独立行政法人 産業技術総合研究所【 理事長 吉川 弘之 】(以下「産総研」という)次世代光工学研究ラボ【ラボ長 富永 淳二】は、酸化銀薄膜を真空中で水素雰囲気還元することによって、20-30nmの均一直径を有する銀ナノ粒子およびナノワイヤー集合体を、ポリカーボネート製光ディスク基板上に3次元的に形成する技術を開発した。
従来の銀ナノ粒子・ナノワイヤー作製には、水溶液中で銀イオンを凝集させ加熱生成する方法、あるいは真空蒸着法により基板表面に2次元の島状構造を作製した後、熱処理を行う方法などが一般的に行われてきた。しかしながら、凝集ムラの発生や2次元島状構造の不均一性によって広面積に均一形成できないこと、さらにはプラスチック等の低融点材料表面上に成膜できないことなどで、銀ナノ粒子を用いる光デバイスの利用が制限されてきた。
今回、産総研 次世代光工学研究ラボ が開発した「酸化銀薄膜の真空水素雰囲気還元処理法」は、酸化銀が成膜された基板を加熱することなく、常温で20-30nmの均一な銀ナノ粒子・ナノワイヤーを5分程度で均一形成できる。さらに、これまで真空成膜では不可能であった3次元的なナノ粒子形成が可能であることから、次世代の超高密度光記録のナノピットからの光電場増強読み出しや、フォトニック結晶等への応用が広く期待される。
なお、本研究の詳細な実験結果は、2002年9月16日~19日にわたってスイスで開催される「マイクロ、ナノ工学国際会議(Micro- and Nano-Engineering 2002:MNE 2002)」にて発表する予定である。
貴金属ナノ粒子・ナノワイヤーは、「化学反応を促進する触媒」「単一電子を利用する次世代電子デバイス」あるいは「ナノ粒子表面に発生する局在プラズモン光と呼ばれる電場増強を利用した光デバイス」への応用が期待されている。合成法としては、化学的には水素還元法(金属錯体を水溶液中で凝集させ加熱生成する方法)、物理的には真空蒸着法(真空成膜初期の2次元の島状構造を利用して熱処理を行う方法)が一般的である。しかしながら、これらの合成法には、水溶液中で水素還元した後でナノ粒子を目的とする材料表面にコーティングする場合、部分的に凝集が発生し均一に形成できないことや、島状構造を2次元的に形成できても3次元的に積層できない等の問題があり、短時間でしかも広面積に形成するためには多くの課題があった。
今回、産総研 次世代光工学研究ラボ が開発した新技術は、次世代の超高密度光記録において利用されるナノピット(ナノメーター径の微小ピット)からの微弱信号を、銀ナノ粒子あるいはナノワイヤー間に発生する強力な電場増強(局在プラズモン増強効果)を利用して増幅し、信号再生を可能にすることを目的として開発されたものである。
新技術による銀ナノ粒子およびナノワイヤーの形成には、真空成膜法によって作製した酸化銀薄膜を用いた。酸化銀薄膜は、近年スーパーレンズと呼ばれる超高密度光ディスクの読み出し層として研究開発が行われているものである。酸化銀薄膜の組成は、成膜時の酸素ガス流量によって制御可能であり、銀を多く含むものから酸素を多く含む組成を簡単に合成できる。酸化銀薄膜を成膜する基板には、Si、SiO2、ポリカーボネート製光ディスク基板を用いた。真空成膜法で作製した酸化銀薄膜(膜厚約100-200nm)を、反応性イオンエッチング装置とよばれる真空容器に設置し、水素と酸素のガス流量比を変化させながら酸化銀薄膜の水素還元条件を検討した。なお、このとき水素還元に先立って、真空容器を一旦フッ素を含む反応性ガスで前処理している。
酸化銀薄膜をSi基板上に200nm成膜した後、水素と酸素の混合比率を3:1に設定し、5分間の水素還元処理を行った実験結果の走査型電子顕微鏡写真を【図1】に示す。本電子顕微鏡写真および光学的な銀のプラズモン共鳴吸収が確認できたことから、酸化銀の水素還元によって銀ナノ粒子が3次元的に形成できたことを確認した。
図1 水素-酸素比(3:1)で5分間還元処理を行った銀ナノ粒子集合体
【 3次元的に銀ナノ粒子が均一に凝集していることが確認できる 】
【 ナノ粒子の直径は均一で20nm~30nmである 】(右下は拡大写真)
つぎにポリカーボネート製光ディスク基板上に、DVD等の光ディスク用に用いられる誘電体材料を20nm成膜した後、同様に酸化銀薄膜を100nm成膜し、約2分間の水素還元を行った結果を【図2】に示す。この時、水素と酸素流量比を4:1とした。光ディスクの記録面の半径約25mmから55mmにわたって均一にナノワイヤーが形成できた。ナノワイヤーの直径は約30nm。ワイヤー間は10nm程度のスペースをもっており、強力な光電場増強効果が期待できる。
図2 水素-酸素比(4:1)で約2分間還元処理を行った光ディスク基板表面
【 銀ナノワイヤーが形成していることが確認できる 】
【 ナノワイヤーの直径は均一で、約30nmである 】(右下は拡大写真)
前述の条件で作製した光ディスク上に、実際に赤色レーザーで記録を行い、ナノワイヤー間に発生する局在プラズモン光を利用して微小記録マークの読み出し特性を評価した。但し、作製した光ディスクには、ディスク表面に誘電体と銀ナノワイヤー膜のみで記録層はない。成膜した光ディスクの写真と、記録部分の電子顕微鏡写真を【図3】に示す。200nmのマーク記録部分は、ナノワイヤー密度が変化していることが確認できる。記録した信号を読み出したところ、0.5mW程度の低パワーにおいても、光の回折限界より小さい200nmのマーク信号が高感度で読み出せることが確認できた。これは従来のスーパーレンズの読み出しレーザー強度である4.0mWの約1/8で、最適読み出しパワーも2.0-2.5mWに低減できることが確認できた。
図3 水素-酸素比(4:1)で約2分間還元処理を行った光ディスク(a)に、
200nm径の光記録を行った後のSEM像(b)(右下は拡大写真)
【 記録した部分のナノワイヤー密度が上がっている 】
以上の結果が示すように、酸化銀薄膜の真空水素雰囲気還元処理法は、短時間(5分以下)で、かつ広面積に銀ナノ粒子・ナノワイヤーを安定に供給できる技術であり、今後の応用が期待できる。
本成果によって、銀ナノ粒子およびナノワイヤーの3次元形成が可能となったが、将来の超高密度光記録、フォトニック結晶への応用において、粒子およびワイヤーの配向制御やナノ粒子結晶制御技術が必要となるであろう。今後はこうした課題をクリアする必要がある。