独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 実世界知能研究班【班長/産総研フェロー 大津 展之】は、遺伝的アルゴリズムに基づく自動調整システムを開発することにより、フェムト秒レーザーの調整と最適化を30分(従来技術の100分の1以下)で実現することに成功した。
これまで熟練者に依存していたレーザーの調整を、遺伝的アルゴリズムに基づくデジタル処理を行うことにより、短時間で実現するだけでなく、再現性と信頼性を確保することが初めて可能となった。システム応用の鍵を握る再現性と信頼性の確保が出来たことから、フェムト秒レーザーのシステム応用が加速される。
開発された自動制御システムにより、製造費用と維持費用の大幅な低減と、システム応用製品の開発スピードの大幅なアップが期待される。加えて、人手による調整を含まないのでレーザー装置自体を小型化・軽量化でき、また自動調整によりオンサイトでの最適化が可能になるため、従来クリーンルームでの使用が前提となっていたフェムト秒レーザーの利用環境が拡大される。
なお、今回の研究成果は、10月3日~5日 東京ファッションタウン(江東区)に於いて開催される「RWC2001最終成果展示発表会」にてデモンストレーションを行う予定である。
○フェムト秒レーザーの組み上げ工程は、熟練者による手作業で1週間かかっていた。
フェムト秒レーザーでは、メガワット【1,000,000W】レベルの光が内部に貯えられている。
そのため、内部の多数の光学部品をマイクロメートルレベルで精密に配置することが、必要となる。調整箇所は10箇所以上有り、調整箇所を一つでも変えると、光強度・波長・パルス幅の全てが大きく変動する。このため、フェムト秒レーザーの組み上げは熟練者により約1週間かかっているのが現状である。
現状の問題点をまとめると、以下のとおりである。
(1)最適化には長時間の調整が必要とされる。【低いスループットと高い製造コスト】
(2)調整者の技量により性能が異なる。 【均一性が得られない】
(3)装置の維持と保守に熟練者が要求される。【高い維持コストと高い保守コスト】
○産総研では遺伝的アルゴリズムに基づいた自動調整システムを開発
産総研実世界知能研究班と産総研光技術研究部門は共同で、遺伝的アルゴリズムに基づいた自動調整システム【進化型フェムト秒レーザーシステム】を世界で初めて実現した。進化型フェムト秒レーザーシステムは、小型位置センサーと小型精密駆動機構が装備されており、レーザー内部の光学部品の位置が、リアルタイムで、精密に計測されている。そして位置センサーからの情報を、遺伝的アルゴリズムで処理することで、駆動機構により光学部品の位置の自動最適化を行う。
本システムでは12箇所の位置制御を同時に行い、従来の100分の1以下である30分の調整時間を実現した。調整後も、レーザーシステムの状態は最適に保たれており、外乱に応じた最適状態を維持することが可能となった。この結果、熟練者に頼っていたフェムト秒レーザーの組み上げ工程の自動化が可能となり、100倍以上の生産効率を達成出来る見込みである。
また、気温変化等の外部変動があっても、レーザーが最適の状態に維持される。
進化型フェムト秒レーザーシステムの実現により、フェムト秒レーザシステムの信頼性が飛躍的に向上し、産業応用の加速化が期待される。
この遺伝的アルゴリズムを用いた自動調整手法は、レーザー以外の光学システムにも適用出来る応用可能性の高い技術である。例えば、既に光ファイバー同士の接続最適化の実験に適用しており、既存システムより短時間で良好な結合効率が得られている。従来、光ファイバーの接続は、熟練者でも20~30分かかっていた所を、約3分で実現出来るようになった。更に、光部品の実装技術にもこの自動制御システムを応用する予定である。
|
進化型フェムト秒レーザーシステム(構成例1) |
光通信以外のレーザー応用機器の年間成長率は20%であり、レーザー加工機はその6割を占めている。情報機器と携帯機器の小型化の進展により、更なる微細化と高品質な加工が求められている。フェムト秒レーザーは、次世代の精密加工用光源として期待されている。しかし、フェムト秒レーザーは、内部の光強度がメガワットレベルになるために、光学部品をマイクロメートルレベルの精密さで設置する必要がある。フェムト秒レーザーの組み立ては、熟練者により行われており、1週間の期間を要する。また、メガワットの光強度による部品の損傷も起こることから、部品の交換と再調整も必要である。再調整も、熟練者による調整が必要である。
従って、現状のフェムト秒レーザーは、温湿度制御の行われたクリーンルーム内の大型除振台【畳の大きさほど】の上に設置された形での、理化学用途に限定されている。理化学用途に限定されていることから、大型で持ち運びは出来ない。欧米メーカによる生産は、一人当たり月産4台が上限である。
フェムト秒レーザーの産業応用に関しては、レーザー組み上げと保守作業の自動化による信頼性の向上と、生産性の向上が必要不可欠である。また、設置環境に適応した最適化が自動になされることも、フェムト秒レーザーの産業応用には必要である。
経済産業省のリアルワールドコンピューティング計画において、進化システムラボは、進化型ハードウェアとよぶ、自律再構成可能なハードウェアの応用研究を行ってきた。
その自律再構成のアルゴリズムとして人工知能の探索技法である遺伝的アルゴリズムを用いているが、このアルゴリズムは多数のパラメータの最適値を迅速に決定できるという利点があり、その応用可能性として進化システムラボは、ハードウェア以外の分野への適用を模索していた。このようなとき、旧電子技術総合研究所電子デバイス部のレーザー研究者である 板谷主任研究官 から、フェムト秒レーザーの調整がパラメータの多さゆえに困難を極めているということを知り、1999年から約2年をかけた共同作業により今日の成果をあげるに至った。
開発された自動調整システムに関しては、経済産業省からの第一号ベンチャー企業である、(株)進化システム総合研究所を通じて実用化の予定である。新規に開発された位置センサーと駆動機構に関しては、量産化により、ペアで10万円以下となることから、安価な多軸調整システムとして、フェムト秒レーザーのみならず、各種光学システムへの採用が期待される。
また、理化学用レーザー市場は年率50%で増大していることから、現在でも不足している日本のレーザー技術者が益々欠乏することが予想されるが、本システムは研究者と技術者の教育用器材として利用されることも可能であるため、若いレーザー研究者と技術者が新しい挑戦をするための一助になれば幸いである。