独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光反応制御研究センターの 荒川 裕則 センター長 と 鄒 志剛 非常勤職員 らは、可視光(太陽光の半分を占める)で水を水素と酸素に分解しクリーン燃料を製造できる酸化物半導体光触媒の開発に世界で初めて成功した。開発した光触媒はNiをドープしたInTaO4系化合物で、この化合物の構造解析には、独立行政法人 物質・材料研究機構の 葉 金花 主任研究員 の協力を得た。無尽蔵の太陽光と水からクリーンエネルギーである水素燃料を製造することは人類の夢技術の一つであり、今回、太陽光の半分を占める可視光で水を分解することに成功したことは将来の水素燃料製造技術の確立に向け大きなブレークスルーを達成したと言えるだろう。本研究成果は、自然科学系雑誌“ Nature ”12月6日号に掲載された。
○ 可視光照射下で水を水素と酸素に分解できる光触媒の開発はこれまで困難だった。
1970年代初頭のオイルショックを契機として、世界各国で光触媒による水の直接分解研究が続けられてきたが、可視光による水の光触媒分解は非常に難しく成功していなかった。
○ 産総研では、本技術を達成すべく種々の酸化物半導体光触媒の探索・研究開発を行ってきた。
光反応制御研究センターでは、水中で安定な酸化物半導体を中心として、そのバンド構造の制御技術や最適なバンド構造を持つ材料の探索について研究開発を行ってきた。
○ NiをドープしたInTaO4系酸化物半導体光触媒の開発に成功。
探索・研究開発の結果、NiドープInTaO4酸化物半導体(インジウムタンタレート)が、可視光応答性水分解触媒となることを見出した。
現在、この光触媒の水素製造効率は、水素燃料の製造に使用出来るほど良くはないため、今後効率の向上を目指し研究開発を続けていく予定である。
1970年代初頭のエネルギー危機を契機として、世界的に太陽光エネルギー変換の研究が活発に行われてきた。特に粉末光触媒を用いて水を太陽光で直接分解し水素燃料(貯蔵できるクリーンエネルギー)を製造するプロセスは、安価で簡便な方法であり、研究開発が活発に行われた。1980年に酸化チタンやチタン酸ストロンチウムなどの粉末光触媒により水が紫外線照射下で完全分解できることが明らかになって以来、水を完全分解するための光触媒研究は世界的に精力的に行われてきたが、可視光で水を分解するのは非常に難しく成功していなかった。このため、世界的には研究開発が下火になってきていたが、産総研では、旧工業技術院 物質工学工業技術研究所(以下「物質研」という)時代から、新しいクリーンエネルギー技術開発の観点で本重要研究課題について継続的な研究を行ってきている。また、最近の化石燃料由来の炭酸ガス排出により惹起される地球温暖化問題と関連して、クリーンエネルギー開発の重要性が再び指摘される状況となってきている。本技術を基に、水素燃料が安価に供給されるようになれば、エネルギー・環境問題は一挙に解決され、人類の21世紀における持続可能な発展が可能となる。
太陽光には紫外線はわずか(約3%程度)しか含まれておらず、太陽光の効率的なエネルギー変換のためには、どうしても太陽エネルギーの半分を占める可視光を利用することが不可欠な条件であり、可視光応答性の光触媒の開発が焦点となっていた。近年、酸化チタンを修飾し可視光応答性を持たせる研究も盛んに行われてきているが、これらの触媒では、純水を分解して水素と酸素を発生できる能力はなかった。
産総研では、物質研時代の1992年に炭酸塩添加法TiO2光触媒プロセスの開発により、水が太陽光により完全分解し、水素と酸素が製造できることを世界で初めて実証してきた経緯があり、それ以来、可視光応答性の光触媒プロセスの開発に焦点を当て、その開発に鋭意取り組んできた。
可視光応答性光触媒開発のアプローチの一つとして、酸化物半導体の伝導帯や価電子帯、両者の差であるバンドギャップ等のバンド構造を水の分解に適した構造に設計するという方法があり、これに基づき新しい酸化物半導体の探索と、それをベースとする触媒設計の研究開発を行ってきた。その結果、酸化物半導体としてInTaO4(インジウムタンタレート)が可視光応答性を持つと共に、そのバンド構造が水の光触媒分解に適していることを見出した。さらに光触媒の性能を上げるためInTaO4のIn(インジウム)部分への金属置換(ドーピング)を検討した結果、Ni(ニッケル)をドーピングする事により性能が向上すること、さらに、助触媒としてニッケルや酸化ルテニウムを担持することにより可視光照射下で純水を水素と酸素に完全分解(H2/O2=2)できることを世界で初めて見いだした。本酸化物半導体の構造解析には、独立行政法人 物質・材料研究機構の協力を得た。
開発されたNiO/In0.9NI0.1TaO4光触媒での水素・酸素の発生量は、各々16µmol/h・8µmol/hであり、可視光の402nmでの量子収率は0.66%とまだまだ活性は低いが、太陽光の半分を占める可視光で水を分解することに成功したことは、将来の水素燃料製造技術の確立に向けて大きなブレークスルーを達成したと言えるだろう。今後、光触媒の活性向上にむけて、表面積や触媒構造の最適化の研究開発を行って行く予定である。
光触媒構造の詳細
InTaO4 系化合物はMonoclinic 結晶構造を持ち、空間群P2/C を持ち、結晶タイプは層状Wolframiteである。 本化合物は紫外可視( UV-Vis )吸収スペクトルの測定により、可視光を吸収できる能力があることがわかった。一方、インジウムの一部を遷移金属元素ニッケル( Ni )に置換したものはIn1-xNixTaO4(0<x<0.2)で表され、同じwolfranite型結晶構造を持つが、格子定数は短くになり、UV-vis吸収スペクトル測定により吸収末端は長波長側にシフトした。また、UV-Vis吸収スペクトルから見積もったバンドキャップも示唆されるように、Niに置換したIn1-xNixTaO4は置換してないInTaO4よりバンドギャップは狭くなる。これは置換したNiが新しい価電子帯を形成することによりバンドキャップが狭くなるためと考えられる。
1.0wt% NiOx/ In0.9Ni0.1TaO4においては可視光照射下で水素・酸素が2対1の量論比で生成した。402nm カット・オフ・フィルターを通してランプをオフ、オンすることにより、触媒の可視光の応答性があることが確認された。通常の一段光励起システム(一つの光触媒で)で水を可視光完全分解した世界で初めての例である。また、水素・酸素の生成速度はNi置換量0.1の時に他に比べて高くなることが解った。これはNiに置換したIn1-xNixTaO4触媒の結晶性がx=0.1 までは安定しているためと考えられる。
現状での変換効率は非常に低い(量子収率は402nmで0.66%)が、本研究が可視光利用の光触媒開発への糸口となって研究が進むことにより光触媒活性の大幅な性能向上が期待できる。