独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)新炭素系材料開発研究センター【センター長 飯島 澄男】は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)委託による「炭素系高機能材料技術研究開発」において、財団法人 ファインセラミックスセンター【会長 佐波 正一】(以下「JFCC」という)と共同でナノチューブの新超硬度相を発見した。
ダイヤモンドは物質中最も硬い絶縁体材料であるが、今回、ナノチューブを常温加圧処理することにより、電気伝導性を有する最も硬い超硬度材料を合成・開発することに成功した。これまで「黒鉛を高温・高圧下でダイヤモンドに変換すること」は知られていたが、今回は、単層ナノチューブを用いて、常温で高圧にすることにより極めて硬度の高い新しい超硬度材料が実現した。
試料は、直径サイズが1.2~1.3nmの単層ナノチューブのバンドル(束)を用いた。加圧は、歪み変形を付加できるダイヤモンドアンビルセルを用いて行った。54GPaまでの加圧において、14GPaと19GPaでは中間相が見出され、さらに24GPa以上で新超硬度相が発見された。硬度の測定は、いろいろな高圧試料の硬度測定結果と比較することによって行った。結果として、単層ナノチューブを高圧化して得られた新超硬度材料(高圧化ナノチューブ材料)の最高硬度が、ダイヤモンドの硬度に匹敵しており、超硬度物質に変換されたことが明らかになった。
なお、高圧化ナノチューブ材料の体積弾性率は、462~546GPaを得た。これは、ダイヤモンド体積弾性率420GPaの値を凌ぐものである。
高圧化ナノチューブ材料は、熱伝導特性も期待され、適用分野としては、SAW素子用基板、加工用チップ、工具、トライボ材料、ヒートシンク等が挙げられる。
本研究は、JFCCのMichael Popov博士研究員、京谷 陸征 博士、産総研新炭素系材料開発研究センター 古賀 義紀 副センター長により行われたものである。
ダイヤモンドは、自然界に存在する物質の中で最も硬いことが知られている。多くの研究者は、ダイヤモンドの硬さを凌駕する物質合成に挑戦してきた。1986年にカリフォルニア大Cohenらにより、理論計算上β-C3N4(窒化炭素)が最も硬いことが予測されてきたが、現在までにその実験的証明は成されていない。
また、これまでに「黒鉛を高温・高圧(1500℃、5.5万気圧以上)にすることでダイヤモンドに変換されること」は知られている。
我々は、単層ナノチューブのバンドルに常温で高圧をかけて、ダイヤモンドの硬さを越える超硬度相の探索を行った。通常、単層ナノチューブを合成すると、100本程度のバンドル状で合成される。単層ナノチューブは、曲率をもつため、電子がチューブの外側に多く存在している。このため、高圧をかけることにより、バンドル中の単層ナノチューブの1本1本がお互いに接近し、黒鉛の場合に比べて強い相互作用が生じることが予測される。我々は、歪み変形を掛けられるダイヤモンドアンビルセルを製作し、その中に単層ナノチューブのバンドルを入れ、常温で24GPa以上の条件で超硬度相を発見した。
試料は、直径サイズが1.2~1.3nmの単層ナノチューブのバンドルを用いた【写真1】。加圧は、歪み変形を付加できるダイヤモンドアンビルセル【写真2/図1】を用いて54GPaまで加圧した。14GPaと19GPaで圧力ギャップがあり、中間相が見出され、さらに24GPa以上で新超硬度相が発見された。【写真3a】は、54GPaの圧力をかけたあとの試料の走査型電子顕微鏡写真である(【写真3b】は顕微鏡写真)。電子顕微鏡写真からはもはや単層ナノチューブの特徴的な形態は観察できない。この54GPaまでの圧力をかけた試料をダイヤモンドアンビルセルから取り出し、ナノインデンター硬度測定法を用いて硬度測定を行った。その結果を【図2】に示した。
試料サイズは、20ミクロンと極めて微小であり、測定の精度を上げるため、既知物質の単結晶を用いて比較測定した。用いた参照試料は、ダイヤモンド(100)面、cBN(立方晶窒化ホウ素)の(100)面及び(111)面の3個の結晶と溶融石英である。測定の結果、ナノチューブの高圧化試料の硬度は、cBNの(100)面の硬度(62GPa)とダイヤモンド(100)面の硬度(150GPa)の間に分布した。cBN(111)面は、70GPaの硬度を示した。多くの高圧試料の硬度測定より、高圧化された単層ナノチューブの最高値は、ダイヤモンドの硬度に匹敵しており、超硬度物質に変換されたことを確認した。その上で、硬度は62GPa~150GPaであると決定した。
今回の研究成果は、単層ナノチューブを常温で高圧(24万気圧以上)にして、超硬度相の合成に成功したことであるが、今後は、結晶化の研究をさらに進め、精密硬度測定、結晶X線回折、結合状態(EELS)測定、電気伝導度測定等を行い、その構造と物性をさらに明確にしたい。また、大量合成法を開発し、適用分野への開発研究を実施していきたい。