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お知らせ記事2021/10/15

キログラム原器が重要文化財に
-日本の質量の基準として、明治以降の近代化と産業発展に大きく貢献-

ポイント

  • 明治、大正、昭和、平成、令和の五つの時代にわたって日本の質量の基準であったキログラム原器が重要文化財に
  • 先人たちの英知とたゆまぬ努力によって守りつづけられてきた白金イリジウム合金製の分銅
  • 日本の計量単位制度の国際化に重要な役割を果たすとともに、その後の産業発展を支えてきた
 

概要

2021年10月15日、国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)が所有するキログラム原器および関連する原器類を、重要文化財「メートル条約並度量衡法関係原器」に追加指定することが、同日開催された文化審議会文化財分科会の審議・議決にもとづき、同審議会によって文部科学大臣に答申されました。

1889年から2019年までの約130年間、質量の単位「キログラム」は国際キログラム原器の質量として定義されていました。産総研が所有するキログラム原器は、この国際キログラム原器の複製の一つです。1891年(明治24年)、キログラム原器が日本の質量の基準として定められ、などにもとづいていた従来の計量単位制度をもとに、国際的なメートル法に準拠した制度が構築されました。

国際化された計量単位制度は、近代国家への道を歩み始めた日本が、欧米の学問や技術を導入していくための知的基盤として重要な役割を果たしました。その後も、キログラム原器は2019年(令和元年)までの、明治、大正、昭和、平成、令和の五つの時代にわたる約130年間、質量の基準としての役割を担い、日本の近代化および産業発展に大きく貢献しました。

一方、1960年(昭和35年)までの約70年間、日本の長さの基準であったメートル原器は、すでに重要文化財「メートル条約並度量衡法関係原器」に指定されています。2019年、国際キログラム原器に替わって、物理定数「プランク定数」がキログラムの定義の基準となりました。これをうけて、今回、キログラム原器および関連する原器類についても歴史上および学術上の価値が評価され、上述の重要文化財に追加指定されることになりました。

キログラム原器の写真

明治、大正、昭和、平成、令和にわたる約130年間、日本の質量の基準であったキログラム原器

歴史的経緯

計測は科学の基本であるばかりでなく、商取引や法規制を介して社会生活にも大きな影響を与えます。計測の基盤となるのが単位系であり、正確な測定を実現し、社会生活が円滑に営まれるためには、信頼性の高い世界共通の単位系が欠かせません。メートル法は計量単位の国際統一のために18世紀末にフランスで作られた単位系であり、その普及のためにメートル条約が1875年に締結されました。日本は近代化にむけた取り組みの一環として、1885年(明治18年)にメートル条約に加盟しました。

質量の単位「キログラム(記号:kg)」は、メートル法にもとづく最も基本的な単位の一つです。メートル条約の理事機関である国際度量衡委員会は、1 kgの具体的な質量を定める、すなわち、キログラムを定義するために、白金イリジウム合金製の分銅「国際キログラム原器」を1880年代に製作しました。さらに、国際キログラム原器と同じ材料を使ってメートル条約加盟国用キログラム原器40個を製作し、国際キログラム原器を基準にしてそれらの質量を測定しました。これらの原器群の製作完了をうけ、1889年(明治22年)に開催された第1回国際度量衡総会において、キログラムは国際キログラム原器の質量として定義されました。日本には、No. 6と番号付けされたキログラム原器が割り当てられました。

1890年(明治23年)、キログラム原器が日本に到着しました。これをうけて、欧米の学問や技術をスムーズに導入できるよう、キログラム原器を質量の基準とする計量単位制度にかかる法律「度量衡法」が1891年(明治24年)に制定されました。制定時の度量衡法は、メートル法を基礎としつつも、基本となる質量の単位はそれまで日本で使われていた貫でした。ただし、貫はキログラム原器の質量の4分の15として定められており、国際的なメートル法に間接的に準拠していました。度量衡法制定後、日本はキログラム原器の質量変動を監視するために、国際キログラム原器の複製を国際度量衡局から追加受領し、キログラム副原器(図1)として運用しました。さらに、貫の実際上の基準とするために貫原器も受領しています。

