独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川弘之】(以下「産総研」という)人間系特別研究体【系長 田口隆久】の石川一彦・主任研究員と三野光識・NEDOフェローは、超好熱性古細菌(始原菌ともいう)のゲノム情報を用い、システインを極めて大きい速度で生産できる酵素の開発に成功した。
システインはアミノ酸の一種で、シミやそばかすを除去する作用をもつ。また、その誘導体であるエチルシステインは代表的な去痰剤として使われるなど、システインの誘導体(非天然アミノ酸)も有用である。
従来システインは主に毛髪などから酸で抽出するか、合成基質を酵素で処理して作られていた。また動植物に含まれない非天然のシステイン誘導体を作るには有機化学的合成法に頼る必要があった。これらに対し今回開発した方法を使えば、高純度のシステインおよびシステイン誘導体が環境にやさしく作れる。
産総研が今回開発したシステイン合成酵素は、従来知られていたいかなる酵素よりもシステインを生産する速度が大きい(図1)。さらに超好熱性古細菌由来であるため、85℃以上の高温で長期間使用できる。このような高温は、酵素法の欠点ともなり得る雑菌の繁殖を完全に抑え、原料濃度も高められるというメリットをもつ。
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図1 単位時間当たりにシステインを合成する速度の比較
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No
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原料
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酵素の起源
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反応温度 (℃)
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1
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アセチルセリン
+スルフィド
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Escherichia coli
(大腸菌)
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25
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2
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アセチルセリン
+スルフィド
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Thermus thermophilus
(好熱菌)
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50
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3
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アセチルセリン
+スルフィド
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Aeropyrum pernix
(超好熱性古細菌)
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60
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4
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ホスホセリン
+スルフィド
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Aeropyrum pernix
(超好熱性古細菌)
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85
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*4番は今回の方法 |
原料にホスホセリンを使い、超好熱性古細菌由来のシステイン合成酵素を用いたことが、今回のポイントである。従来は酵素、または原料のいずれかの耐熱性が低いため、反応速度も今回よりも低い。
今回の産総研の開発は、超好熱性古細菌によるシステイン合成に着目し、そのゲノムから初めてシステイン合成酵素を単離するところから始まった。それに次いで、高等動植物が用いているシステイン合成の道筋でなく、原始的な古細菌は、それ以外の原料からシステインを合成しているのではないかという独自の仮説をたてた。いくつかの候補のうちホスホセリンからシステインができる速度を実験で調べてみたところ、これまでの最高速度でシステインが生成するという事実が判明した(図2)。
ホスホセリンは比較的廉価で入手でき、かつ安定でもある。超好熱性古細菌由来のシステイン合成酵素を使ってホスホセリンからシステインを大きな速度で合成させる方法が開発できたことで、システインを作る新たな経路ができた。またこの酵素はシステイン以外に、メチルシステイン、エチルシステイン、カルボシステイン、スルホシステインなど非天然アミノ酸である種々の有用なシステイン誘導体の合成も行うことができる
なお、得られた超好熱性古細菌由来のシステイン合成酵素の結晶の顕微鏡写真が図3である。超好熱性古細菌について、次に説明する。
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図3 開発したシステイン合成酵素の結晶の顕微鏡写真
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古細菌(始原菌ともいう)というのは、太古の地球から生き延びてきた生物と考えられ、「真核生物」(ヒトを含むほ乳類、鳥、魚、酵母、植物など)とも、「真性細菌」(大腸菌など)とも異なるカテゴリーに分類される。古細菌は海底の熱水鉱床などで、ここ十年余のあいだに見つかった。常温常圧に適応するための圧力を、他の生物ほど受けずに生き延びてきたと考えられ、進化を考える上で大切な生物資源材料である。
また、超好熱性古細菌が有する酵素は、他のすべての酵素が変成し失活する100℃付近でも、生化学反応を触媒することができ、未来の工業を構築するにも重要である。例えば、100℃付近で起こる種々の反応プロセスに、酵素による生化学反応を導入できれば、高効率・高付加価値型の新しい産業も創成できると期待される。
95℃近辺で生育している超好熱性古細菌Aeropyrum pernix(アエロパイラム・ペルニックス)は日本近海で発見され、そのゲノムは日本で全解読された。産総研の人間系特別研究体では、率先してその応用開発を目指している。今回の成果も、その例のひとつである。
産総研は、この有用酵素の基本的な特許を先に出願しており(特願2001-356895,特願2002-335876)近く公開される。産総研では今後この酵素の応用法の開発に力を入れていく予定である。