独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)次世代半導体研究センター【センター長 廣瀬 全孝】は、文部科学省都市エリア産学官連携促進事業において、筑波技術短期大学【学長 大沼 直紀】と共同で、聴覚障害者の授業理解を遠隔から支援するシステムを開発し、このたび運用実験をスタートした。聴覚障害者が授業を受ける際、黒板に書かれた文字は理解できるが、先生の語ったことは聞き取れない。現在はこの問題の解決のために、ボランティアが教室内の生徒の側でノートをとり、それを見せることで支援しているが、ボランティアの確保や費用の点で課題を抱えている。そこで産総研では、教室内の画像と音声を、インターネットを使って遠隔の支援者のもとに送り、支援者は先生の語ったことを要約筆記して、教室内の生徒のもとに送り返し、授業理解を支援するシステムを開発した【図1】。産総研に、生徒側の授業支援要請と、支援者側の状態(支援が今行えるか)を管理するサーバを置き、聴覚障害者と支援者の間の接続、管理を行う。これにより、両者の都合をサーバが取り持ち、支援者側からすれば教室に行かなくても自宅で支援できるなど、支援者側の負担を軽減できる。また、支援が終わった後に、障害者、支援者双方からの支援品質、相性等をサーバ側で管理し、次回からの支援要求への対応に対して最適な組み合わせをコーディネータが選ぶなど、サーバ機能の充実が本システムの特徴となっている。なお、授業支援を行うボランティアのパソコン要約筆記技術を養成するためのNPO法人PCY298(ピーシーワイつくば)【代表 関田 巌(産総研)】も本年3月に設立された。
本システムは産総研認定ベンチャー企業である(株)進化システム総合研究所【代表取締役社長 吉井 健】を通じて成果普及をしていく予定である。
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図1 システム全体イメージ
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現在、聴覚障害者の授業理解のために、ノートテイカーと呼ばれるボランティアが、一人の生徒につき複数人ついて、先生が授業で話す内容を要約して学生に提示することが行われている。しかし、ボランティアの確保、およびその費用が、このノートテイクの普及のネックになっている。そこで、ノートテイカーが教室に行かなくても、あいている時間に自宅から支援したり、あるいは障害のために教室には行けないがノートテイクを行う能力を持った障害者が支援に参加する(ダブル福祉と呼ぶ)ことを可能とするために、授業理解遠隔支援システムを開発し、筑波技術短期大学 小林 庸浩 教授の御協力を頂き、実際の授業理解に用いる運用実験をスタートさせた。学校側はノートテイクの必要な授業をインターネットを通じて管理サーバに登録でき【図2】、また、ボランティアメンバは管理サーバを介して募集を知りノートテイカーとして応募できる。採用されたノートテイカーは、支援時に必要なIPアドレスなどの情報を管理サーバを介して得ることができる【図3】。教室内の画像と音声は、教室内に備えられたカメラとマイクにより、その時点で支援可能なノートテイカーに中継される【図4,5】。ノートテイカーは、遠隔から教室内のカメラの向きやズームを制御することができ、要約に必要な情報を得られやすくしている。要約された授業内容は実時間で教室内の生徒のもとに戻される。ノートテイクは集中力を要するが、一つの授業の中で複数のノートテイカーを交代させることができるので、ノートテイカーの負担も小さくできる。パソコンノートテイクの特徴として、同じ教室に複数の聴覚障害学生がいた場合に、プロジェクターで表示する方法の他に、各自にパソコンを用意すれば各自が見やすい大きさの文字や色で文字を読むことができ、1組のボランティアで複数の聴覚障害者支援することができる。
授業の終わったあと、生徒、支援者の双方から支援内容の評価、感想、相性等の情報を得、それらの情報を管理サーバに登録する。これにより次回の支援時の支援者の割り当てを、柔軟かつ効率的に行うことができる。
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図2.学校側が授業を管理サーバに登録するための画面の例
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図3.ノートテイカーが支援時に必要な情報を得るための画面の例
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図4.教室に設置されている
サーバ、カメラ(正面)
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図5.教室に設置されているサーバ、
カメラ(横)
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今後は、運用実験を通してシステムの熟成を図り、産総研認定ベンチャー企業である(株)進化システム総合研究所【代表取締役社長 吉井 健】を通じて成果普及をしていく予定である。
最近インターネットを用いた聴覚障害者支援システムが相次いで発表されている。昨年10月には熊本県次世代情報通信推進機構から、講演会場と通訳会場をインターネットで結び、パソコン要約筆記を用いた実証実験が行われた。また本年5月には東京大学で音声同時字幕システムが聴覚障害の学生支援のために開発されている。後者では支援者によるパソコン要約筆記ではなく、コンピュータによる音声認識が用いられている。