独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクロジー研究部門【部門長 横山 浩】メゾテクノロジー連携研究体【体長 中山 景次】は、摩擦接触点の隙間に発生するマイクロスケールのプラズマ(マイクロプラズマ)を発見し、その全体像の撮影に世界で初めて成功した。この成果は、日常生活における不可解な現象や、産業界の難解な摩擦・潤滑諸問題の解決に道を拓くとともに、摩擦の科学技術(トライボロジー)に新たな1ページを拓いたといえる。
○このマイクロプラズマは、産総研の 中山体長 がその存在を提唱してきたものであり、これまで摩擦熱のみでは説明しきれなかった難解なトライボロジー諸問題の解決の鍵となると期待される。今回のマイクロプラズマの発見により、その存在が証明され、疑いないものとなった。
○この成果は、トライボロジー問題における全く新しい概念を提唱するものであり、この分野に歴史的な1ページを拓いたといえる。
○このプラズマは2cm/sという低速度でも観察され、指で擦ったり、引っ掻いたりしても発生し、日常生活において、我々は気付かずに絶えずマイクロプラズマとともにあることを示した点で重要である。乗用車のガソリンタンクのキャップを緩めた際に発生する不可解な静電気的摩擦発火事故の原因の一つである可能性も考えられ、今後重要なテーマとなるであろう。
○このプラズマは、コンピュータのハードディスクのヘッドに加わる3gという極めて低荷重においても観察され、今後、複写機やマイクロマシン、磁気記録システムなどの摩擦を伴う次世代超小型精密機器の重要技術開発に大きく関わっていくものと考えられる。
なお、当該マイクロプラズマは、文部科学省革新的技術開発ミレニアムプロジェクト「大容量高信頼性磁気記録システムの開発に関する研究【研究代表者:中山 景次、平成12年度~14年度】」において、コンピュータのハードディスクドライブのヘッドと磁気ディスクの摩擦試験中に発見された。
当マイクロプラズマの発見の詳細は、2002年6月21日付けで掲載の下記論文に掲載されている。
「"Plasma generation in a gap of sliding contact", Journal of Physics D: Applied Physics, K. Nakayama and R.A. Nevsyoupa, 35 (2002)L53-L56.」
1947年、英国ケンブリッジ大学において摩擦面に発生する閃光温度が観測されて以来、摩擦面の諸現象は摩擦による温度上昇により解析され説明されてきた。しかしながら、温度のみでは説明しきれない不可解な現象が数多く観察され、温度以外の不明な高エネルギー状態が摩擦面とその近傍に発生していることが示唆されてきた。
これに対し産総研においては、摩擦面からの電子、イオン、フォトン(光)などのエネルギー性粒子放出現象を観察できる計測装置を開発し、エネルギー性粒子放出の特性究明を通じて「摩擦接触点の近傍にマイクロプラズマが発生している」とする結論に達し、その発生機構として図2に示す気体放電マイクロプラズマモデル(1995年)を提唱した。
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図2 放電マイクロプラズマモデル
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図3に、マイクロプラズマ像の計測に世界で初めて成功した計測装置の概観と原理図を示す。本装置は、マイクロプラズマから放出されるフォトン(光)の平面二次元分布像(プラズマの平面像)を回転するディスクを通して裏面より計測することに成功した装置である。プラズマから放出された微弱な光を光学顕微鏡にて拡大し、高感度CCDカメラ上に結像し、コンピュータ処理によりプラズマ像を表示する。
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図3 マイクロプラズマ像計測装置
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図1は、半球状のダイヤモンドピン(先端半径300µm)とサファイヤディスク(厚さ1mm)の摩擦接触点の間隙に発生するプラズマをディスクを通して裏面から計測したプラズマの平面像である。このように、プラズマは、接触点の後方に長径100µm以上の大きさで100µm以上の長さの尾をもって彗星状に広がり、接触点の外側で強い光を放射していた。すなわち、プラズマは接触点の外側に発生していた。このことは、光は摩擦発熱により接触点より放出されるとする従来の考えを大転換しなければならないことを示す。
紫外光のみを透過する光学フィルターを通して、紫外光で見るとこのプラズマの内部には図4のような馬蹄形が発生していた。さらに、この紫外光のスペクトル解析によって、気体放電マイクロプラズマモデルが実証された。
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図4 プラズマの紫外光像
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一方、図5は顕微鏡の光軸を水平にし、接触点の側方より計測したプラズマの側面像である。顕微鏡の光軸が水平より僅かに上に傾いていたため、ディスク表面での反射像(水平線より下方の像)も同時に撮影されているが、プラズマが摩擦接触点の隙間に発生していることが明瞭に見てとれる。
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図5 プラズマの側面像
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さらに、プラズマの
動画撮影にも成功した。この動画より、
プラズマの形と発生分布が時間とともに変動することが分かった。このプラズマは、上述したように2cm/sという低速度、3gという低荷重でも観察され、さらに、絶縁体、半導体、金属酸化膜を含む
ほとんどあらゆる材料の摩擦に伴い発生することが分かった。これらのことは、我々の
日常生活や産業界活動の多くの場合において
“摩擦のあるところマイクロプラズマあり”といえる根拠である。
このマイクロプラズマの発見により、新たな観点からの摩擦現象や帯電現象の解明に結びつくとともに、様々な機械部品の信頼性の向上技術に役立つと期待される。新たな学問領域が開拓され、様々な応用技術の道が大きく拓かれるであろう。