度量衡法は1921年(大正10年)に改正され、キログラムが質量の単位の基本となりました。その後、度量衡法の役割は1951年(昭和26年)に公布された計量法に引き継がれましたが、キログラム原器は一貫して質量の基準としての役割を果たし、計量単位制度の礎として、日本の近代化およびその後の産業発展に大きく貢献しました。

図1

図1 キログラム原器(上段中央)、キログラム副原器(上段左)と貫原器(下段左および右)
いずれも国際キログラム原器と同じく白金イリジウム合金で製作された分銅であり、国際キログラム原器の複製であるキログラム原器とキログラム副原器の質量は約1 kg。一方、貫の基準であった貫原器の質量は約3.75 kg。
 

先人たちの英知とたゆまぬ努力によって守りつづけられてきたキログラム原器

19世紀後半、欧米の先進諸国は国力を高めるための科学研究を国家戦略として推進し始め、さらに、それらの研究の基礎となる計量単位の基準を設定する国立機関を設立しました。日本も、それに遅れることなく、1903年(明治36年)に中央度量衡器検定所を東京都銀座に設立しています。キログラム原器は中央度量衡器検定所で管理され、国内で使用されるはかりなどの質量測定器の基準として運用されました。

中央度量衡器検定所は、その後、中央度量衡検定所、中央計量検定所、計量研究所、産総研と名前を変え、所在地も、東京都板橋、茨城県つくば市と変遷しましたが、キログラム原器は一貫して、日本の質量の基準としての役割を担いました。このため、キログラム原器の管理には細心の注意が払われ、その保管には、内面が桐で覆われた特殊な金庫が用いられました。桐の特性によって金庫内の湿度が調整され、キログラム原器の質量を安定に保つことができると考えられたためです。1944年(昭和19年)には、太平洋戦争における空襲から逃れるため、キログラム原器を、東京都銀座の中央度量衡検定所から茨城県の中央気象台柿岡地磁気観測所(現在の気象庁地磁気観測所) に疎開させています。

1910年(明治43年)、1950年(昭和25年)、1991年(平成3年)の三度、キログラム原器は国際度量衡局に輸送され、その質量が測定されました。約100年間にわたるキログラム原器の質量の変動量は、他国のキログラム原器と比べて非常に小さく、先人たちの英知とたゆまぬ努力によって、日本の質量の基準が極めて安定な状態に保たれつづけてきたことを示しています。

 

キログラム原器の役割変更と重要文化財への指定

信頼性の高い計測を実現するために、最先端の科学技術を取り入れながら単位の定義は進化し続けています。国際キログラム原器は国際度量衡局で厳重に保管されていましたが、表面汚染などのため、その質量が変動している可能性のあることが指摘されていました。この問題を根本的に克服するために、2019年、キログラムの定義は普遍的な物理定数「プランク定数」にもとづく定義に改定され、国際キログラム原器は原器としての役割を終えました。これをうけて2019年(令和元年)5月、日本の質量の基準は、キログラム原器から、プランク定数にもとづき質量が測定された複数の分銅「標準分銅群」に変更されました(「質量の特定標準器の変更について」2019年5月20日)。キログラム原器およびキログラム副原器はこの標準分銅群に組み込まれています。

一方、メートル法における長さの単位「メートル」は、1889年から1960年まで、国際メートル原器にもとづいて定義されていました。日本は、この国際メートル原器の複製の一つであるメートル原器を1891年(明治24年)から1960年(昭和35年)まで、長さの基準としていました。つまり、キログラム原器とメートル原器は対をなして、日本の計量単位制度の根幹としての役割を果たしてきたのです。

2012年、メートル原器とメートル副原器などの関連原器類の価値が評価され、「メートル条約並度量衡法関係原器」として重要文化財に指定されました(産総研プレス発表 2012年4月20日)。

