川崎重工業株式会社【代表取締役社長 田﨑 雅元】(以下「川崎重工」という)、東急建設株式会社【代表取締役社長 落合 和雄】(以下「東急建設」という)、独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は共同で、人間型ロボット(HRP-1S)を遠隔操作し、振動のある産業車両(バックホウ)を、屋外で、着座姿勢のまま代行運転(走行・掘削)させることに世界で初めて成功した。
さらに、雨や埃からロボットを守る保護ウェアを着用させての動作制御を実現し、世界で初めて雨天時でも屋外作業に従事可能とした。
本成果は、遠隔から人間型ロボットの全身の動きを指示する「遠隔操作手法」及び遠隔操作を行うための装置である「遠隔操作システム」(川崎重工が担当)、人間型ロボットを着座の衝撃や雨・埃等の自然環境から保護する「保護技術」(東急建設が担当)、自律制御による転倒防止対策等を行いながら人間型ロボットの全身動作を制御する「全身動作制御技術」(産総研知能システム研究部門 横井主任研究員らが担当)を開発することにより実現したものである。
これまで、危険な作業空間や悪環境下においてバックホウなどの産業車両の操作が求められる現場では、車両本体をロボット化する試みが数多く行われてきた。これに対し、人間型ロボットを用いて産業車両を代行運転させるということは、1.運転のみでなく、それに付随した作業(下車しての現場確認、簡単な修理等)を実施可能とすることや、2.車両自体を改造することなく全ての産業車両のロボット化が可能となるなどの利点がある。なお、本研究グループは、既に同システムを用いて「立ち姿勢運転型フォークリフトの代行運転」に成功しており、今回の成功と合わせて、2.の人間型ロボットの汎用性を証明したことになる。
また、他の仕事に従事している人間型ロボットを必要に応じて代行運転に使用できれば、トータルな人間型ロボットのマーケットが拡大し、その生産コストや運用コストの低減も期待できる。
今回、市販されている産業車両(バックホウ)を、人間型ロボットが遠隔操作によって代行運転(走行・掘削作業)できたことは、人間型ロボットが人と同様に働ける可能性を示す大きな成果である。また、人間型ロボットに保護ウェアを着せることにより、雨天時の屋外作業も従事可能としたことは、ロボットが仕事を行う環境の拡大に繋がり、これらの両面から、本成果は働く人間型ロボットの実用化に大きく貢献するものと期待される。
今後は、遠隔操作の無線化や、乗り込み動作の実現等を図るとともに、実際の工事に準じた試験を行い、作業性や生産性の評価を実施し、働く人間型ロボットの実現をさらに加速したいと考えている。
本研究開発は、経済産業省が1998年から5年計画で実施中の「人間協調・共存型ロボットシステム研究開発(Humanoid Robotics Project、以下「HRP」という)」【プロジェクトリーダー 井上 博允 東京大学教授】の一環として、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)【理事長 牧野 力】から委託を受け実施されているものである。なお、財団法人製造科学技術センター(MSTC)【理事長 亀井 俊郎】がHRP全体の管理法人を担当している。
我が国の産業用ロボットの市場規模は世界最大であるとは言え、1980年代から年間5,000億円~6,000億円程度で横ばい状態にある。その最大の理由は、ロボットが出来る仕事の種類が増えなかったことと、出来る仕事を増やせるほど技術革新が進まなかったことである。
ところが、1996年に本田技研株式会社【取締役社長 吉野 浩行】(以下、「本田技研」という)が人間型ロボットP2を発表して以来、幾つかの人間型ロボットが開発され、人間型ロボットは一つの技術エポックを迎えている。最近でも、本田技研がASIMO、ソニー株式会社【会長兼CEO 出井 伸之】がSDR-4Xを発表し、ASIMOはイベント用にレンタルされ始めている。しかしながら、これらのロボットの利用目的は、現在までのところエンターティメント分野に特化されており、「仕事をする人間型ロボット」を志向したものとはなっていない。ロボットの市場規模を飛躍的に拡大するためには、ロボットが出来る仕事の種類を大きく増やすこととロボットが仕事を行う環境を拡大することが必要である
HRPは、人間型ロボットの応用事例を研究することにより、働く人間型ロボットの実現可能性を世の中に示すことを目的としている。20世紀最大の商品の一つは自動車であったが、人間型ロボットは21世紀最大の商品の一つになる可能性を秘めており、HRPはその第一歩となるものと期待されている。この様な背景の下で、市販されている産業車両(バックホウ)を、人間型ロボットに遠隔操作することで運転させ、走行・掘削作業を実現したということは、人間型ロボットが人と同様に働ける可能性を示す大きな成果である。
また、人間型ロボットに保護ウェアを着せることにより、雨天時の屋外作業も従事可能としたことは、ロボットが仕事を行う環境の拡大に繋がり、これらの両面から、本成果は働く人間型ロボットの実用化に大きく貢献するものと期待される。
