独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境調和技術研究部門【部門長 春田 正毅】の北本 大・主任研究員 は、名古屋市立大学【学長 和田 義郎】薬学部の中西 守・教授 のグループと共同で、新しいタイプのリポソームを利用して、細胞への遺伝子導入を飛躍的に効率化することに成功した。
今回開発されたリポソームは、バイオサーファクタントと呼ばれる酵母菌が作り出す機能性脂質を含んでおり、従来の市販リポソームに比べ、代表的な哺乳類の培養細胞への遺伝子の導入効率を、50~70倍にも引き上げることがわかった。このバイオサーファクタントは、使用濃度では細胞に対する毒性がなく、また酵母菌の発酵により植物油脂などから大量にできるなど、実用性に優れている。
細胞への遺伝子の導入は、遺伝子の機能を調べたり、その機能を利用する場合に不可欠な操作であり、現在の生命科学や医学の研究では最も基盤的かつ重要な技術である。
本件は、これまでの遺伝子導入操作を大幅に効率化するものであり、遺伝子利用研究の推進に資するばかりでなく、ガンやエイズあるいは先天的な遺伝病の遺伝子治療に大きく貢献できるものと期待される。
○ 近年、ガンを攻撃する遺伝子を体内に注入し、その遺伝子の働きでガンを抑制しようという、いわゆる「遺伝子治療」が注目を集めている。遺伝子治療法は、先天性の遺伝病の画期的な治療法としても期待されており、より安全性が高く、効率的な遺伝子の導入法の開発が望まれている。
○ これまでの遺伝子治療では、遺伝子の「運び屋」としてウィルスを利用しているため、常にその病原性が心配されていた。そのため、ウィルスに代わる安全な「運び屋」を開発することが、遺伝子治療技術の最も大きな課題の一つである。
○ 現在、「運び屋」の最右翼として考えられているのが、リポソームと呼ばれる脂質から作られるカプセルである。リポソームは、既に食品や医薬品を包装するミクロなカプセルとして実用化されているが、遺伝子の運び屋としては、まだまだ効率が低く、効率改善に向けた新しいリポソームの開発が様々な方向から行われている。
○ 北本主任研究員らは、環境にやさしい機能性材料の開発の一環として、バイオサーファクタントとよばれる「微生物が作り出す機能性脂質」の研究に取り組んできた。その中で、ある種の酵母菌が大量に作り出す糖(マンノース)を含むバイオサーファクタントが、洗剤や抗ガン剤などのユニークな機能を持つことを発見していた。
○ 一方、中西教授のグループは、リポソームを用いた遺伝子導入法について研究を進めており、これまでにリポソームの基本材料となる新しい陽イオン性脂質(陽イオン性コレステロール誘導体)を独自に開発し、遺伝子導入効率の改善に成功してきた。
○ 遺伝子(DNA)は陰イオンを持つため、リポソームは陽イオンを持つ方が、両者の結合が促進される。そのため、これまでに様々な陽イオン性の高分子、脂質、糖などがリポソーム材料として試されてきたが、陽イオン性物質だけでは、効率を大幅に上げることはできなかった。
○ 今回、産総研が開発した前述のバイオサーファクタントを基本材料に加えたことが突破口となって、画期的なリポソームの開発に成功した。このバイオサーファクタントは、細胞毒性もなく、植物油脂などから発酵で大量に作ることができるので、実用化にも大きな利点がある。
○ 今回開発したリポソームの場合、従来のものに比べ、遺伝子との結合性が高く保護効果もあること、サイズがコンパクトで細胞への付着や取り込みがスムーズに起こることなどが、高い効率を生み出す要因と考えられる。
○ 今後は、他のバイオサーファクタントについても、遺伝子導入用のリポソーム材料としての可能性を調べる予定。さらに、培養細胞ばかりでなく、生体内の細胞やガン細胞への遺伝子導入にも応用する予定。
○ 本件は、平成13年10月6日から大阪大学吹田地区【大阪府吹田市】で開催される日本生物物理学会第39回年会で報告される。