャップ半導体についてはまだ課題が多い。n型材料としては酸化亜鉛(ZnO)、酸化錫(SnO2)などが透明半導体として期待できるが、これまで、p型の透明半導体には適当なものがなかった。1997年に、p型の電導特性を示す酸化物透明半導体が発見され(東京工業大学、川副-細野先生による)、すでに知られているn型透明半導体との接合による透明電子デバイス形成の可能性が高まった。これらの材料は銅アルミ酸化物(CuAlO2), 銅ガリウム酸化物(CuGaO2)などで、透明な半導体薄膜を形成できることが報告された。透明半導体としての応用には光学特性の他に電気的特性が重要であり、これらp型酸化物材料の中で銅アルミ酸化物(CuAlO2)が最も優れた特性を有する。
産総研では透明酸化物半導体の多くの組み合わせの中で最も優れた特性が期待できる酸化亜鉛(ZnO)と銅アルミ酸化物(CuAlO2)を対象に透明電子デバイスの形成を試み、作製プロセスの工夫によりガラス基板への可視光透過型光起電力セル=「透明な太陽電池」の試作に成功した。
透明な太陽電池は通常の窓ガラスに置き換えることができるので、広い設置面積を容易に確保できる長所がある。このとき、有害な紫外光のエネルギーを発電に利用してしまうため、太陽電池自体を含めて紫外光による種々の劣化が未然に防止される。さらに、赤外光反射機能を容易に付加することができ、部屋の断熱効果にも寄与できる。このように、「透明太陽電池」は発電、断熱、可視光の窓としての性質を併せ持った省エネルギーのための革新的な建築要素としての発展が期待される。
1.可視光を透過する酸化物半導体による光発電機能の実証
透明な半導体で半導体pn接合を形成すれば太陽電池となることは予想されていたが、作製そのものの困難さと期待される効率が低い(約3%)ことから、このような試みはほとんどなかった。代表的な半導体であるシリコン(Si) やガリウムヒ素(GaAs)については半導体pn接合の技術が確立しているが、透明半導体についてはまだ課題が多い。n型材料としては酸化亜鉛(ZnO),酸化錫(SnO2)などが有望であるが、これまで、p型の透明半導体には適当なものがなかった。1997年に、p型の電導特性を示す酸化物透明半導体が発見され、n型透明半導体との接合による透明電子デバイス形成の可能性が高まってきた。これらの材料はCuAlO2,CuGaO2,CuScO2,CuCrO2,CuInO2,CuYO2,AgInO2など3eV以上のバンドギャップを有する酸化物で、透明な半導体薄膜を形成できることが報告された。透明半導体としての応用には光学特性の他に電気的特性が重要であり、これらp型酸化物材料の中では銅アルミ酸化物(CuAlO2)が最も優れた特性を有する。産総研では多くの組み合わせが可能な透明酸化物半導体pn接合のうちで最も優れた特性が期待できる酸化亜鉛(ZnO)と銅アルミ酸化物(CuAlO2)を対象に透明電子デバイスの形成を試みた。酸化亜鉛(ZnO)と銅アルミ酸化物(CuAlO2)の接合による可視光透過型光起電力セルをガラス基板に形成したのは世界初である。
2.ガラス基板に500℃で形成、低コスト化に有望
酸化物透明半導体を作製するには高温に耐え、均質性が極めて高いサファイアなどの高品質な結晶性基板を利用するのが主流であるが、産総研では低コスト化を念頭にガラス基板への酸化物半導体による透明な半導体pn接合の形成を試みた。ガス雰囲気や基板温度の制御など作製プロセスの工夫により、酸化亜鉛半導体(n型)と銅アルミ酸化物半導体(p型)の接合をこれまでより約200℃低い温度で作製することに成功した。材料は酸化物であり、かつワイドバンドギャップ半導体であるために特性の劣化が少ない。さらに、ゾル-ゲル法やCVD法など多様なプロセス技術を利用でき、製造技術高度化や低コスト化に有利である。
3.赤外・可視・紫外光の全てを利用する技術を提案
今回、試作に成功した「透明な太陽電池」はバンドギャップの大きな半導体を利用しているので、紫外光、可視光および理論的には赤外光をも応答を独立に制御できる。すなわち、半導体キャリアのプラズマ振動を利用して可視光の領域に影響を与えないで電圧制御により、赤外光(熱線)の反射・透過を制御することができる。このように、可視光をそのまま透過し、赤外光(熱線)に対しては反射率を可変にできるような半導体デバイスに発展させることが可能である。太陽光の輻射エネルギーは紫外光が6%、可視光が50%、赤外光が44%を占めるので、発電に利用できるエネルギーは多くないが赤外光(熱線)制御により節約できるエネルギーまで含めると、太陽光の利用効率は通常の太陽電池をはるかに超える。
4.応用のために必要な大面積化にも対応可能
今回試作したデバイスは、酸化物ワイドバンドギャップ半導体を作製する代表的な方法であるレーザ蒸着法を用いたが、産総研では、大面積化に容易に対応できるプロセスも平行して検討を進めており、p型半導体膜、n型半導体膜ともに溶液法によるプロセスにより半導体膜の作製に成功している。
酸化物透明半導体の成膜技術を高度化することにより「透明な太陽電池」の特性を改善すると同時に、赤外光(熱線)反射率機能を付加し、赤外・可視・紫外光の全てを利用できる高機能「ソーラーシート」の実現を図る。