さらに、災害復旧現場などの危険な作業空間や土木建設現場などの悪環境下で、人間型ロボットを汎用の産業車両(建設機械・運搬機械)に乗り込ませて、安全な環境にある場所から代行運転させることができれば、悪環境下での災害復旧作業や土木建設作業などを安全かつ円滑に行うことが可能となり、この点からも社会的な貢献は大きい。
HRPは、1998年から5年計画のプロジェクトで、前期2年間で研究の共通基盤となるプラットフォームを開発し、後期3年間でプラットフォームを用いた応用研究を実施中である。今回発表したのは、応用研究テーマの一つである「産業車両等代行運転応用ロボットシステムの研究開発」の成果である。
本研究グループは、既に同じ人間型ロボットと遠隔操作装置を用いて「立ち姿勢運転型フォークリフトの代行運転」に成功しており、2002年3月末に行われた「ROBODEX2002」においてデモを行っている。今回は、人間型ロボットを用いた代行運転の汎用性を示すために、まったく運転姿勢の異なる「着座姿勢運転型バックホウの代行運転」に挑戦した。
今回開発した各技術の特長は、以下のとおりである。
○遠隔操作手法の特長(担当:川崎重工)
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バックホウなどの着座姿勢運転型産業車両への「乗り込み動作」「着座動作」「着座時の安定性を増すために着座後に足を前に出す動作」「各種レバー操作」などの指示が行える。
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ロボットが行う作業の動作内容に応じたロボット全身の動作パターンを事前に生成し、動作指令として実行する「オート制御方式」、操作者が直感的に指示し易いマスタスレーブ方式で、腕や脚の動作を指示する「マニュアル制御方式」、マニュアル制御方式に部分的に視覚補助機能等のセンサーフィードバックによる自律機能を用いる「セミオート制御方式」の3方式を使い分けることができる。
○遠隔操作システムの特長(担当:川崎重工)
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遠隔操作システムは、ロボットのアームの動きを指示すると同時にロボットのアームにかかる力やモーメントを操作者に提示することができる「マスターアーム」2台と、脚部を制御する「マスターフット」、そしてマスターアームとマスターフットを統合制御する「制御装置」から構成される。
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これらの機器は作業現場への運搬のため、20kg以下に分割し、専用ケースに収納できるなど、可搬性に対する考慮がなされている。
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ロボットを遠隔操作する際、ロボットに搭載したステレオカメラからの映像を操作者に高臨場感で提示するために、「3次元映像提示システム」を使用する。
○保護技術の特長(担当:東急建設)
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屋外で使用されている産業車両を代行運転するために、機械振動や衝撃からロボットを保護し、座席からの脱落を防止するロボット専用の「代行運転用着座シート」と、雨や埃からロボットを守り、屋外で作業することを可能にする「作業用保護ウェア」を開発した。
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「作業用保護ウェア」は、ロボットの発する熱を外部に放出し易くするとともに、可動範囲や動作性能に影響を与えない素材・構造を採用している。
○全身動作制御技術の特長(担当:産総研)
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ロボットの各部位を遠隔操作システムからの信号に従い自在に動かすことができるとともに、安定制御系によりロボット自身が自律的に安定性を確保することが可能である。
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産業車両の運転席への着座等で必要となる不安定な転倒状態を生成するために、この安定制御系を切ることも可能である。
これらの技術開発により、人間型ロボットを遠隔操作し、屋外においての産業車両(バックホウ)の走行、土砂掘削作業を実現した。なお、今回使用した人間型ロボットは、HRP前期で本田技研が製作した人間型ロボットプラットフォームHRP-1に、産総研が製作した全身動作制御ソフトウェアを搭載したHRP-1Sである。
今後は、遠隔操作の無線化や、乗り込み動作の実現等を図るとともに、実際の工事に準じた試験を行い、人間型ロボットを介して産業機械を運転した場合の作業性や生産性の評価を実施していく予定である。