発表・掲載日:2001/12/06

可視光で水を水素と酸素に分解

-水からクリーンエネルギーを造る新しい光触媒の開発に世界で初めて成功-

ポイント

  • 太陽光の約半分を占める可視光を用いて、水を水素と酸素に一段で分解できる光触媒の開発に世界で初めて成功した。
  • 無尽蔵の水と太陽光でクリーンな水素燃料を製造するという夢技術の実現に、一歩近づく大きなブレークスルーを達成した。
  • 光触媒は、無機酸化物半導体( インジウムタンタレート・InTaO4 )にNi( ニッケル )ドーピング処理を行い、さらに表面にNiO( 酸化ニッケル )を担持した化合物( NiOx / In0.9Ni0.1TaO4 )で構成される。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光反応制御研究センターの 荒川 裕則 センター長 と 鄒 志剛 非常勤職員 らは、可視光(太陽光の半分を占める)で水を水素と酸素に分解しクリーン燃料を製造できる酸化物半導体光触媒の開発に世界で初めて成功した。開発した光触媒はNiをドープしたInTaO4系化合物で、この化合物の構造解析には、独立行政法人 物質・材料研究機構の 葉 金花 主任研究員 の協力を得た。無尽蔵の太陽光と水からクリーンエネルギーである水素燃料を製造することは人類の夢技術の一つであり、今回、太陽光の半分を占める可視光で水を分解することに成功したことは将来の水素燃料製造技術の確立に向け大きなブレークスルーを達成したと言えるだろう。本研究成果は、自然科学系雑誌“ Nature ”12月6日号に掲載された。

○ 可視光照射下で水を水素と酸素に分解できる光触媒の開発はこれまで困難だった。
 1970年代初頭のオイルショックを契機として、世界各国で光触媒による水の直接分解研究が続けられてきたが、可視光による水の光触媒分解は非常に難しく成功していなかった。

○ 産総研では、本技術を達成すべく種々の酸化物半導体光触媒の探索・研究開発を行ってきた。
 光反応制御研究センターでは、水中で安定な酸化物半導体を中心として、そのバンド構造の制御技術や最適なバンド構造を持つ材料の探索について研究開発を行ってきた。

○ NiをドープしたInTaO4系酸化物半導体光触媒の開発に成功。
 探索・研究開発の結果、NiドープInTaO4酸化物半導体(インジウムタンタレート)が、可視光応答性水分解触媒となることを見出した。
 現在、この光触媒の水素製造効率は、水素燃料の製造に使用出来るほど良くはないため、今後効率の向上を目指し研究開発を続けていく予定である。

実験装置図
 
 
光触媒の原理(一段励起反応)図

研究の背景

 1970年代初頭のエネルギー危機を契機として、世界的に太陽光エネルギー変換の研究が活発に行われてきた。特に粉末光触媒を用いて水を太陽光で直接分解し水素燃料(貯蔵できるクリーンエネルギー)を製造するプロセスは、安価で簡便な方法であり、研究開発が活発に行われた。1980年に酸化チタンやチタン酸ストロンチウムなどの粉末光触媒により水が紫外線照射下で完全分解できることが明らかになって以来、水を完全分解するための光触媒研究は世界的に精力的に行われてきたが、可視光で水を分解するのは非常に難しく成功していなかった。このため、世界的には研究開発が下火になってきていたが、産総研では、旧工業技術院 物質工学工業技術研究所(以下「物質研」という)時代から、新しいクリーンエネルギー技術開発の観点で本重要研究課題について継続的な研究を行ってきている。また、最近の化石燃料由来の炭酸ガス排出により惹起される地球温暖化問題と関連して、クリーンエネルギー開発の重要性が再び指摘される状況となってきている。本技術を基に、水素燃料が安価に供給されるようになれば、エネルギー・環境問題は一挙に解決され、人類の21世紀における持続可能な発展が可能となる。

 太陽光には紫外線はわずか(約3%程度)しか含まれておらず、太陽光の効率的なエネルギー変換のためには、どうしても太陽エネルギーの半分を占める可視光を利用することが不可欠な条件であり、可視光応答性の光触媒の開発が焦点となっていた。近年、酸化チタンを修飾し可視光応答性を持たせる研究も盛んに行われてきているが、これらの触媒では、純水を分解して水素と酸素を発生できる能力はなかった。

研究の経緯・内容

 産総研では、物質研時代の1992年に炭酸塩添加法TiO2光触媒プロセスの開発により、水が太陽光により完全分解し、水素と酸素が製造できることを世界で初めて実証してきた経緯があり、それ以来、可視光応答性の光触媒プロセスの開発に焦点を当て、その開発に鋭意取り組んできた。

