独立行政法人 産業技術総合研究所【 理事長 吉川 弘之 】(以下「産総研」という)グリーンプロセス研究ラボ【 ラボ長 田中 正人 】は、触媒として重要な貴金属パラジウムが、ケイ素原子を結合させることにより、六価という高酸化状態を安定に取りうることを世界で初めて明らかにした。パラジウムは、従来、低酸化状態で触媒機能を発揮することが知られているが、このたび発見した高酸化状態のパラジウムを積極的に利用することによって、従来にない画期的な触媒反応の開発が期待され、ケイ素系高分子材料の効率的かつ環境に調和した合成手法の開発に繋がるものと思われる。
本成果は、Science 誌( 2002年1月11日発行 VOL 295 )※に掲載された。
ケイ素系高分子材料は、次世代の電子材料、光機能材料、耐熱性材料等、幅広い分野で期待されているが、合成法が極めて限られていた。そこで産総研では、有機化合物の合成に有用な遷移金属触媒を、ケイ素系高分子材料の合成に応用する研究を行ってきた。今回、その過程において、ヒドロシランというケイ素化合物を、パラジウム触媒と反応させると、これまで知られていなかったパラジウムの新しい高酸化状態が安定に形成されることを発見した。パラジウムは、酸化されにくい貴金属で、低酸化状態を取ることが広く知られているが、今回の発見は、触媒として大変重要なパラジウムの最も基本的な性質に、新たな一面を付加する重要な成果である。
産総研では、パラジウム以外の触媒(白金やニッケル)においても、ケイ素化合物との反応により高酸化状態が形成されることを発見しており、高酸化状態の遷移金属触媒が、ケイ素系高分子材料の新規合成法の鍵となると考えている。
本成果は、『産業科学技術研究開発制度:ケイ素系高分子材料研究開発プロジェクト』及び『科学技術振興事業団:戦略的基礎研究推進事業』の一環として進められた。
※ Science 誌:Synthesis and Structure of Formally Hexavalent Palladium Complexes
Wanzhi Chen(陳 万芝), Shigeru Shimada(島田 茂), Masato Tanaka(田中 正人)
Science 2002 January 11 Vol 295
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図:六価パラジウムの構造
中央のパラジウム原子(Pd)に6つのケイ素原子(Si)が結合している。
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ケイ素系高分子材料は、次世代の電子材料、光機能材料、耐熱性材料等、幅広い分野で期待されているが、有機高分子材料に比べ、合成法は極めて限られている。その大きな理由の1つは、有機化合物ではその骨格となる 炭素-炭素結合 を生成する反応が多種多様に存在するのに対し、ケイ素化合物においては、 ケイ素-ケイ素結合 を生成する実用的な反応が数種類しかないからである。高性能なケイ素系高分子材料を、効率よく合成する画期的な触媒反応の開発が期待されてきた。
産総研では、ケイ素系高分子材料を合成するための、新規合成法の開発に取り組んできた。
有機化合物の合成には遷移金属触媒が大変有用である点に着目し、これまでケイ素系高分子材料の合成にはほとんど利用されていなかった遷移金属触媒反応を中心に開発を行い、種々の新しい合成法の開発に成功している。
ケイ素-ケイ素結合生成反応としてのヒドロシランからの脱水素縮合法は、水素しか副生しないため、環境にもやさしい新しい方法として注目されている。この脱水素縮合法の研究過程で、白金、パラジウム、ニッケル触媒が、ヒドロシランとの反応により、4つのケイ素原子と結合し四価という高酸化状態を形成することを見出した。白金、パラジウム、ニッケルは、何れも触媒として重要な金属であり一般に低酸化状態を取ることが知られていたが、この現象をさらに深く追求した結果、パラジウムが六価という従来知られていなかった新しい高酸化状態を安定に維持することを突き止め、パラジウム錯体の構造解析に成功した。これら四価及び六価の金属錯体では、1つの金属に4つ又は6つのケイ素が結合しており、ケイ素-ケイ素結合 を形成する触媒反応の中間状態とみなすことができる。実際に、これらの錯体の中にはケイ素-ケイ素結合形成反応の触媒として働くものも見つかっている。
従来、パラジウム触媒は、低酸化状態で機能すると考えられていたが、ケイ素化合物の触媒反応では、高酸化状態が重要な役割を果たすことが明らかとなってきた。今回の成果はケイ素系高分子材料の新しい合成法に関する研究から得られたものであるが、パラジウムが六価という新しい高酸化状態を取りうるという、パラジウムの新たな性質の発見に繋がった。触媒開発としてはまだ基礎的な段階であるが、ケイ素系高分子材料の新しい合成法の開発において重要な指針が得られた。今後、ケイ素系高分子材料の実用的な合成法へと応用するためには、一般的な有機ヒドロシランでの触媒反応の検討が必要となる。