独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下、「産総研」という)シナジーマテリアル研究センター【センター長 神崎 修三】環境認識材料チーム【チーム長 村山 宣光】では、シックハウス症候群の原因とされるVOCガスに対して高い選択性を有する新規な抵抗変化型センサ材料を開発した。この材料は電気抵抗値が変化することで応答するため、各種VOCを簡便に検知するリアルタイムモニタリングデバイスへの応用が期待できる。
これまで実用化されている抵抗変化型のVOCセンサでは、ガス選択性が実現されておらず、優れた選択性を有する材料開発が望まれていた。産総研では、有機無機ハイブリッド材料に注目し、ガスセンサに必要な分子認識機能と信号変換機能をそれぞれ有機化合物と無機化合物に分担させることで高い選択性を実現するという新しいコンセプトを提案すると共に、今回このコンセプトに基づいて材料設計及び合成を行い、VOCに対して高い選択性を有するセンサ材料を見いだした【図1】。
今回開発した材料は、無機層状化合物に有機化合物がインターカレートした化合物である。室温でセンシング機能を発現すると共に、シックハウス症候群で問題となっているホルムアルデヒドに対しては特異的に応答するが、トルエンに対しては応答しないという優れた選択性を発現する。今後、実用化へ向け、高感度化を図ると共に耐久性について様々な評価を行う予定である。
|
図1 有機無機ハイブリッドセンサのコンセプト
|
近年住宅の高気密化に伴い、建材、家具、塗料、接着剤などから放出されるVOC(揮発性有機化合物)によるシックハウス症候群が問題となっている。2001年に厚生労働省は、代表的なVOCの一つであるホルムアルデヒドの室内環境基準値をWHO(世界保健機構)の基準に従い、0.08ppmに定めた。また文部科学省では2002年に学校環境を衛生的に維持するためのガイドラインである「学校環境衛生の基準」において、学校における室内VOC濃度検査の実施およびその基準値を通知している。さらに国土交通省は本年7月1日、建築基準法改正によるシックハウス対策をスタートさせるなど、いくつかのVOCについては、濃度測定における公定法が定められている。しかしながら従来のVOC検出器では、ガス選択性に乏しい、検出時間が長い、大型である、あるいは高価であるなどの問題点を抱えているのが現状で、現場での簡便な各種VOC測定を可能とするリアルタイムモニタリング小型センサデバイスの開発が望まれている。この様なニーズに応えるためには、検知したいガス成分のみを選択的に検出することができるVOCセンサの開発が必要となる。
従来、酸化スズなどの酸化物半導体を利用したVOCセンサが一般的に用いられてきたが、その検出原理から各種VOCガスに対する選択性の付与は容易ではない。現在実用化されている酸化物半導体を用いたVOCセンサは、数十種類のVOCのトータル量を検知するものであり、選択性の実現には至っていない。一方、導電性ポリマーを用いたVOCセンサの開発も報告されており、酸化物半導体センサに比べ選択性の向上が見られるもののいまだ不十分であると共に、長期安定性および熱的安定性の改善も大きな課題となっていることから、求められる材料の開発には至っていない。
産総研 シナジーマテリアル研究センター 環境認識材料チームでは、各種ガスセンサ材料の開発を行う中、VOCガスに対して高い選択性を有するセンサ材料の開発に取り組んできた。特に有機無機ハイブリッド材料に注目し、ガスセンサに必要な分子認識機能と信号変換機能をそれぞれ有機化合物と無機化合物に分担させることで高い選択性を実現するというまったく新しいコンセプトを提案した。今回このコンセプトに基づいて材料設計を行い、無機層状化合物に有機化合物がインターカレートした化合物を合成した。この化合物の室温における1000ppm濃度の各種VOCガスに対するセンサ感度(Rg/Ra: Raは空気中での抵抗値、Rgはガス雰囲気中での抵抗値)を図2に示す。代表的なVOCであるホルムアルデヒドとトルエンに注目すると、ホルムアルデヒドに対しては特異的に高い感度を示すのに対して、トルエンにはまったく応答しない。VOCに対するセンサ応答は可逆的であり、VOCガスが存在しない雰囲気に戻すと電気抵抗値は初期値に戻るため、リアルタイムモニタリングのためのセンサデバイスへの応用が期待できる。さらに特筆すべき点は、有機化合物と無機化合物の組み合わせの多様性であり、この組み合わせを変化させることで、特定VOCガス種のみに応答するセンサ材料が創成できる可能性を秘めている。
|
図2 センサの各種VOCガスに対する選択性
|
有機化合物と無機化合物の組み合わせを種々変化させ、高感度化を含めさらなる高性能化を図ると共に、耐久性についても様々な評価を行うことで実用化への目途をつける。