 可視光応答性光触媒開発のアプローチの一つとして、酸化物半導体の伝導帯や価電子帯、両者の差であるバンドギャップ等のバンド構造を水の分解に適した構造に設計するという方法があり、これに基づき新しい酸化物半導体の探索と、それをベースとする触媒設計の研究開発を行ってきた。その結果、酸化物半導体としてInTaO4(インジウムタンタレート)が可視光応答性を持つと共に、そのバンド構造が水の光触媒分解に適していることを見出した。さらに光触媒の性能を上げるためInTaO4のIn(インジウム)部分への金属置換(ドーピング)を検討した結果、Ni(ニッケル)をドーピングする事により性能が向上すること、さらに、助触媒としてニッケルや酸化ルテニウムを担持することにより可視光照射下で純水を水素と酸素に完全分解(H2/O2=2)できることを世界で初めて見いだした。本酸化物半導体の構造解析には、独立行政法人 物質・材料研究機構の協力を得た。

今後の予定

 開発されたNiO/In0.9NI0.1TaO4光触媒での水素・酸素の発生量は、各々16µmol/h・8µmol/hであり、可視光の402nmでの量子収率は0.66%とまだまだ活性は低いが、太陽光の半分を占める可視光で水を分解することに成功したことは、将来の水素燃料製造技術の確立に向けて大きなブレークスルーを達成したと言えるだろう。今後、光触媒の活性向上にむけて、表面積や触媒構造の最適化の研究開発を行って行く予定である。

参考

光触媒構造の詳細
 InTaO4 系化合物はMonoclinic 結晶構造を持ち、空間群P2/C を持ち、結晶タイプは層状Wolframiteである。 本化合物は紫外可視( UV-Vis )吸収スペクトルの測定により、可視光を吸収できる能力があることがわかった。一方、インジウムの一部を遷移金属元素ニッケル( Ni )に置換したものはIn1-xNixTaO4(0<x<0.2)で表され、同じwolfranite型結晶構造を持つが、格子定数は短くになり、UV-vis吸収スペクトル測定により吸収末端は長波長側にシフトした。また、UV-Vis吸収スペクトルから見積もったバンドキャップも示唆されるように、Niに置換したIn1-xNixTaO4は置換してないInTaO4よりバンドギャップは狭くなる。これは置換したNiが新しい価電子帯を形成することによりバンドキャップが狭くなるためと考えられる。

  1.0wt% NiOx/ In0.9Ni0.1TaO4においては可視光照射下で水素・酸素が2対1の量論比で生成した。402nm カット・オフ・フィルターを通してランプをオフ、オンすることにより、触媒の可視光の応答性があることが確認された。通常の一段光励起システム(一つの光触媒で)で水を可視光完全分解した世界で初めての例である。また、水素・酸素の生成速度はNi置換量0.1の時に他に比べて高くなることが解った。これはNiに置換したIn1-xNixTaO4触媒の結晶性がx=0.1 までは安定しているためと考えられる。

 現状での変換効率は非常に低い(量子収率は402nmで0.66%)が、本研究が可視光利用の光触媒開発への糸口となって研究が進むことにより光触媒活性の大幅な性能向上が期待できる。