今回、2019年のキログラム定義改定に伴うキログラム原器の役割変更をうけ、キログラム原器、キログラム副原器、貫原器および1889年に国際度量衡局が発行したキログラム原器に関する校正証明書(図2)についても、その歴史上および学術上の価値が評価され、「メートル条約並度量衡法関係原器」に追加指定されることになりました。

図2

図2 1889年に国際度量衡局によって発行されたキログラム原器校正証明書(左:表、右:裏)
国際キログラム原器を基準としたキログラム原器の質量測定の結果がフランス語で記載されている。

重要文化財「メートル条約並度量衡法関係原器」に追加指定される原器類

キログラム原器 1個、キログラム副原器 1個、貫原器 2個
附(つけたり):キログラム原器校正証明書 1通

 

用語の説明

◆国際キログラム原器
国際度量衡局によって製作された白金イリジウム合金製の円筒型分銅。直径・高さともに約3.9 cm。1889年から2019年までの約130年間、この分銅の質量としてキログラムは定義されていた。つまり、国際キログラム原器の質量は厳密に1 kgであった。2019年に実施されたキログラムの定義改定によって、国際キログラム原器は原器としての役目を終えている。2021年10月時点、プランク定数を基準として、その質量は0.999 999 998 kg、その標準不確かさは20 µgと決定されている。[参照元へ戻る]
◆尺
日本で使われていた長さの単位。1891年に制定された度量衡法では、その大きさはメートル原器の33分の10(約30.3 cm)と定義されていた。[参照元へ戻る]
◆貫
日本で使われていた質量の単位。1891年に制定された度量衡法では、その大きさはキログラム原器の4分の15(約3.75 kg)と定義されていた。[参照元へ戻る]
◆メートル法
18世紀末のフランスにおいて、世界で共通に使える統一された単位制度の確立を目指して制定された単位系。単位の大きさを人類共通の自然(例えば地球や水)に求めることや10進法であることなどを基本方針とし、長さの単位「メートル」と質量の単位「キログラム」を基礎とした。このメートル法を改良し、すべての物理量に拡張したのが、現在、世界共通の単位系として使われている国際単位系(SI)である。[参照元へ戻る]
◆プランク定数
1900年にMax Planckが黒体からの熱放射を研究する過程で導入した物理定数。その値は6.626 070 15×10-34 J s。プランク定数を基準として、任意の原子、例えば炭素原子1個の質量を高精度に求めることができる。このため、キログラムを莫大な個数(5.014・・・×1025個)の炭素原子の質量に等しい質量として表現できる。[参照元へ戻る]
◆メートル条約
◆国際度量衡総会(CGPM:General Conference on Weights and Measures)
◆国際度量衡委員会(CIPM:International Committee for Weights and Measures)
◆国際度量衡局(BIPM:International Bureau of Weights and Measures)
メートル条約はメートル法の普及を目的として1875年に締結された国際条約である。当初の加盟国はヨーロッパを中心に17カ国であった。メートル法の重要性は世界的に浸透しつづけ、2021年10月時点、加盟国数は63、準加盟国数は39にまで増加している。
国際度量衡総会、国際度量衡委員会、国際度量衡局はいずれもメートル条約に基づく機関である。国際度量衡総会は加盟国が一堂に会するメートル条約下の最高議決機関である。おおむね4年に1度フランスで開催される。国際度量衡委員会は国際度量衡総会の決定事項に関する代執行機関で、また、事実上の理事機関でもある。国際度量衡局はパリ郊外にある国際度量衡委員会の事務局であり、国際キログラム原器および国際メートル原器を保管している。[参照元へ戻る]
◆キログラム副原器
キログラム原器およびキログラム副原器は、いずれも国際キログラム原器の複製である。日本における質量の基準の役割を担ってきたのがキログラム原器であるが、キログラム原器のみを所有するだけでは、その質量の安定性を評価することが困難であった。そこで、国際キログラム原器の複製を追加受領し、キログラム副原器として運用した。キログラム原器とキログラム副原器の質量を定期的に比較することで、それぞれの質量の変動を監視することができた。[参照元へ戻る]
 

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