独立行政法人 産業技術総合研究所【 理事長 吉川 弘之 】の脳神経情報研究部門【 部門長 河野 憲二 】は、モデル生物である線虫の遺伝子疾患を用いて、筋肉細胞による神経活性調節の鍵をにぎる新規遺伝子の同定とその調節機構の解明に成功した。
本成果によって、人の重症筋無力症等の疾患症状の理解が大幅に進むと期待される。
なお、本成果は、平成14年1月17日に発行される『 Neuron(ニューロン)誌 』に掲載される。
神経は、筋肉や内臓器官の活性を制御し、動物が生きていく上で、極めて重要な情報伝達を行っている。このような制御は「順行性伝達」と呼ばれ、一方向であると考えられがちであるが、筋肉や内臓器官が、神経活性を制御する「逆行性伝達」という現象も知られている【図1】。逆行性伝達は、筋肉や内臓器官からの神経へのフィードバック機構と考えられ、神経活性制御の重要な機構の一つである。また、逆行性伝達は末梢神経系だけでなく、中枢神経系の可塑性(記憶や学習)に極めて重要な役割を果たすことが知られており、機構解明は神経科学において重要な研究課題である。
順行性伝達 |
逆行性伝達 |
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神経細胞 |
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筋肉・内臓器官 |
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図1.二方向性神経伝達 |
人の筋肉等のシナプス後細胞からの逆行性シグナル放出機構については不明な点が多い。脳神経情報研究部門 脳遺伝子研究グループ 岩崎 幸一 主任研究員の研究チームでは、線虫というモデル生物を用いて、逆行性神経伝達の制御をする新規遺伝子の同定に成功し、そのシグナル放出機構を解明した。本研究チームでは、モデル生物である線虫の神経伝達異常を引き起こす遺伝子疾患を手がかりに、遺伝子導入法を用いて線虫での遺伝子治療を行い、原因遺伝子を同定した。『 AEX-1 』と名づけられた遺伝子の機能により、筋肉や内臓器官からの逆行性シグナルが放出される【図2】。このシグナルが神経細胞に伝えられると、神経末梢で順行性伝達を制御するタンパク質である『 UNC-13 』の局在に変化が起こり、神経末梢からの神経伝達物質放出量が調節されることが世界で初めて明らかにされた。
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図2.神経筋接合部での相互活性制御の機構 |
神経と筋肉・内臓器官等の間では、このような相互作用により、それぞれの細胞活性を制御し合っていると考えられ、人の疾患である重症筋無力症等でも逆行性神経伝達の重要性が示されている。今後は、同様の機能をもつ人の相同遺伝子の解析と、重症筋無力症等の疾患症状の解明および、これら疾患のための新薬探索等を進める予定である。