通産省工業技術院 電子技術総合研究所 クラスター物性ラボ ラボリーダー 岩田 康嗣らは、気相中のクラスタービーム生成において、レーザーによる衝撃波を用いてクラスター成長領域を0.4mm幅の領域に15µs以上にわたって閉じ込めることに、初めて成功した。クラスター成長領域を時空間的に閉じ込めることによって、クラスターのサイズ、電子状態、結晶構造などが揃った機能性クラスタービームの生成を可能にする。機能性クラスタービームは、クラスターを利用した気相プロセス技術におけるナノメートル以下の微細構造制御技術の実用化の道を拓く。本研究は、東京大学大学院 工学系研究科 教授 澤田 嗣郎ら、日立造船株式会社 技術研究所 小村 明夫らとの共同研究の一環として行われた。
材料としての応用を考慮すると、半導体や金属のクラスターを生成する必要がある。半導体や金属は融点が高いので、レーザーによって固体を蒸気化し、不活性ガス中で凝集させてクラスターを生成する。この方法を「レーザー蒸発法」という。従来のレーザー蒸発法では、クラスター生成セル内で、固体試料の蒸気と不活性ガスが均等に混合しないために、クラスター成長の条件(温度、密度)が均一にならなかった。通常の化学反応では温度や濃度によって反応速度、生成物が異なることがよく知られている。クラスター成長においても温度や濃度が生成クラスターのサイズを決定するということが、以前の我々の実験から明らかになった。そこで、クラスター生成領域を時空間的に狭い領域に閉じ込めることにより、熱力学的条件を正確に規定し、内部構造(サイズ、構造など)の揃ったクラスターが生成可能なクラスター源の開発を試みた。
新原理クラスター源を図1に示す。クラスター成長領域の閉じ込めには、固体試料をレーザーで蒸気化した際に不活性ガス中に生じる衝撃波を利用する。衝撃波はセルの壁で反射した後、固体試料蒸気相と衝突する。セル形状を回転楕円体型にすることで、衝撃波と蒸気相の衝突位置が一定箇所に規定される。この衝突位置においてクラスター生成領域が一定時間の間規定される。固体試料としてシリコンを、不活性ガスとしてヘリウムを用い、クラスター生成セルの側面に覗き窓を設けてクラスター成長領域の閉じ込め過程を高速カメラで直接観測した。結果をまとめると以下のようになる。
(1)シリコン蒸気はレーザー照射によって噴出するが、ヘリウムガス中の衝撃波と衝突して、セルの壁に到達する前に停止する。
(2)ヘリウムガスを1300Paの圧力で導入すると、レーザー照射後10µsの間シリコン試料表面から6mmの位置に高輝度の発光像が観測された。その後15µsまで発光像が振動していることも観測された。この発光は、シリコン蒸気がヘリウム気相の混合領域、すなわち、クラスター成長領域が閉じ込められて高密度になったことにより発光したものである。発光強度分布は非常にシャープであり、最高強度から0.4mmずれると発光強度が減衰する。すなわち、クラスター成長領域は、0.4mm幅の領域に15µs以上にわたって閉じ込められたことが観察された。図2を参照。
(3)シリコン蒸気波面で時空間的局所領域に閉じ込められた混合ガス相では、温度と気相密度の均一な状態が形成される。これにより、クラスター成長の条件が一律に規定でき、サイズ、電子状態、結晶構造などの内部構造の揃った機能性クラスタービームの生成を可能にする。
(4)クラスター成長の熱力学的条件と閉じ込め時間を調整することによって任意のサイズのクラスタービームを生成しうる。
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図1 新原理の「時空間閉じ込め型 機能性クラスタービーム源」
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図2 クラスター成長領域の時空間的閉じ込めに成功
ヘリウム圧の高い(a)では閉じ込めに成功している(クラスター成長領域=蒸気波面)が、
ヘリウム圧の小さい(b)では閉じ込めが起こらない。
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今後、サイズの揃ったクラスタービームの取り出し実験、及び、結晶基板上への蒸着によるクラスターの長距離秩序の形成の観測実験を進める予定である。
クラスターはナノメートルスケールの安定した結晶構造を持ち、表面積率が高いので化学反応性や光感度に優れているという特徴を持つ。クラスターのサイズ、電子状態、結晶構造などが揃った機能性クラスタービームは、薄膜生成プロセスにおいて高精度のナノレベル微細構造制御を可能にし、情報インフラ技術やエネルギー技術などの幅広い分野にわたり利用が期待される。具体的には、薄膜太陽電池における微粒子の制御、磁気記録メディアの高密度化などへの応用が挙げられる。