独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 環境調和技術研究部門【部門長 春田 正毅】内丸 祐子 主任研究員は、「ボラジン」と「ケイ素化合物」とが交互に連結されたネットワーク構造のポリマー(ボラジン-ケイ素ポリマー)【図1】を合成することに成功し、技術研究組合 超先端電子技術開発機構【理事長 町田 勝彦】(以下「ASET」という)井上 正巳 主幹研究員との共同で、薄膜化し、超大規模集積回路(ULSI)半導体デバイスの多層配線用層間絶縁膜材料への適用を検討した結果、次々世代半導体規格を実現する為に必要な比誘電率2.1以下を示すことを実証した。【図2】
さらに、本材料を絶縁層のハードマスク材として用いて低誘電率有機高分子材料の加工を行うと、次々世代半導体規格である配線線幅70ナノメートル(10万分の7ミリメートル;現行の工業製品の規格は200ナノメートル)の配線技術に必要な層間絶縁層の実効的誘電率2.7を実現できることも実証した。
くわえて、本材料の微細加工(エッチング)工程では、地球温暖化ガスであるフロン系ガスを必要としないので、環境に優しい脱フロンの半導体プロセスの実現も期待される材料である。
なお、本材料は、半導体絶縁膜材料として電気的特性、耐熱性、機械的特性に優れているだけでなく、光学的特性も併せ持つ新材料であり、光学材料としての用途も期待される。
本研究成果は、2002年4月1日から米国サンフランシスコで開催される「米国材料学会“2002 MRS Spring Meeting”」及び2002年6月に米国で開催される「国際半導体技術フォーラム“International SEMATECH Ultra Low k Workshop”」で報告される予定である。
より高度な情報化社会を実現するためには、ULSI半導体デバイスの高集積化・高速化が不可欠である。そのためには、ULSIで使用している多層配線用の層間絶縁膜を低誘電率化して、配線間に蓄積される電気容量を低減させることが必要であるが、従来の材料やプロセスでは、次世代・次々世代半導体規格に対応できなかった。
ULSI半導体デバイスの高集積化のためには、半導体基板の上に何層も配線を形成する多層配線技術が用いられる。その上で、高速化を図るための配線材料としては、現在のアルミニウム・銅合金よりも抵抗の低い銅を用いる方法が検討されつつあるが、多層配線間の層間絶縁膜については、従来の素材の性能を大きく凌ぐ新規高性能絶縁膜の開発によるブレークスルーが望まれてきた。しかし、比誘電率の低い有機高分子材料でも、従来用いられている無機材料でも、次々世代半導体規格の実用化に必要な諸条件を満たす材料は未だ開発されていなかった。
また、現行の層間絶縁膜を用いる微細加工プロセスでは、地球温暖化係数の非常に大きいフロン系ガスが大量に使用されており、地球環境保全の面からもフロン系ガスを必要としない新規な層間絶縁膜材料やその微細加工技術の実現が望まれている。
産総研では、有機ケイ素ポリマーなど有機無機ハイブリッド系の環境調和型新規材料の創製技術を開発してきた。一方ASETでは、次世代半導体開発におけるフロン系エッチングガスの使用量を削減したプロセスや、フロン系エッチングガスを用いない多層配線技術を開発してきた。
○半導体集積回路の高集積化・高速化のために、低誘電率高分子材料を用いる新規高性能絶縁膜の開発が望まれている。
多層配線間の層間絶縁膜材料として従来用いられてきた無機材料(シリコン酸化物系など)を用いて、回路の配線線幅を現行の200ナノメートルからより細くするためには、多孔質化により密度を下げて低誘電率化を図ることが必要となり、そのために機械的強度が低下することが問題である。また、現在、検討されている比誘電率の低い有機高分子材料は、耐熱性や機械的強度が劣るので実用化に至っていない。これらの諸条件を満たす材料を早期に開発することは、次々世代ULSIを製造するための必須課題である。
○簡便な塗布法(スピンコート)で薄膜化でき、比誘電率特性に優れる。
産総研では、世界で初めて、「ボラジン」と「ケイ素化合物」とが交互に連結されたネットワーク構造のポリマーを開発した。このボラジン-ケイ素ポリマーをASETと共同で薄膜化し、絶縁膜材料として検討したところ、本材料は次々世代半導体の層間絶縁膜材料として必要な2.1以下の比誘電率を示すことが実証された。
○優れた機械的特性、耐熱性、光学的特性も併せ持つ新材料。
本材料をナノインデンテーション法で評価したところ、硬度1.0ギガパスカル、弾性率15ギガパスカルと、絶縁膜の実用に耐える機械的特性を示した。また代表的な耐熱性有機高分子材料であるポリイミドと、本材料の耐熱性を比べても、本材料は空気中で1%重量減少温度が405℃、5%で564℃(ポリイミドはいずれも400℃台)と十分に高い安定性を有する。さらに、本材料の屈折率1.46(観測波長633ナノメートル)は、光学材料として幅広く利用されているポリメチルメタクリレートの1.51よりもさらに小さな値であった。半導体絶縁膜材料としてのみならず、光学材料としての用途も期待される。
○有機絶縁膜のハードマスク材料としても理想的。
本材料は、有機高分子絶縁膜と比較して水素・窒素混合ガスを用いたプラズマエッチングでのエッチング速度が十分に遅い(代表的な有機高分子絶縁膜材料の一つであるSiLK(ダウ・ケミカル社)に対して、本材料は1/7以下のエッチング速度)。そこで本材料を有機絶縁膜の上に塗布して、エッチング試験を行ったところ、ハードマスク材としても有用であることが確認された。本材料は比誘電率4のシリカなどの無機材料に比較して比誘電率も大幅に低く、フロン系ガスをエッチングガスに用いることもないので、絶縁膜としてのみならず、理想的なハードマスク材料としても期待される。
○半導体微細加工(エッチング)工程での地球温暖化ガス使用量の削減に貢献。
現行使われている層間絶縁膜のエッチングプロセスでは、地球温暖化係数が大きいフロン系ガスが大量に使用されており、フロン系ガスを必要としない新規な層間絶縁膜材料やプロセスの実現が望まれている。本材料は、塩素ガスで4000 Å/minという実用的な速度でエッチングされることが実証された。塩素ガスは、現行のプロセスで金属配線のエッチングガスに用いられており、回収技術が確立している。これにより、フロン系ガスをまったく使用せずに製造できる環境に優しい脱フロンの多層配線技術の構築に道を拓くものである。
今後、このボラジン-ケイ素ポリマー材料のさらなる比誘電率の低減と機械強度の増強に向けて、分子構造の最適化と保存安定化の検討を行うとともに、本材料を用いた集積化技術(インテグレーション)を開発し、さらに配線試験を行い、実用化を推し進める。