独立行政法人産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】の次世代光工学研究ラボ【ラボ長 富永 淳二】と共同研究企業2社【シャープ(株)、TDK(株)】は、可視光を用いて、100nm(波長の6分の1程度)の微細パターンを形成できる新しいリソグラフィ技術を開発した。従来の光リソグラフィでこのような微細パターンを形成しようとすると、高価な短波長光源の露光装置が必要となるが、今回用いた光源は赤色半導体レーザー(波長635nm)であり、低コストの微細パターン形成技術として注目される。今後さらに研究を進めることによって、次世代の大容量光ディスクの原盤作製技術として応用できるものと期待される。
今回の開発技術では、レーザー光の照射で発生する熱によってレジスト膜にパターンを形成する方式を利用した。このような方式は、熱リソグラフィとして知られているが、反応を微細領域に限定することは困難であった。今回の開発技術のポイントは、基板構造を工夫することによって、熱発生の領域を微細化できたことにある。
実験では、光ディスク基板上に、レーザー光を効率よく吸収して熱を発生する性質の膜を形成して基板とし、その表面に熱によって反応するタイプのフォトレジストを塗布して試料とした。露光は、試料を回転させながら、基板裏面から赤色レーザーを照射した。レーザーのパワーや回転速度を制御することによって、熱の広がりをレーザースポットサイズ(約1ミクロン)よりはるかに小さくすることができ、その結果、線幅110nmのラインパターン、直径80nmのドットパターンを形成することができた。レジスト膜直接ではなく、基板で発生した熱を反応に利用したことが、微細化に成功した要因と考えられる。
この成果は9月13日に応用物理学会(愛知工業大学で開催)で発表される。
現在、光ディスクの原盤作製には光リソグラフィを利用したレーザービームレコーダー(LBR)が用いられている。さらに微細なピットパターン作製を目的として、電子ビームリソグラフィを利用した電子ビームレコーダー(EBR)が開発されている。
将来の高密度光記録では、最小ピット長100nm程度の微細加工技術が要求されている。現状のLBRの延長線上でこれを実現するためには、短波長レーザー光源や新規な光学系材料の導入が必要である。また、EBRでは、大口径の原盤ディスクを真空中で高速・高精度回転させる機構や、回転に伴う位置精度の低下を補償するための電子ビームの制御等、複雑で高度な技術開発が必要となる。いずれの場合も、必然的に装置の複雑・大型化、高価格化を招く結果となる。そこで、安価で取り扱いの容易な微細加工技術がもとめられている。
(1)パターン形成の原理
今回の開発技術は、当研究所で進めてきたスーパーレンズを始めとする光記録技術の研究から生まれたものである。すなわち、今回用いたと同様な光源と光学系を用いて、相変化記録膜に100nm前後のマークを記録することが可能となっており、これをリソグラフィに応用したものである。
レーザー波長と光学系で決まる回折限界を遙かに越えた微細マークが記録できる理由は、照射されたレーザー光が生み出す記録膜上での温度分布に起因している(図1)。レーザー光照射によって生じる温度分布は、レーザーパワー、ディスク回転速度、および相変化膜の膜厚、吸収係数、熱伝導率等に依存する。これらの条件を最適化することによって、図1に示すように、記録に必要な温度以上となる領域の広がりを光スポットサイズより小さくすることができる。
本研究では、このようにして発生した熱をレジスト膜へのパターン形成に利用することとした。このため、イメージ反転タイプのフォトレジスト(AZ5214-E, Clariant Co.)を用いた。このレジストは、通常の処理ではポジ型なので、図2に示すように、先ず青色光で全面露光すると、現像処理で除去可能な膜に変化する。その後、赤色レーザー光でパターニングすると、上述の発生熱がおよぶ領域だけが熱架橋反応を起こす。架橋した部分は現像液に溶解せず基板上に残るので、パターンが形成されることになる。
(2)実験方法
基板は、市販の光ディスク基板(ポリカーボネイト製、ランドグルーブ有)上に、ZnS-SiO2 (底面層)、Ge-Sb-Te (GST)、およびZnS-SiO2 (表面層)をRF-スパッタリング法で順次成膜した多層構造を用いた。厚さはそれぞれ200、15、20nmである。この上に、厚さ70nmのフォトレジスト膜をスピンコート法で塗布し、試料とした(図3)。
ZnS-SiO2はGST膜の酸化防止とディスク基板の熱変形防止のための保護層である。GST膜は、相変化記録膜としてポピュラーなものであるが、これまでの光記録の研究によって、熱発生の条件が十分把握されているため、光吸収・熱発生層として利用した。同様な特性を示すものであれば、他の材料を用いることも可能である。
パターン形成は、試料を光ディスク評価用ドライブ装置に搭載し、線速6m/sで回転させながら、開口数0.6の光学系を通した赤色レーザー光(波長635nm)をディスク基板側から入射させ、ランド上のGST膜にフォーカスさせることによって行った。形成されたパターンの観察には、原子間力顕微鏡(AFM)を用いた。
(3)実験結果
形成されたラインのAFM像を図4に示す。レーザーパワーは4.0mW 、およそ400回転させてパターンを形成した。線幅と高さはそれぞれ110nmと35nmである。光学系と光の波長より計算される回折限界は530nmなので、およそ1/5に達する微細なラインが形成できたことになる。
3.5mWと4.5mWのパワーで同様な実験を行ったが、いずれの場合も、パターンは観察されなかった。3.5mWでは温度上昇が充分ではなく、一方4.5mWでは、フォトレジストが破壊あるいは蒸発するのではないかと考えている。
図5はパルスレーザー光により、ドットを作製した例である。レーザーがオン時のパワーは14mW、パルス周波数は6MHz、デューティーは30%である。作製されたドットは直径105nm であり、回折限界を遙かに超えた微細構造が形成されている。
図6も同様にパルスレーザー光により、ドットを作製した例である。パワーと周波数は図5の場合と同じであるが、より微細なドット形成を目指して、デューティーを20%とした。その結果、ドットの直径はおよそ80nmとなった。
今回の実験により、比較的安価で、シンプルな装置構成とプロセスで、回折限界より遙かに微細な100nm前後のパターンが形成可能であることを明らかにし、この方式の有効性を確かめることができた。
今後さらに研究を進め、パターンの寸法や形状の制御性、光ディスク原盤作製プロセスへの適用性等を向上させることによって、光ディスク原盤作製への応用技術としての基礎確立を目指すこととしている。