用語の説明

◆光触媒( ひかりしょくばい、photocatalyst
光触媒は光吸収により励起され、酸化反応および還元反応を引き起こす触媒物質である。不均一系の半導体光触媒と均一系の色素光触媒などがある。太陽エネルギー変換のためには、エネルギー蓄積型の化学反応(up-hill反応)をおこす必要がある。水を水素と酸素に完全分解する反応、炭酸ガスと水から有機物を合成する反応、窒素と水からアンモニアなどを合成する反応などが代表的な例である。
光触媒を用いた太陽エネルギー変換の最大の特徴は、システムの単純さと大面積化が容易な点である。太陽エネルギーの重大な欠点はエネルギー密度が低いことであり、安価で単純な光触媒は太陽エネルギー利用のための有望な技術の1つである。
現状での最大の問題点は効率が低いことである。量子収率としては太陽光にほとんど含まれていない300nm以下の波長領域で50%以上の報告もあるが、それ以上の波長の紫外線では最高でも10%程度である。可視光線が利用できる光触媒が非常に限られていることも問題である。しかし、効率がある程度低くても、単純なシステムで長寿命、低コストであればエネルギー収支や経済性の面で優位性が出てくる。[参照元へ戻る]
◆光触媒の原理( ひかりしょくばいのげんり、principle of photocatalyst
半導体は伝導帯と価電子帯が禁制帯で隔てられたバンド構造を有する。色素では最低空分子軌道(LUMO)と最高被占分子軌道(HOMO)にそれぞれ相当する。バンドギャップ以上のエネルギーを持った光を照射すると、価電子帯の電子が伝導帯に励起され、その結果として伝導帯に電子が、価電子帯にその抜け殻の正孔が生成する。伝導帯に励起された電子は価電子帯にあるときよりも還元力が非常に強くなるため、暗時では起こらない還元反応を起こすことができる。同様に、正孔も強力な酸化反応を起こす。水の完全分解を進行させるには、伝導帯の底がH+/H2の酸化還元電位(0V vs. NHE, pH=0)よりも負で、価電子帯の上端がO2/H2O電位(1.23V vs. NHE, pH=0)よりも正でなくてはいけない。反応の過電圧が全くないと仮定すればバンドギャップは1.23Vあれば良く、つまり1000nmまでの光を理想的には利用できる。しかし実際にこの条件を満たす半導体を水に入れて光は照射しても反応はほとんど進行しない。水の完全分解を進行させるためには更に次のような条件が必要である。
・光反応に安定であり、分解や溶解しない。
・電荷分離を促進し、電荷再結合を抑制する。
・白金などの助触媒を担持して過電圧を下げ、高効率な反応活性点を造る。
・生成物や中間体の逆反応を抑制する。
◆水の完全分解( みずのかんぜんぶんかい、stochiometric water splitting
水の完全分解(または全分解)とは、水素と酸素が2対1の化学量論比で定常的に発生する反応のことである。水素だけを観測して酸素が発生しないという触媒的でない論文が過去に多数存在したため、これと区別するためにこの用語を用いる。酸素が発生しない場合は触媒が劣化して反応は止まってしまう。水の完全分解が進行しているかどうかを確かめるには、まず水素と酸素が化学量論比で発生しているかを調べる。さらに長時間反応後の発生ガスの総量が触媒量を十分上回っているか、触媒は変化していないか、メカノキャタリスト反応が起きていないか、等を充分に確かめることが重要である。
また、メタノ-ル水溶液からの水素発生や硝酸銀水溶液からの酸素発生は水の分解反応ではあるが、完全分解反応ではない。これらの反応は不可逆的であり、また光エネルギ-の蓄積にはならない。メタノ-ルや銀イオンなどの不可逆な電子授与体や電子供与体を犠牲剤と呼んでいる。[参照元へ戻る]
◆可視光応答性光触媒( かしこうおうとうせいひかりしょくばい、visible light responsive photocatalyst
可視光は400nm(380nm)から800nmまでの波長領域の光である。最も代表的な二酸化チタン光触媒はちょうど可視光領域手前の光を利用する紫外光応答性光触媒であるので、一般にはその吸収を越える波長の光を利用できる光触媒が可視光応答性光触媒と考えられる。[参照元へ戻る]
◆多段光励起反応( ただんひかりれいきはんのう、multi-step photo-excitation reaction
通常の光触媒反応は一段光励起反応である。一方、植物の光合成のメカニズムは、2種類の光励起中心と、酸素発生中心、そしてそれらを連結する多くのレドックス電子移動媒体により成り立っている。その電子移動の形態からZ-スキーム機構とも呼ばれている。この反応機構を模倣し、2種類の光触媒と単純なレドックス媒体を用いた反応が二段光励起反応であり、まさに人工光合成システムである。この反応の利点は、ある光触媒に対して効率の高いレドックス媒体を選択できることである。また、水素と酸素の分離発生も可能である。水素発生系に色素増感光触媒の利用も可能である。
◆半導体光触媒の種類( はんどうたいひかりしょくばいのしゅるい、a variety of semiconductor photocatalyst
最も代表的な光触媒は二酸化チタン(TiO2)系である。反応には白金等の助触媒の存在が不可欠である。Pt-TiO2は水酸化ナトリウムをコーティングして水蒸気反応で実験を行うか、懸濁系では高濃度炭酸塩を添加したり光を上方から照射することによって水の完全分解が観測される。その他の単純酸化物半導体としてはTa2O5やZrO2がある。
複合酸化物としてはSrTiO3をはじめとして多くの種類が報告されている。助触媒はRuO2やニッケルを部分酸化したNiOxの利用が多い。K4Nb6O17は層状化合物でニッケルや白金を層内に担持すると活性が向上する。NiO-NaTaO3の量子収率は50%に達する。初期の研究ではTi,Nb,Ta系などd軌道に電子がない半導体が多く検討されたが、最近ではIn,Sn系などd軌道に電子が満たされた半導体光触媒でも活性が報告されている。[参照元へ戻る]
◆助触媒( じょしょくばい、co-catalyst
半導体粉末上に担持したり、反応系に添加することで活性を発現させたり向上させる触媒。担持助触媒としてはPt,RuO2,NiOx,NiO等がある。助触媒の役割は、活性サイトとして働いたり、電荷の蓄積により多電子反応を促進したり、電荷分離を促進するなど様々である。例えばPtは水素発生の過電圧を大幅に下げる働きをする。一方で逆反応を促進する場合があるので、担持量や利用方法を工夫する必要がある。[参照元へ戻る]


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